今年のノーベル平和賞に中国の「投獄中」の活動家、劉暁波氏の受賞が決まった。このことに対して中国政府は直ちにノルウェー大使を呼んで抗議をした.
尖閣諸島の事件があった後だが、中国政府のとった処置は評価できる.理由は二つある.
1. 政策は統一がとれていなければならない。「ヨーロッパ流の民主主義とは違う」とする中国政府の政策は、他国がとやかく言うものでもないし(中国の人が決めること)、その意味では今度のノーベル賞受賞は「ある国が投獄している犯罪人に賞を贈る」ということで、挑戦的であり、他国がやってはいけない内政干渉だ.
2. ノーベル平和賞は人選に問題がある。特にノルウェーは人種差別とヨーロッパ支配感が強いので、過去にも何回か問題の受賞がある。
日本人は、ヨーロッパ人の扇動に左右されることなく、自分自身でノーベル平和賞を評価したい。
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1996年、東ティモール独立運動の指導者、ジョゼ・ラモス=ホルタがノーベル平和賞を受賞した。
もともとティモールはインドネシアの領土で、それをポルトガルが植民地にし、ポルトガル人の男に植民地を守らせ、土地の女性との間に二世を作った。
その二世の男の子には父親からポルトガル名をもらい、銃を渡されて植民地統治の先兵になったのである。だから、二世はポルトガル名(たとえばジョゼ)がついている。
でも、ポルトガルは、ヨーロッパ人がアジアを支配する常で、植民地には学校を作らず、産業を発達させず、ただただ圧迫した。イギリスがインドで工業が発達するのをいやがり、技術者の手首を切り落とした政策がその典型である.
その後、日本が大東亜戦争で善戦したことから、アジアの諸国は自信がついて独立運動が起こり、1949年に西ティモールが、つづいて1976年に東ティモールがインドネシアに編入された。
もともと、インドネシアの領土だから、問題はない。
ところが、この東ティモールで資源が見つかり、再びヨーロッパ人が画策を始めた。それが「二世を先兵にした東ティモールの独立運動」である。
果たせるかな、「東ティモールではインドネシア政府がひどい政策をしている」という噂や国際的な批判、それに加えてノーベル賞を出すことによって国際世論を独立側の支持へと向かわせた。
日本のマスコミなどは「独立運動」と聞くと、その歴史を調べずに運動を支持するが、一つ一つには背景がある。
ついに、1999年の国際連合東ティモール・ミッションが独立を後押しして、2002年に独立した。
いかにも良いことが行われたように思われるが、何のことはない。せっかくヨーロッパの植民地支配を止めさせたのに、また「植民地二世国家」ができてしまったのである。そしてその後押しをしたのが、ノルウェーノーベル賞委員会、先進国のマスコミだったのである。
この事件は満州国が独立したときの「リットン調査団」の事件とまるでソックリである.ノーベル平和賞は汚い.
(平成22年10月9日 執筆)