ダムにまつわる外国の例を一つ示します。
エジプトのナイル川。その上流にできたアスワンダムとアスワンハイダム。この二つの巨大なダムはクロヨンより多くの物語で彩られています。
四大文明、それは600万年前にサルから進化して以来、人類が豊かで文化的な生活を営むことができるようになった最初の文明でした。
その一つに古代エジプト文明があり,ナイル川のほとりに誕生したこの文明は、ナイルの豊かな水と定期的に起こる大洪水が文明の原動力だったのです。
ナイルの氾濫はすさまじいもので,徐々に水位を上げた川からジワジワと水が平野をおおい始めるおとから始まり,その洪水で見渡す限りの土地は水で覆われてしまうのです。
ちなみに,現代で言えば「大災害」でしょう。
でも、古代エジプトではナイルの洪水は大災害ではありませんでした。
上流から豊かな栄養を運んできた水は、洪水という形で田畑に肥料を撒いてくれたのです。人間はそれを眺め、水が引くのをじっと待ち、やがて再び栄養豊富になった田畑に種をまいて収穫を楽しんだのです。
現代の農業は、トラクターで耕し、化学肥料を撒き、ヘリコプターで農薬を散布します。でも,古代エジプト人はナイル川の氾濫という自然現象を利用して生活をしていました。
でも、生活が近代化してくると、やはり洪水は困りものです。道路は冠水するので自動車も通れないし,家も洪水に備えて床を高くつくっておかなければなりません。
だから不便だと言うことになって,ナイル川が氾濫しないように、しかも農業を盛んにするためにナイル川の上流アスワンに最初のダムが建設されました。1902年ですから,ちょうど100年前です。
全長2キロ。ダムは花崗岩で作られました。
さらに、それから70年後、今度は全長3.6キロメートルのアスワンハイダムが作られ,ダムによって作られた人工の湖にはエジプト独立の父、ナセル大統領の名前をとって「ナセル湖」と名づけられました。
その大きさは琵琶湖の5倍です。そして,ダムにまつわる最初の物語は、水没する遺跡でした。
ナイル川の上流には古代エジプトの遺跡が点在しています。どれもこれも人類の歴史を物語る貴重なもので、いわば「人類の宝」と言えるでしょう。
それがダムによって水没するのだから一大事です。貴重な遺跡が水没するようなダムを作るべきではない!という強硬意見も唱えられたのは当然でもあります.
でも、古代の遺跡を守ることと、いまエジプトに住む人の幸福を比較すれば、そこに住む人のことを大切に考えなければなりません。昔の人はすでに死んでいるし、文化財より人の生活です。
そこで、水没から守るために遺跡の方を移動することになり,その一つにフェラエ島です.
古代エジプト人が「ナイルの真珠」と呼んだこの美しい島は、最初のアスワンダムが建設された後には、1年に10ヶ月の間だけ水没するようになりました。
ところが,アスワンハイダムができたら1年中、完全に水没するのです。
そこで、ユネスコが中心となって遺跡の大移動作戦が行われました。有名な「イシス神殿」はこのフェラエ島にあった遺跡で,幸い、イシス神殿は移動し水没をまぬかれ人類の宝を守ることができたのです。
現在の地球はそこに住む人のものですから,遺跡があるからといって人が犠牲になるというわけにはいきません。エジプトに住んでいない人にとって見れば遺跡の方が大切ですが、エジプトに住んでいる人は生活が大切で、それには電気もいります。
アスワンの2つのダムで作られた電気は現代のエジプトの生活に使われていますし,まして、日本に住んできて毎日、電気を使っている人がエジプト人に電気を使わないで遺跡を守れとは言えません。
ところが思わぬことが起こったのです。
アスワンのダムは上流から流れるナイルの水をせき止めただけではなく,ナイル川の河口、カイロから徐々に徐々に、海の水がナイル川を遡ってくるようになったのです。
川は淡水ですが、海は塩分を含んでいます。それが川に侵入するので淡水に塩が混じり,それは川とその周囲の自然を大きく変えました。
まず作物の多くは塩分に弱いので,作物の育ちが悪くなりました。さらに川に侵入した塩はかんがい用の用水路を通って畑に入り、そこで乾燥します。
かつて、ダムの無いときにはナイル川が氾濫し上流からもたらされた栄養に富む肥えた水が土地を覆ったものでしたが、今度は逆に下流から来る塩水が畑にたまり、それが乾燥し,肥沃な大地は白い塩でおおわれた塩田になったのです。
豊かだった作物は死に絶えました。
日本のクロヨンもエジプトのアスワンも、「川の流れ」という自然のエネルギーを使って電力を取ることができます。だから,自然を利用した「環境に優しい」方法だと誰もが思ったのです。
でも、そうではありませんでした。
人間が環境から何かをもらうこと、それは「人間だけに優しいが自然には厳しい」ということです。クロヨンダムはそれまで冷たい水で洗濯に苦しんでいた多くの人を助けましたし,アスワンはエジプトに文化的生活をもたらしたことも事実です。
でも、それは人間のことであって、人間がもらう分だけ自然は壊れたのも当然でしょう。
もともと、自然からみると水力発電とはどういうものでしょうか?
太陽がサンサンと海面を照らし,海の水は太陽の光で温められて蒸気となり、もやもやと海面から空のかなたに上がっていきます。高い空に上がった蒸気は冷やされて水滴となり雲を作り,雲は風に吹かれて山にぶつかり上昇気流で一気に水滴はふくらみ、雨となって降り注ぎます。
やがて一筋の水の流れはせせらぎとなって山を下り川となり,そこに魚が棲み、木々が生い茂るのです。
人間から見ると、川の水は「無駄に流れている」ように見えますので、ダムを作り水力発電所を建設するのです。そうすれば「無駄に流れていた川の水を有効に使うことができる」と考えるのは人間の勝手です。
実際には、すでに川の水を利用しているものがいます。清流に飛び跳ねる魚、川辺の森、そして急流を流れ下る砂利、それらは川のもつ力で生き、そこの自然を形作っているのです。
彼らが生きているのは、かつて海面を照らした太陽の光のお陰であること,それを考えるのが実は「環境」なのでしょう。
人間がダムを作り、その水力で発電するということは「魚、森、そして砂利」が利用して来た太陽のエネルギーを横取りするということです。ダムを作り発電をする人は,別に魚から横取りする積りは無いのですが、結果としてそうなります。
ダムを作るときには自治体や電力会社が付近の住民を集めて公聴会というのを開きますが、本当は,下流に住む人ではなく「魚」を集めて公聴会を開かなければなりません.
魚にとっては上流にダムを作られることは大変なことなので大勢の魚がその公聴会に出席するでしょう。
そして,魚のお母さんは立ち上がって、
「私には二人の息子がいます。育ち盛りです。もしダムを作り水が流れてこなくなったら息子は死にます。どうか、息子の命を助けてください。」
電力会社の人は冷たく答えます。
「よく理解できます。確かにダムを作ると、あなたの息子さんには影響があるでしょう。でも、電気を使いたいという人がいるのです。どうしてもテレビを見たいと・・・。我慢してください。」
かくしてダムは作られ、しばらくして下流には白い腹を晒して少し大きめの魚と二匹の小さな魚が浮いています。あの母親と二人の息子なのです。
人間は自分がテレビを見るため,少しでも楽に暮らせるためなら,魚の親子がやがて死んでいく辛さを思い浮かべることができない・・・それでも偉そうなことを言う,それが人間なのかも知れません.
「太陽の光を理由するのは環境によい」と言いますが,太陽の光を利用しているのは人間だけではありません。
(平成21年3月21日 執筆)