かつて,NHKは私に正しい情報を提供してくれていると信じていた頃,私は紅白歌合戦を楽しく見ていた.私から受信料を徴収し,「受信者のための放送」という言葉をそのまま信じていたからだ.
私も多くの日本人のようにNHKを批判するのはいやだった.子供の頃からNHKに親しみ,そして信頼してきた.NHKが自分を裏切るのは,親友に裏切られたような気持ちになるから,なんとかNHKは正しいと思いたかった.
ところが,少しマスメディアに関係するようになってから,まず,第一にわかったことは,芸能界の人がNHKに異常なまでの気を遣っていることだった.
もう1年半ほど前のことだが,私が少しでもNHKに対する批判的なことを発言すると,居合わせた芸能界の人は決まって口を閉ざすし,そこに居合わせたある著述業の人は「NHKを批判するなら私は降りる」と言われた.
その人は「NHKから仕事をもらっているので,批判している人と仕事をすると,仕事がもらえない」と私に言った.
それからしばらくして,秋口になるとさらに芸能界の人がNHK批判に対してピリピリしていることがわかった.そして芸能人が表現に自由を失う理由が「紅白歌合戦」によることも,不肖にしてこの歳になって始めてわかったのだ.恥ずかしい.
芸能人にとってはNHKの紅白歌合戦にでることは,その後の芸能界の生活に大きな影響をあたえる.だから,どうしても出場したい.そのためには日頃からNHKに協力し,一切の批判を言わないようにしなければならない.
かつて,芸能人が歌を歌ったり,芸をしているだけなら,このこともそれほどの社会的な影響は無かっただろう.しかし,現在は芸能人が政治,経済,そして環境などあらゆる分野で発言する.
そういえば,芸能人の多くはNHKとほぼ同じ環境の議論をする.NHKがリサイクルを推進していた頃はリサイクル,ダイオキシンがサリン並みの猛毒だと報道していた時にはダイオキシン,そして今は温暖化である.
芸能人が意見を持っているわけではなかった.NHKに逆らうと生活ができないからだった.そのもっとも強力な武器が紅白歌合戦である.
「裏切られた」という私の思いは深い.信頼していただけにその傷は深い.ああ,そうだったのか!そのために紅白歌合戦というのをやっていたのか!
紅白歌合戦には明確な選考基準がないという.公共放送で,社会的な影響があるのに,選考基準が公開されていないというのも異常だが,それが余計に芸能人をビリビリさせているらしい.
社会的に影響の強い芸能人を味方につけるためにNHKは紅白歌合戦をやっている.そして,とにかく「NHKを少しでも批判したら,干す」という絶対的な不文律はまるで憲兵のもとの全体主義国家である.
NHKは国民からの受信料でまかなわれる放送局だから,憲法を守らなければならない.それは憲法の条文を何とかくぐるのではなく,その精神を守らなければならない.
日本国憲法が国民に保証している権利の中で,自由な表現,自由な言論,自由な学問などは中核をなすものだ.現在のように「NHKの批判をしたらNHKから干す」という行為は明らかに憲法違反である.
ましてNHKは放送局だから,社会の平均的な機関より厳しく表現の自由を擁護する立場にある.これまでまさかNHKが言論統制を行っているとはなかなか考えが及ばなかったが,マスメディアではすでに常識になっている.
NHKの受信料を払わないことは私たちの良心である.私はNHKより憲法を尊敬し,表現の自由を守りたい.この日本に「発言したら罰せられる」という暗黒の部分の存在を許したくない.
表現の自由は日本の宝だからだ.
「地獄への道は善意で舗装する」という言葉をもっと早く知っていれば良かった.あのNHKのアナウンサーの善意にあふれる笑顔はそうだったのか!
(平成20年12月14日 執筆)