先回,「人間の知恵」は困ったときにでるというはなしをしました.

原油の発見もその一つで,石油が大量に必要になると,どんな地形に石油があるかという研究も進み,掘削技術も新しい方法が次々と生み出されました.それが1960年まで続いたのです。

ところが,そこで「異変」が起こりました.

世界がまだまだ石油が欲しいと言っている1965年頃,なんとなく新しく発見される原油が少なくなってきました.

特に1966年という年は,運命的な年でした.前の年,つまり1955年には570億バレルと史上最高の原油が発見されたのに,その翌年は,急激に減って380億バレルしか発見されなかったのです.

突然,原油の発見量が3分の2になったのですから,その関係の仕事をしている人にとってはビックリすることでした.

その頃の日本は,高度成長のまっただ中にありましたから,そんなことが世界で問題になっていることはほとんど話題にもなっていませんでした.

すこし脱線しますが・・・・・・・

「英語を勉強する」というのは,いつでも自分で外国の情報を知ることができるので,とても有利です.

「英語を勉強しておくと海外旅行が楽しい」というのも事実ですが,普通の日本人は,いつも外国に旅行に行くわけではありません.

それより英語でも日本語でも区別が出来ないぐらいになると,普段から外国の情報を自由に知ることができるという方がとても大きいのです.

・・・・・・・

ところで話を原油に戻しますと,1966年に原油の発見量が急激に減って,その次の年に期待していたら,その年はさらに下がって340億バレル,次の年も減って330億バレルとなり,これは大変だ!となったのです.

そこで国連は,アメリカのボストンにあるマサチューセッツ工科大学(普通はMITと略称します)のメドウス博士に,「石油はいつ無くなるのか.もしそうなったら世界はどうなるのか?」という計算を依頼します.

メドウス博士は,当時、やっと実用化してきたコンピュータを使って地球方程式を解きます.

その結果,「21世紀の半ばに石油が無くなり,30億人の人が死ぬ」という衝撃的な結果を発表したのです.

日本人が英語ができないわけではありませんが,世界の情報に疎いのは確かです.この報告を見て、日本人はビックリし,明日にでも石油がなくなると錯覚しました.

メドウス博士が計算した結果は「80年後に石油が無くなる」と言っているのに,「80年後」を「明日」と思ったのです.

そこで,家庭の主婦は「トイレット・ペーパー」を買いあさりました.明日,石油が無くなると言うことになると,まずこまるのはトイレット・ペーパーという訳です.

「パニック」という言葉を知っていると思いますが,個人でもパニックになりますが,社会がパニックになることがあり,それはやや恐ろしいことです.

今日の「温暖化」の報道を見てもどうも日本人にはそんな性質があるようです.

石油が「80年後」に無くなるという話が,「明日」に変わり,無くなるならトイレット・ペーパーだと見当外れの方向に進み,実際に,日本のスーパーからすっかりトイレット・ペーパーが無くなったのです.

人間の社会は面白いものですね.今から考えると,少し石油が減れば,ガソリンの値段が上がるのは分かりますが,トイレット・ペーパーだけに人の不安が広がるのですから.でも笑えないかも知れません.今では「温暖化」に少しその傾向があります.

いずれにしても1960年に「ピーク」に達した原油発見量は,それから技術も磨き,努力もしたのに,二度と再び1965年に戻ることはありません.今や,原油の発見量は70年前に戻り,「石油のない時代」が近くなってきました.

人間はなんでも急激に変化すると,ショックに感じて印象も深いのですが,少しずつ変化するとすぐ順応します.これは生物の「馴化(じゅんか)」という性質で,環境の変化に対して生き残るための一つの方法です.

石油ショックの前,一年に570億バレルも新しい原油が発見されていたのに,今では60億バレルと実に10分の1になってしまいました.

それでもトイレット・ペーパー騒ぎは起こっていません.570億バレルが380億バレルに下がった時には大騒ぎになり,それが2桁も違う6億バレルになったのに平気だというのが人間のおもしろいところです.

(平成21年3月16日執筆)