2008年12月15日夜.NHK教育放送が故加藤周一さんの番組で,加藤さんの著作「言葉と戦車」を取り上げていた.素晴らしい番組だった.

さすがNHKである.

すでに歴史のかなたに消え去りそうになっている「プラハの春」とは,抑圧的な共産主義から,自由な共産主義を目指した一時期を示すが,それは1968年8月にソ連の戦車によって制圧された.

自由を戦車によって押さえられた国民は言葉で抵抗し,血を流し,そして地下放送を行った.その地下放送を聞いて周辺諸国はチェコで何が起こっているのかを知ることになる.

当然の成り行きとして,地下放送局はやがてソ連軍によって奪取され,関係者は不遇な人生を送る.それでも,この「言葉」は世界を駆け巡り,アメリカ,そして日本に影響を与えた.

その経過は加藤さんの深い考察を交えて淡々と映像が流れ,私の心に深くしみた.

共産主義の理想がどれほど正しくても,人間の最も大切なものは「自由」だ.それをこの番組は訴え,さらに「力より言葉」を信じる人間を賞賛していた.

今,かつてのソ連の戦車は,NHKという報道機関に姿を変えている.プラハの春の時のソ連指導者ブレジネフがNHK会長に代わった.そして,「戦車」は「干す」という陰湿な行為で「言葉」を抑制している.

プラハの春の時,チェコの指導者はブレジネフから8月に電話で「黙れ」と言われる.でも,彼はそれを拒否した.そして翌月,ブレジネフは戦車をチェコに進軍させた.

NHKは黙れとは言わない.でも職員を使ってNHKの批判をチェックし,それをブラックリストに載せる.多くの人がそう思っていて,日本の国の中に戦車が走っていることに異議を唱えることができる人はすでにいない.

いや,戦車よりさらに悪質かも知れない.戦車なら形がある.そしてNHKの映像にも映っていたように市民はソ連軍に語りかけることができ,さらに戦車の前に身を挺して寝ることもできる.

でも,密かに人の発言をチェックし,ブラックリストを作り,少なくとも多くの人がブラックリストができていると信じるだけの行動をとり,言葉の自由を奪う方が悪質だ.

かつてソ連のご機嫌を取らない国は戦車で占領され,今の日本ではNHKのご機嫌を取らないと干される.国民は固くそう信じている.

でも,加藤周一さんがご指摘になっていたように,言葉は戦車では止まらないだろう.昨晩のNHKの放送は,NHKの中に「言葉の大切さ」を訴えたい人がいることを示している.

番組の映像はNHKの経営人に向けられていたのだろう.それは,NHK局内に魂のある人たちがいることをうれしく思う.プラハの春の後,20年はかかったがソ連は崩壊した.そのように,その人たちがいつの日か,マジョリティになり自由な発言が許されるNHKになって欲しい.

(平成201215日 執筆)