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 2008年が開けた日、ここに掲げるべき一葉はオンネスでなければいけない。

 

 19001231日、19世紀最後の日、アメリカ合衆国特許庁長官は高らかに、そして自信たっぷりに演説した。

 

「科学技術はこの100年に飛躍的に進歩し、すべての発見は終わった。つまり、自然の現象や原理原則は明らかになり、明日から始まる20世紀は、19世紀に発見されたこれらを応用する世紀になるだろう。」

 

 彼の演説から3年後、ライト兄弟が人類初の飛行に成功、5年後にアインシュタインが相対性原理を発表、11年後にオンネスが超伝導現象を発見、そして数々の新しい発見があり、53年後にはDNAの構造と生命というものの関係がワトソンとクリックによって提案された。

 

 なぜ、アメリカの発明発見を司る役場の長である特許庁長官が、これほど大きな間違いをしたのだろうか? それは今でも続いている人間の頭の欠陥の問題である。それをオンネスの超伝導発見の例に見てみよう。

 

オランダの科学者、オンネスは極低温における電気抵抗に興味を持ち、当時のあらゆる手段を尽くして極低温を作り出して、そこで抵抗を測定するのに全力を傾けていた。

 

 地味な研究である。一般的に電気が流れる金属などの抵抗は温度が低くなると、低くなる。それは物質を作っている原子の運動が押さえられ電子が通りやすくなるからだ。

 

 すでにオンネスが研究をはじめたときには、温度と電気抵抗の関係は判っていて、「温度を下げれば抵抗が減る」ことは科学者の間では常識だった。それなのにオンネスは毎日、毎夜、温度を少しずつ下げながら鉛やスズの抵抗を測定した。

 

 後に彼は「超伝導現象」を発見する。

 

 この世のあらゆるものは「流れるところには抵抗がある」。それが電気であれ、川の流れでも人の流れでもすべて同じで、多くのものが流れても全く抵抗を受けないなどと言うことはあり得ない。

 

 電気ではそれがオームの法則であり、あまりにも当然のものの一つだった。

 

 彼が超伝導現象を発見する前の日、温度は5K(絶対温度で5℃)に達していた。氷ができる0℃からは実に268℃も低い極低温の世界である。それでも電気抵抗はそれまでの観測通り、温度の低下に伴って少しずつ小さくなっていた。

 

 そして次の日、温度を4Kまで下げて水銀の電気抵抗を測定したオンネスは「抵抗ゼロ」という結果に驚愕した。人類が「何かが流れても抵抗がないということがあり得る」ことを知った瞬間だった。

 

 常識では全く信じられないこの現象は、100年ほど経った現在では科学的事実として広く認められ、磁石などの分野で実際に使われるようになった。

 

 もし、オンネスが超伝導を発見する前の日に現在の日本の文部科学省の監査官のような人が研究室を訪れて、「オンネス博士、何をなさっているのですか?」と聞いたとしたら、オンネスはただ「低温における電気抵抗を測定いているのです」と答えたであろう。

 

 その同じ監査官が、発見の翌日に訪れたら、オンネスは「極低温で電気抵抗がゼロになる現象を見いだしたように思います」と答えるだろう。

 

 未来が拓ける日、それは常に突然に訪れる。当然のことであるが、今、私たちが「正しい」と思っているのは、昨日までの人間の知識で判断したことに過ぎない。もしアメリカの特許庁長官の間違いのように21世紀にも多くの新しいことが発見されるだろうから、今の私たち判断は「間違っている」可能性が高い。

 

 未来はただ来るものではなく、拓かれるものだからだ。

 

 2007年、大いに騒がれた地球温暖化や、それに伴う気候の変動は未来のことである。人間はそれほど正確に未来を見ることはできない。そしてたとえ現在の知識では「恐ろしいことが起こる」と予想されても、人間には知恵があり、新しい未来を拓く力がある。

 

 株価が下がり続ければ明日も下がると思って懼れ、上がり続ければまた上がると思って買う。そして人間はいつも自らの考えが至らないことを知るのだが、それでもまた「今の知識は正しい」と錯覚する。

 

 明日は明るく拓かれている。それはこれまでの人類の歴史的事実で繰り返し示されているから、決して悲観的にならず、今日だけを一所懸命に生きたい。

 

 明るい未来は必ず来る。もしそれが遠のくとしたら、次世代を担う若い人が悲観的になって今日を一所懸命に生きる力を失ったときだ。