2011年3月11日の大震災と原発爆発の日がやってきまして、テレビや新聞は横並びで同じような記事を出しています。しかし、どうも一つ、しっくりきません。なくなった方の追悼はさまざまな思い出などを大切にしなければならないのは人間として当然ですが、もっともよく考えなければならないのは、「犠牲者が多かった原因」であると思います。
まず第一にあげられるのは、津波の犠牲になった人で、「もともと「これより低いところに住んではいけない」という過去の記録」があるのに、それが守られていなかったこと、震災後もまた同じことが行われようとしていることです。
海岸線は土地が狭く、やむを得ないところもありますが、特に三陸地方のように歴史的に津波が多い場所での考えかたを議論しておく必要がありますし、また逆に、私の住んでいる名古屋などは「津波が来た」という歴史的な話はなかったと思いますが、最近、東南海地震が来るというのでなにか特別な状態になっています。
また、震災でなくなった方の中で「一度逃げて戻ってなくなった」という人が多いことです。これは火災でも同じで、特に女性が多いとされています。津波や火災の時に逃げて危険から脱したのに、戻ってなくなったという例がどのぐらいあるのか、性別や年齢などに特徴があるのか、「低い土地に住まない」というハード面と、「いったん逃げたら戻らない」というソフト面のどんなことが大切なのか、それを共通の認識にする必要があると思います。
その点でマスコミの報道は少し感情的ではないかと思います。
第二に、「地震は予知できない」という大きな教訓を今後に生かすということです。すでに政府は「地震予知」というのを行ってはいません。「30年以内に何%程度の確率で地震が起きる可能性がある」という「地震予測」に切り替えているとされていますが、それもはっきりしないという曖昧な状態にあります。
東海地震が予知できるとした学問的な誤りが阪神淡路と東北大震災の膨大な犠牲を出したという「教訓」はまだ活かされずに、未だに「東海、東南海、南海連動地震」が「予測」され、それに応じてさまざまな対策がとられています。
東北大震災で判明したことは「日本中、どこで地震が起こるか分からない」ということであり、それを認識していれば犠牲になった方のある程度は助かった可能性があります。
東北大震災の2万人の犠牲者は、天災ばかりではなく人災による犠牲者もいるという事実をそのまま受け止めることが「記念日」にやるもっとも大切なことと思います。
(平成27年3月11日)