【まず,速報関係から】
新型インフルエンザ(豚人インフルエンザ)の流行が続き,世界で感染者が約2500名,死者は約40名になってきました.
発祥地のメキシコではそろそろ通常の社会生活に戻す動きが広まっていますし,アメリカはメキシコとの間の約3000キロメートルにおよぶ国境線を閉鎖しようとはしません。
この国境線はNAFTA(アメリカ地域の貿易協定)によってほぼ自由な通行が認められ,生活物資や人が行き来しているのですが,それまで規制する必要は無いと言うことでしょう.
メキシコ,アメリカ共に多くの感染者を出しながら,このインフルエンザ・ウィルスが大変なことにはならないと判断しているようです.
同時にアメリカ政府がWHOに対して世界的感染のもっとも厳しい状態である「フェーズ6」 にすすんだ方が良いと述べました。これに対して,「そんなことを言って良いのか」という日本的なコメントも見られますが,言論の自由があるので,アメリカの意見はアメリカの意見で,問題はありません.
でも,フェーズ6というのは「世界的な大流行(パンデミック)」とされ,これまでNHKなどの番組(たしかクローズアップ現代でもあったような記憶がある)で「パンデミックとはとんでもなく恐ろしい事」というイメージでした.
パンデミックというとすぐスペイン風邪が出てきて,世界の死者は4000万人,日本が数10万人と言われ続けて来ました.でも,どうもこれまでの日本の報道が間違っていた(もしくはウソ・・・ウソというのは知っていて誤報する事)ようです.
インフルエンザには季節性インフルエンザ(普通のインフルエンザ)があり,毎年,世界では約4億人の人が発病し,40万人ほどの人が死にます。つまり,年中行事で,死亡率は0.1%程度ですが,その数は膨大です。
これに較べて,現在は感染者が2500人,死者が40人ですから,毎年のインフルエンザの1万分の1程度です.それなのに「パンデミック」?!
WHOのフェーズ(状況的な段階というような意味)というのは「将来,そうなる可能性がある」というのではなく「事実,そうなった」ということだから,どうも毎年の感染の1万分の1ぐらいになると「パンデミックだ」と言っても良いらしいのです.
それじゃ,今までのNHKの報道はなんだったんだ!と怒っても仕方がありません.どれもこれも視聴者を驚かすばかりだから,もともと見ても参考にはならない放送局で,今回もそうだったというだけです.
もし,これまでの報道で,「パンデミック」とは毎年の流行の1万部の1ぐらいの状態だ」とされていたら,ずいぶん日本人の判断は違っていたでしょう。お金を取られてウソを報道されるのですから,やっかいなことです.
ところで,もう一つはこのシリーズで2回ほど前に「発病者に老人が少ないので,もしかすると類似のウィルスが数10年前に流行した可能性もある」と書きましたが,そろそろそういう見方も出てきたようです。
【本論に・・・】
ところで,速報はそのくらいにして本論に入りたいと思います.今回は「鎌形赤血球貧血症」という病気を参考にして,「新型インフルエンザとは人類にとってなにか?」を考えてみたいと思います。
人間や総ての生物は遺伝子を持っていて、その遺伝子はDNAといわれる化合物でできています。そのDNAはアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)と言う四つの化合物(塩基)を持っていて、その四つの化合物を組み合わせて遺伝情報を子孫に伝えます。
また,DNAは複雑な立体構造をしており、プラスチックと同じような「高分子」構造をしています。
外のおいてあったバケツが太陽の光で悪くなるようにDNAも太陽に光に弱く、特に紫外線で被害を受けます。紫外線は太陽からの可視光線より波長が短いのでエネルギーが高く、材料を痛めるのです。夏の海水浴で私たちの皮膚にダメージを与え、時には皮膚ガンのもとになるのもこの紫外線です。
紫外線を浴びるとDNAの中でチミンが隣り合わせになっている箇所が損傷を受けます。チミン同士がつながって「チミンダイマー」をいう全く別の化合物を合成するのです。
DNAの情報はもともとAGCTという3つの化合物の並び方で情報を伝達します。この4つの記号が3つの単位になって「コドン」と20種類の文字を作ります。アルファベットが26文字、仮名が50ということから見てもわかるように、4文字では少し少ないので、3つで一つの文字として認識するシステムを採っているのが生物です。
文字というのは正しく並んでいるから意味を持つので、一つでも逆に並んだり、欠けたりすると意味不明になります。つまりDNAの一部が何らかの外的な影響で損傷するとDNAの情報系はすっかり乱れて、それによってタンパク質を作って日常的な生理作用を行ったり、子孫を作ったりするときにとんでもない間違いが起こります。
間違いは日常的な衝撃でもおこりますが、親から子供に伝わるときにも,間違いが起きます.
「鎌形赤血球貧血症」という遺伝病はマラリアの発生する熱帯地方に見られる遺伝病で、特定の地域に見られたことから昔は風土病と思われていました。
20世紀に入ってこの病気が遺伝病であること、さらにヘモグロビンのβ鎖を作る遺伝子の6番目のコドンが正常なGAGからGTGにおき変わり、グルタミン酸ができるはずがバリンになったものであることがわかりました。
この「鎌形赤血球ヘモグロビン」と呼ばれるヘモグロビンは酸素が不足すると正常なヘモグロビンよりも溶けにくく、赤血球内で結晶となってしまいます。そのためにこの病気にかかった人は酸素が少ない時に鎌形に変形してしまうのです。
人間の遺伝子は一千億対の塩基でできていると言われています。そのうちたった一つの塩基対が間違っているだけでドーナツのような綺麗な赤血球が,醜い「鎌形」に変わってしまうのです。
この病気はマラリアの蔓延する地方に多く、500人に一人という高い割合で発生していました。
なぜマラリアの発生とこの病気が関係するかというと、さすがのマラリアもこのような異常な形の赤血球にはすみにくくマラリアにかかることが少ないからです。
でも,この病気は,人間と病気という意味では,もっともっと奥深いことを教えてくれます。
昔、まだ人間の寿命が短かったとき、特に生活環境が厳しい熱帯地方ではマラリアが蔓延し多くの人たちがマラリアにかかって20代で命を失いました。
ところがこの鎌形赤血球貧血症にかかった人はマラリアになることが少ないので、30才程度まで生きることができたと言われています。
かといって鎌形赤血球正常ではないので脾臓で破壊され、溶血を起こして慢性の貧血の状態になります。もちろん肝臓や心臓にも負担をかけますのでとても辛い病気です。
しかし、それでも地方によっては鎌形赤血球貧血症にかかると喜んだと言います。それはもしこの病気にかからなければ20才代で命を落とすのに、病気で苦しむ変わりに30才まで生きることができるからです。人間の生活は悲しいものだったのです。
鎌形赤血球貧血症がマラリアの蔓延する地方に多いことは環境と人間の強い関わりを示しています。
「個人」としてはこの病気にかかると少しでも長生きできるということになり、「環境と人間」という点ではマラリアにかかれば25年、鎌形の赤血球になれば30年という寿命であるとすると、マラリアの蔓延する地方は病気にかかった人がより有利になり、遺伝的な病気の起こりやすい人が生き残るということになるからです。
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ウィルスは人間とは長いつきあいですから,「ウィルスは人間の敵」ではあり得ません.人間の体や生活はウィルスがいる事,それが突然変異しやすいことを承知の上で出来上がっているのです。
それでは「新型」が誕生したから,それをことごとく封じ込めるとウィルスと人間の関係は根底から崩れ,私たちは新しい世界へと突入することになります.
それで良いのでしょうか? 「環境」という概念は一つのことだけを考えるのではなく,全体を考える力なのです.
新型ウィルス撲滅は人間に何を与えるか,ジックリ考えて,この際,答えを出しておきたいと思います.
(平成21年5月8日 執筆)