時々、公共施設の「講師控え室」に入ることがあるけれど、決まって冷暖房は集中管理、温度の調節もできない。時には「何月から暖房はできません」と言われて寒さに震えて小一時間を過ごすこともある。
どうも、地方自治体では人間とか市民は下の下で、電気を座布団に座らせているらしい。もともと日本は一人あたりの所得はアメリカと同じなのに、電気は半分だけしか供給していない。電気を生産しないのは「資源」でも「温暖化」でもなく、電力会社の地域独占が原因だ(資源や温暖化なら、まずアメリカが減らさないと合理的ではない)。
最近、自治体の「市民軽視」が著しい。市民は使用人で、騙してなんでもやらせようと思っている。そしてその尖兵に頑固な男のお年寄りや環境が好きでイジメが得意なご婦人がいるからますます困る。
風邪をひいている人もいれば、暑がりの人もいる。それぞれの健康と個性に合わせて冷暖房を付けるのが当然で、「電気様が大切だから、市民は我慢しろ」という自治体の感覚が不思議だ。
電気を豊富に使えば幸福になることはないが、電気のために人間が生きているではなく、人間のために電気がある。もうそろそろ錯覚から目覚めて「お金本位」、「石油様」の時代から「人間本位」の社会に戻したいものだ。
(平成27年2月8日)