新春から固い話が続くけれど、温暖化、少子化、石油の枯渇など未来のことで暗い話が多かった年が終わり、ことしは「明るい未来」が見える年でありたい、と願う。
今から20年ほど前、NHKの朝のドラマに「おしん」が放映され、人気を呼んだ。でも、おしんの人生は、今の若い人の生活から見ればずいぶん辛いものだった。
おしんの時代、つまり100年ほど前と比べてもこんなにも違っているのだから、江戸時代、それより前の縄文時代の生活は、それは悲惨なものだった。もちろん、その時代、時代に生きている人から見ると「普通の生活」であり、時に皆殺しにあい、家族と生き別れるのも運命と思って受け入れていた。
長い人間の歴史とそこに住んだ人たちのことを思うと、生物には大きな特徴がある。一つはそのまま自分を認め、時代を認め、その中で一所懸命、生きていくこと、もう一つは、常に新しい未来が拓けて、それまでとは違う世界で生活するようになることだ。
それは、人間では科学や社会の進歩であり、動物や植物では突然変異などで体が変わることだ。いずれにしても、生物は常に進歩し、そして進化する。
今、「環境」が大きな関心事になっている。そして、多くの人が将来を懼(おそ)れ、あるお母さんは「将来の環境が心配で、このまま二人の子供を育てて良いのかと、いつも、泣いています」というメールを私に送る。
「そんなにご心配にならなくても良いですよ」と返信するのだが、これほど毎日のように本来は中立であるべきあるメディアが恐怖をあおり立てているのだから、わたしだけが「将来は心配ない」と言っても、お母さんの涙は止まらないだろう。
何が目的か知らないけれどそんな放送を続けるメディアも罪作りだ。なぜ、判らない未来なのに、そんなに危機を煽るのだろう?
ヘーゲルは、
「ミネルヴァの梟は夕暮れに飛翔する」
と言った。
哲学者ヘーゲルの言葉だから飛び抜けて難しい表現が、簡単にその意味を言うと、
「人間は将来は判らない。どんなに優れた知恵を持っている人でも、わかるのはすでに終わったことだけだ」
ということである。
私は現在の日本の環境は素晴らしいと思う。四季折々、山紫水明、人情あふれる人々、そして何より人生で大切と言われる「生命財産」がほとんど世界のトップレベルにあるからだ。
犯罪率も世界で飛びぬけて少ない。
今は何の心配も無い。ゴミもあふれないし、温暖化も四面を海に囲まれた日本はそれほど大きな影響を受けない。幸いにしてダイオキシン毒性は低かったし、危険な食品添加物もなくなった。ゆっくり、落ち着いて、気楽に生活ができるようになった。
大気も綺麗で喘息(ゼンソク)患者さんも少なくなり、川の水も綺麗と言うにはもう一つだが臭くてたまらないと言うレベルは脱した。
日本は世界でただ一つ、温帯の島国であり、中央に山脈をもち、長い歴史でも大規模な疫病がはやったこともないという楽園である。そしてこの楽園はこれからもずっと続くと思う。
それには、もちろん「お金」やいわゆる「環境」が問題なのではなく、日本人がヨーロッパやアメリカのまねをすることなく、伝統的な日本文化・・・感謝の心、和の大切さ、そして節約の気持ち・・・を大切にすることだと私は思う。