民主党の政権はフラフラしている。でも、戦後、ほとんど一党独裁だった自民党が交代したのだから、一時期,新しい政権がフラフラするのは仕方がない。

でも、鳩山・小澤のペアーは最悪だった。

民主主義というのは「国民主権」だから、政治は国民が判断しやすい状態のもとで行われなければならない。

すでに、多くの報道や論評で言われてきたことなので、ここでは繰り返さないが、首相は実現性の無いことを次々と言い、それを「私の理想だ」と言う。

そして、裏では「平成の脱税王」と言われるような正義に悖ることをしていて、それが明るみにでる。

これで、民主主義で一国の首相が勤まるというはずはない。日本という国と民主主義をそんなにバカにしては困るのだ。

小澤さんもそうだ。「金権,金権」と言われ続けてきた。もし日本が封建制度なら、それでもお殿様が認めてくれれば良い。彼にとっては田中角栄をはじめとしたお殿様は認めたかも知れないが、国民は一度も彼を「誠実みのある政治家」であるとは認めなかった。

民主党の幹事長としても、お金の問題をいっさい、説明しなかった。「潔癖です」とか「不起訴になった」と説明するということは、かれが民主主義を信じていないことだ。自分は国民の信託を受けて議員をやっているのだから、国民が「知りたい」といえば基本的には「自分を捨てて説明する」ことが求められるのは当然である。

だから、彼の長い議員生活を見ると、ただ「選挙マニア」に過ぎないと思う。

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でも、この2人が去って、とりあえず「批判すること」は格段に少なくなった。

この世は「後ろ向きの批判」をせざるを得ないと前に進めない。その点では、仮にこれからの菅政権が大きなミスをせず、批判より前向きの議論で違いをハッキリできるようになると良い。

その点で2010年6月8日は菅政権の内閣が発足し、当面,1990年から日本を覆っていた「霧はすっかり晴れた」という状態だからだ。

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1990年までは自民党政治で良かった。戦後復興,安保闘争,高度成長,バブルというのは歴史的必然性から来る社会の変化であり、そこでは自民党の「単純成長政策」が大きな功績を挙げた。

しかし、1989年にイランのホメイニ師が死に、中国では天安門事件が起き、東ヨーロッパではポーランドのワレサ議長の登場とベルリンの壁が崩壊したことによって、世界は一変した。

日本もすぐにバブルが崩壊して,それまでとまったく違う世界に入った。

それでも自民党政治は変わらず、1990年は「失われた10年」となり、さらに2000年には小泉首相が登場して「自民党をぶっつぶす」といって5年間の政権を維持した。

しかし、2000年の最初の10年も「2度目の失われた10年」となり、ついに国民は「自民党はいらない」と結論を出した。今後、若干の紆余曲折はあるにしても,2度にわたる10年と今後の10年をよくよく考えてみたいと思う。

キーワードは、1990年の10年、2000年の10年、そして、その間に進んだ「ウソとズルの世界」を明らかにしておかなければならないだろう。

そこに、格差問題も、経済停滞も,そして倫理の崩壊もあるのだから。これからこのブログでも、「批判」を弱めて、「どうなるのか」、「どうするのか」に中心をおきたい。

その間、菅政権が変なことを連発して、また批判からスタートしなければならないようなことがないのを望む。

(平成2268日 執筆)