私には不思議に思うことがあります。
「放射線防護」というのはとても難しい問題ですが、ICRP(国際放射線防護委員会)を中心として長い間、議論が重ねられて、そのもっとも大切な考え方はすでに決まっています。
それは「放射線防護の三つの基本原則」というもので、「正当化、最適化、線量限度」の3つです。
原発事故がおこったのだから、およそ「放射線防護の専門家」と名乗る人は、まず日本の人にこの三つの基本原則を伝えなければならないでしょう
ところが、これは日本人の特性なのかも知れませんが、「何ミリシーベルトまで安全」、「自然放射線は・・・」とか、「**先生が泣いて辞任した」というような具体的なことや、下世話な話ばかりしているように感じられます。
そのうちには専門家自体もそれに取り込まれて、本来の防護の意味を忘れてしまったようにすら見えます。
子供たちは私たち大人を信頼して、被曝を受けるだけになっています。今こそ、私たち大人が知識を得て、子供を守ってやらなければなりません。
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ICRPは三つの基本原則の第一を、このように説明しています。
つまり、この文章にありますように、一般公衆の「被曝」は「押しつけられたもの」であり、もし被爆を受けるなら、その個人が「被曝の損害を上回る便益」が得られなければならないというのです。
放射線防護の専門家は「被曝を増やす」ことに熱心ではいけないのは当然で、むしろ、被曝を押さえることが必要で、仮にどうしても被曝が増える場合、その「便益(得になるもの)」がなんであるかそれを明らかにしなければならないのです。
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それではICRPの言う、「放射線被曝の状況を変化させるあらゆる決定」とはどういうものでしょうか?
「変化」とは、たとえば原発事故のあと、文部科学省が行った「1年20ミリシーベルトへの被曝の増大」です。この決定が「放射線被曝の状況を変化させる」ことは間違いありません。
子供たちはこの決定で、実に20倍の被曝をするようになったのです。
さらに、日本政府はこの決定を「ICRPの勧告にそったもの」と言っていますが、それはウソを含んでいます。つまり、
「どうせ、日本人はICRPの勧告など読むはずはない。専門家は知っていても政府よりの発言をさせるのは簡単であるし、新聞やテレビも追従するだろう」
と考えたに相違ないのです。
これまでもIPCCなどの国連機関などの発表は常に政府に都合よいように一部や、時には正反対の内容で国内に伝えられ、専門家やマスコミは常にそれに追従してきました。
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この決定で福島を中心とした子供たちは、1ミリから20ミリに被曝限度をあげられました。それに対して、本来、東電を守るのではなく、子供をまもる立場の「専門家も自治体、そして学校関係者」も、子供に代わって政府に、
「それでは、被曝を20倍に拡大する決定に伴う害よりも、それを上回る子供の便益とはなにか?」
を問いませんでしたし、また求めもしませんでした。
「どうせ、子供と国際勧告を知らない母親、それに無関心な父親が相手だ。ウソをついてもかわせるだろう」
とたかをくくっているように見えます。
本来、放射線の専門家も、自治体の首長も、そして教育委員会や校長先生なども、「社会で尊敬される立派な人格者」であるはずです。その人たちが子供の無知を利用して、我が身の保身に走ったのですから、日本も落ちたものだとがっかりします。
専門家の中では唯一、日本原子力学会が「自分の学校に通うことができるのが便益だ」と解説をしていました。便益の供与と説明が必要なことがわかっていて「20ミリまで大丈夫だ。ICRPの決定だ!」といった専門家よりはましですが、「自分の学校に通うことができる」のが便益とは考えられません。
無理矢理、政府の決定を支持するための方便のようで、学会員としては失望しました。
被曝量を上げなければならない原因は東電の事故です。そして年間の被曝量を20倍に増やされた子供は、本来、東電の事故がなければ、当然のように自分の学校から通っていたのです。
こんな論理があるでしょうか?
東電が損害を出して、その損害を回復することが便益なら、他人に危害を与えても、病院に連れて行けば怪我をさせたことは相殺するという奇妙な社会になってしまいます。
「被曝を上回る便益」とは、「事故がなければ、被曝はせず、自分の学校から通うことができた」ことを基準にした便益でなければ、「益」とは言えないでしょう。
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ICRPの防護原則は、「放射線を浴びることによる損失に対して、利益がなくてはならない」ということであり、それを国民に説明することこそが専門家のもっとも大切な役割だからです。
放射線防護の専門家は、被曝を増やす方向で努力する存在ではありあません。今からでも遅くはないですから、正道に戻って、保護者とともに児童をまもって欲しいものです。
(平成23年7月25日 午前9時 執筆)