-街-

 私たちの人生の時間は止まることもせずに通り過ぎていくけれど、その時間が豊かなものになるか、それとも貧しく惨めなものになるかはさまざまなもので決まる。そのうち、今回は「周りのもの」というのを考えてみよう。

 このシリーズで「アフォーダンス」について書いた。難しい用語だが簡単に言うと、周囲の環境と私との間の関係で普通は、自分の目で見たり、耳で聞いたり、自分が五感で周囲のことを知ると思っている。でもアフォーダンスの理論では、「私が周囲を見るのではなく、周囲が私に語りかける」という。

 周囲が語りかけるのだから、自分から周囲を見なくても良い。これを逆に表現すると、「自分が周囲を見る前に、周囲は自分に語りかけ、影響を与える」ということである。

 昔の金沢は私に語りかけた。香林坊から少し坂をあがった右手に中央公園があり、その中に石川近代文学館の赤煉瓦が見える。日本の学校が旧制であった頃、ここに第四高等学校があった、その跡を保存して今では文学館になっている。

 この文学館に入ると西田幾太郎や泉鏡花などの哲学者や文豪の人生、直筆の原稿などが並んでいて、クーラーのない真夏以外なら快適にひとときを過ごすことができる。近代的できらびやかなデザインと携帯をもった茶髪の若者が歩く香林坊とは違う世界がそこには広がっている。

 石川近代文学館のような建築物はすでに日本では珍しくなったが、外国の大学に行くと古い建物がそのままに残っている。数年前、用事があって小雪のハーバード大学を訪れた。アメリカの北方、ボストンは学園都市とも言われて、ボストン市内そして郊外にはあわせて24の大学がひしめいている。

 その中にはマサチューセッツ工科大学のように街の中にビルが建ち並び、いかにも無味乾燥な工学を地でいっている大学もあれば、この写真のように小雪の林の中が似合うハーバード大学もある。少し狭い門をくぐって構内に入ると右手に古めかしくしかも瀟洒な校舎が並び、少し歩くと左手に小振りな教会が見える。

 ことさら自由を大切にし、なにかと言うと”freedom”と叫ぶアメリカ人だが、ほとんどの人がキリスト教徒か親キリストなので、大学の中に教会があっても特に違和感はないらしい。もっとも世界の多くの国では宗教自体を大切にするので、アメリカでもイスラム教徒の為の礼拝堂を用意している大学が多い。

 その教会の前の広場にでると、右手には大きな図書館がみえるが、その図書館はあのタイタニック号の悲劇で息子を失った富豪の母親が、本好きだった息子を偲んで寄贈したものである。ともかく、金沢の第四高等学校にしろ、ハーバード大学にしても、建築物にはある雰囲気をもち、それはアフォーダンスとしてその周りにいる人たちに知を感じさせ、居心地のよい人生の一刻をもたらす。

 建築物をデザインする時には二つの要件がある。一つは、そこに住む人の為のデザインである。建物はその中に誰かが時間を過ごす。それがその人のほとんどの人生の時間であることもあるし、また行きずりの一瞬の時もある。でもそれぞれその建物に縁があって訪れた人であり、その建築物はその人を歓迎する。

そして多くの場合、建築物の発注者はその建築物に住む人、そこを利用する人である。だから建築を請け負った方も発注者の希望を聞きがちである。でも建築物の影響を受けるのはそこに住む人だけではない。

 つまり、もう一つの要件は、建築物のそばを通る人の為のデザインである。建築物には「内」と「外」がある。内は住む人、外は通行人である。でも、通行人はその建築物を立てるのにお金を払わない。そこが建築物デザインをする人の見識が別れる。

 社会が拝金主義になり、すべてのことがお金で解決し、みんながお金に興味を持つようになると、建物は注文主の言うとおりになり、外見は二の次になる。いや、外側のデザインは注文主の希望を最優先するので、外見のデザインは凝っていても周囲との調和は無視されるようになるのが普通である。

 日本の街は雑然としている。ビルとビルは隣と何に関係もないデザインでできている。デザイン様式も高さも、壁に使う材料も関係なく選択される。色もそうだ。

 だから、一つ一つの建物はいかにも建築家がデザインしたようにできているが街全体は雑然として何を目的にこんな汚いデザインをしたのかと訝るようなできである。もともと建築物は内と外があるのだから、その建築物がもたらす外へのアフォーダンスはそのデザインの生命でもある。でもすでに日本の街の風景は日本の一級建築士によって破壊され、見るも無惨なことになっている。

 パリに住みたいと私は思う。私のように日本が好きで、国粋主義環境論と言われる人間でも日本の街はイヤだ。こんなところで人生を送りたくない、街には出たくない・・・と引っ込むわけにはいかないから、ますます私の人生は貧弱になる。私はそう思う。日本人全部がそうではないだろう。

 いや、私はパリでは無く、少し前の日本に住みたい。

 日本の町並みが汚くなったのは最近のことである。江戸時代の町並みが残っていて「町並み保存会」というのがあるようなところの町並みは美しい。2階建てなら2階建ての家がならび、少しずつデザインは違うが、やはり基本的な様式は揃えてある。武家屋敷などでは道と家屋の間に塀がある。そのような所は塀の様式がおおよそ決まっていて、美しい壁がずっと続く。それは見事なものだ。歩いているだけで身が引き締まる。

 大正時代の民家もおおよそ調和がとれている。それが高度成長になって極端に街が汚くなった。日本のどこで写真をとってもそれを証明することができるが、一番わかりやすいのは日本橋だろう。安藤広重の絵で有名な日本橋は江戸時代のものであり、現在は石造りのアーチ橋で、明治44年に架け替えられている。橋の袂にある「日本橋」という字は、将軍徳川慶喜の筆によるものである。

 残念ながら明治時代に作られたこの美しい橋の写真を持ち合わせていないし、それを見ることもできない。今や、誰かは知らないがあの美しい日本橋の上に高速道路をかけた。それも汚い高速道路だ。どこに日本橋があるかも判らない。そして日本橋がかかっている川にはまた無粋なまでのデザインで高速道路がその橋脚を伸ばしている。

 
 和辻哲郎の「風土」。どんな風土がその人の人生を決めるのだろうか。なぜ日本人が靴を脱いで家に上がるのか、なぜパリではカフェが道ばたにあるのだろうか、それはすべてお互いに関係していて私たちの人生の時間を決めていく。そして美しい風景、看板や電線のない街路、私たちの祖先とつながった壁や路面・・・それらが調和して私たちの生活を豊かにしてくれる。

 日本橋の上に橋を架けた人はおそらく拝金主義者であり、アフォーダンス、心、豊かな生活などはまったく無縁の人だろう。たぶん、ごみためのような所に住み、自分の部屋は掃除もしていないと思う。彼の関心事はただお金だけであり、景色も人情も関係がないのだろう。

人生の時間というものは人によって違うし、私の時間も一様ではない。私の時間は時として速くすぎ、時として止まる。忙しいときには時間は速く、ゆったりすると急に時の進み方は遅くなる。美しい風景の中では時間の歩みは遅く、雑然とした街では速い。

 日本の汚い町並み、それは建築デザインの責任だが、私たち通行人の人生の時間を奪う。

(おわり)