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環境を守るためには、また子孫のことを考えると二酸化炭素を増やすことはとても大切なのに、日本人だけが世界で二酸化炭素が悪者と思っているのは実に不思議だ。その理由の一つに「科学嫌い」があると思う。地球が46億年前に出来た時、大気は二酸化炭素だった。今、空気の大半を占めている窒素は二酸化炭素に比較して20分の1しかなかったし、酸素はまだなかった。
今でも金星、火星の大気は95%が二酸化炭素だが、それは金星も火星も生物が誕生しなかったことによる。生物(命)というのは煎じ詰めていえば「空気中の二酸化炭素を食料にして、その中の炭素を自分の体に、酸素を吐き出すものだ。
そして生物の体の大半は死んで二酸化炭素に返ったが、一部が地下や海底に沈んでそのまま堆積した。それが石油、石炭、天然ガスである。戻らなかった炭素の分だけ空気中に酸素が残ったが、それは21%もある。
つまり、地球が誕生したとき、大気の95%が二酸化炭素だったのが、今や0.04%になったのだから、その分の二酸化炭素は一部が酸化カルシウムなどと結合して炭酸カルシウムとして沈着し、およそ21%分が炭素として地下に貯留された。
IPCCの見解によると今後100年間で0.05%に増えるという。でも、それは過去に通った道だ。未来のことは心配だが、過去に帰る分にはそれほど心配はない。少なくとも恐竜の時代は1%は二酸化炭素だったので、そこまで返っても焼け死ぬわけではない。若干、暖かくなりシベリアやカナダにも住めるようになり、海洋は海の温度がそれほど上がらないので、赤道近くの陸地だけがやや住みにくくなる程度だ。
だいたい、私たちの体は二酸化炭素が数%の時にできているので、現代のように寒いと衣服を着たり、暖房を必要とする。だから、もう少し暖かくなり、地球全体が台湾ぐらいになっても特に問題はない。
こんなことは余りにも当然だから、温暖化が政治問題になることがあっても、そんなことを真面目に考える国民は日本人以外にいないという感じだ。ドイツ人は少しそんなことも考えているが、それでも狡猾で「1990年基準」という奇妙なトリックを考えるぐらいはする。
日本人だけがすべての科学を無視して利権(国民から環境税をとる)に目がくらんで二酸化炭素を悪者にしている。特に元東大総長で温暖化の危険を唱えている人(工学系)のことをわたしは個人的にもよく知っているが、彼はそれほど科学に興味がないことは知っているので、おそらく不勉強で地球の生命の誕生や生物の歴史を勉強していないと思う。無知な人が指導者に残ると困ることがある。
子供たちに科学を教え、理科離れを嘆いているのに、大人がこれほど科学を無視した社会活動、政策を続けていると日本の科学技術が廃れて、「架空のことを現実のもののようにいう」ことができる人が大きな顔をするようになるのではないか。
わたしはこの記事を書いて、「科学技術立国」というけれど、それは「儲けのための小手先」であって、「科学技術の心」を持たない国のような気もして来た。
(平成26年11月2日)