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先回に整理したように、20世紀までにヨーロッパ人(後にイギリス人がアメリカ人になって、アメリカもヨーロッパと同じになった)がほぼ全世界を支配していた.それを簡単にまとめると、

北アメリカ大陸:イギリス領カナダ、フランス領カナダ、アメリカ、スペイン領メキシコ
南アメリカ大陸:スペイン領南アメリカ、ポルトガル領ブラジル
アフリカ大陸 :イギリス、フランス、ドイツ、スペイン、ポルトガル、オランダ領
アジア方面  :イギリス領インド、フランス領インドシナ、オランダ領インドネシア、スペイン領フィリピン(後にアメリカ)、ドイツ領太平洋諸島、アメリカ領ハワイ
アジア大陸  :ロシア領シベリア、ロシア領樺太、ロシア領アラスカ(後にアメリカ)
オセアニア大陸:イギリス領オーストラリア、イギリス領ニュージーランド
ヨーロッパ以外の独立国:完全に独立(日本)、一部独立(中国)のみ

地名ばかりが続き、地図があった方が見やすいので、この「異常な事態」を地図でもう一度、見てみたい.

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まず先行したのがポルトガルとスペインでアメリカ大陸の中心部、アフリカ大陸の沿岸部、フィリピンなどを占領した.その後、イギリス、フランス、オランダ、ドイツが進出してアフリカ、インド、アジアなどを占領した.ロシアは17世紀にシベリアに進出、もともとはモンゴルなどのアジア民族の土地を侵略した.アメリカは少し遅れてアメリカ大陸を占領して、その後、太平洋の諸国を侵略した.

その結果、世界でヨーロッパ人に侵略されなかったのは、中国(清)と日本ぐらいだった.明治維新というのはちょうど、そんな時のことだった.というより、ヨーロッパ人が世界を征服し、西からはイギリスとフランス、東からはアメリカ、北からはロシアが日本と中国に襲いかかってきたから日本も鎖国ができなくなり、徳川幕府が倒れて新しい時代になったと言った方が因果関係がわかるから良いだろう.

つまり、簡単に言うと明治維新の頃、ヨーロッパ人から見ると世界で「日本と中国だけがまだ取っていない」という状態だった.

「そんな歴史、習っていないよ」という人が日本には多いだろう.徳川家康から始まった江戸時代も260年経って、幕府もそろそろ弱ってきたし、ペリー提督が率いるアメリカ艦隊に驚いて開国し、日本も近代化しようとしたけれど江戸幕府ではあまりに古すぎるので、大政奉還して新しい明治時代になった・・・という日本の中からだけ見た日本史を学ぶのが普通だからだ.

そう言う見方もある。でも、世界の中の日本という点では、日本と中国だけしかヨーロッパの植民地になっていないのだから、江戸幕府の鎖国はすでに無理だったのだ.なぜ日本と中国だけが残ったのかというと単に地理的なことだけで、ロシアは陸路で西から、イギリス、フランスは海路で西から来ると中国と日本が「さいはて」、つまり「極東」になる.逆にヨーロッパ人がアメリカを通り過ぎてくると、やはり日本と中国が「さいはて」、つまり「極西」になる。そこで最後に、ロシア、イギリス、フランス、オランダ、アメリカが中国と日本を襲うのは、当然でもある。なにしろそこしか残っていないのだから.

この節を終わるに当たって、これまで江戸末期、明治維新、明治時代、そして近代ヨーロッパの歴史などを学んできた人は、違和感があるかも知れない。というのは日本の歴史家はヨーロッパの影響を受けているので、露骨にヨーロッパの植民地の歴史からものを見るということはしない。それはヨーロッパ人にとってとてもいやなことだからだ。

でも、事実は、150年から100年前頃の日本はまさに吹き荒れるヨーロッパの世界制覇の中にあったという事実が大切で、それで始めてその後の日本の行動を理解する事ができるし、それらが「良かった、悪かった」という評価も正当に行える。

(平成25726日)