少し繰り返しになりますが、なかなか「考える練習」としては面白いテーマなので、「学生と勉強」について考えてみました。

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ある時に文部大臣が最近の大学生は勉強しない学生が多いので、進学率をもう少し下げたほうがいいという発言をしたことがあります。

現在の大学の進学率は、どこまでを「大学」というかという分類にもよりますけれども大ざっぱに言えば50%程度で、国民の約半数が大学に進むと考えて良いでしょう。

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「最近の学生は勉強しない」という表現の内、まず「最近の」という問題から考えてみましょう.

「最近の学生」というのですから、昔の学生は勉強をしたということになりますが、本当に昔の学生は勉強していたでしょうか。

わたくしが大学を出たのはすでに40年程前ですから昔といえますけれども、必ずしも学生が勉強していたとは思えません。

あの頃は、マージャンが盛んで大学生の多く、特に文科系の学生はほとんどマージャンかパチンコで明け暮れていました。

また、現在は「休講」がほとんどありませんが、当時は「休講」が多く、大学にいっても講義がないので、友達とマージャンをはじめるといったこともしばしばでした。

それに、900人教室というような大きな教室があり、後ろの方で寝ていてもほとんど問題にはなりませんでした。

その頃の学生は、全体として現在より野蛮で、突然、他人の部屋に入り込んできては酒を飲んだり、ひどいときには布団の上に小便をするなどの乱暴なこともあったのです。

そういう中で本当に一生懸命勉強していた学生もいますが、多くの学生が勉強していたとは到底考えられません。

また、日米安保騒動があり、政治的な活動に没頭する学生が多く、そのために学校はかなり荒れていました。

これらのことから考えますと、少なくとも40年前と現在と比べますと、現在の学生の方が真面目に勉強しているように思われます。

むしろ、逆に現在の学生は比較的真面目に勉強しますが、乱暴はしない、つまり覇気がないような感じはします。しかし、現在の社会ではなにから何まで面倒を見てくれますし、学生が暴れたりしますと強く批判されますので、学生に覇気を求めても無理な感じがします.

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次に、「現在の学生は勉強していない」という表現の、「勉強していない」という方ですが、この表現は「学生の全てが勉強していない」と言っているのか、「勉強している学生が少ない」ことなのかということを考えてみます。

わたくしの経験ではかなりレベルの高い大学では、3割ぐらいは一生懸命勉強し、少しレベルの低い大学でも2割ぐらいの学生は相当勉強しています。

試験問題に厳しい問題を出しても解いてくる学生は相当数います。時には私がビックリするぐらいの解答をしてきます。

つまり、「最近の学生は勉強していない」と言っても、それはどんなに多く見ても学生のうち半分ぐらいではないかと思います.

ここで、私は次のように考えています.

学生が大学に進学するのは自由ですし、そこで勉強するかしかいかも個人の考えです。学生の全員が一生懸命勉強しなければならないということはないでしょう。

大学に入ったらその費用を全額、税金で賄うというのなら別ですが、日本の多くの大学生は私立大学に入っていますから、自分のお金で授業料も生活費も出しています。だから、勉強してない学生が50%ぐらいいても、それは「いけないこと」ではないと思います。

「大学の試験がやさしい」と言いますけれども、学生は試験の時期になりますと20科目ぐらいの試験を受けるわけですから、一つ一つの試験がものすごく難しいというわけにもいきません。

試験では「おおよそ学んだことを知っていれば合格」でよいとも考えられます。問題はそのあとその学生が何かに興味を持って自分で勉強するような方向に進んでくれることが、わたくしたち教師としての狙いでもあります。

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このように考えますと「最近の学生は勉強しない」という言い方は事実かどうかはわかりません。むしろわたくしは全体としては、最近の学生はまともに勉強してるが、お元気がないということはいえるでしょう.

けれども、「元気がない」ということと、昔の学生の「野蛮さ」は相殺する関係にあるようにも思います。

ですから、先入観で「学生は勉強しない.だから大学に進学する人を減らすべきだ」という議論は危険でもあります。

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わたくしは、「人間は勉強することによって立派になる」と考えています.

だから、一見して逆なように感じられますが、勉強するしないはあくまで本人の問題であり、「大学生だから勉強しなければならない、勉強しなければ社会的に非難される」ことはないと思っています。

大学は学問を中心として若い人が時間を過ごすところですが、それ以外にクラブ活動をしたり友達とつき合ったり、あるいは「社会的にはあまり良いことではないと思われること」も青春時代に経験する場所でもあるのです。

しかし、日本には「学生全員が同じように勉強して、同じような人間ならなければならない」という強い信念が社会であることは間違いありません。なにか大人は「勉強していない大学生」を見ると無性に腹がたつらしいのです。

そして先生のほうも「学生を厳しく指導しなければいけない」という信念が存在するように思います。

悪いことではありませんが、それは本当でしょうか。相手は少なくとも18歳を過ぎた大人ですし、自分で考えて自分で判断し、勉強したり遊んだりしながら大学生活を送り、卒業してから時に「勉強しておけば良かった!」と反省するのもまた良いのではないでしょうか。

現実に講義をしていますと、相当数の学生は知識がついていきますし、また人間的にも成長するのが分かります。

そのなかで、20%ぐらいの学生はなかなか成長しませんが、そんな学生もわたくしの講義では成長しなくても他の講義では興味を持って勉強しているのかもしれないのです。

「最近の学生は勉強しない」と強く大人が批判すると、学生が萎縮して自信を失い、さらに勉強しなくなるのではないか、そちらの方が問題・・・つまり学生を萎縮させる大人の方が思慮に欠けるようにわたくしには思われるのです。

子供に「あなたはグズね!」とお母さんが叱ると、グズになってしまうということと同じ事がおこる危険性があるからです。若い人は「叱る」より「褒める」方が成長するように感じられます.

(平成23218日 執筆)