― ふんだり・けったり ―
まじめに人生を送り42歳になった。下の子供も小学校に入ったし、そろそろ自分の家を持ちたいと思った。そして、夫婦でマンションを探した。そんな時、比較的、手頃で綺麗なマンションが売りに出されていた。
見に行くと確かに普通のマンションより広いし、安い。販売会社は徹底的なコストダウンをしていると自慢げに話していた。家族で相談して思い切って買うことを決めた。銀行に相談したら返済は月々、約15万円になる。それを家族全部で節約して払うことになった。
彼は決意したが、生来、慎重な性格の彼は目前に迫ってきているのが生涯一度の買い物であり、もし間違えば家族も巻き添えになって苦しむことを知っていた。そこで知り合いの人を通じて建築士に頼み、20万円を支払って買おうとするマンションが大丈夫かどうかの調査を頼んだ。
建築士は現物を見、建築確認申請などの必要書類が整っているかを調べ、彼に「大丈夫ですよ。検査もキチンと行われていますし、検査機関も大手です。」と答えた。彼はやっと安心してローン契約を済ませた。
・・・ これは実話である。欠陥マンションを買った人の中に、専門家に見てもらった人もいたのだ。
家族4人が希望に胸をふくらませて新しいそのマンションに引っ越したのはそれから程なく経った頃だった。
妻は念願だった新居を手に入れて幸福そうだったし、子供も新しい小学校に馴染んでいるようだった。これまでまじめ一徹に働いてきた彼は自分の努力が報われるのを実感した。
それから程なく経ってからであった。突然として湧き上がったように「マンション偽造事件」が起こり、「姉歯一級建築士」という人が現れ、そしてあれだけ慎重に調べて買ったはずのマンションが実は偽造された設計図に基づいて建築されたマンションだったことが判ったのである。
それでも信じられなかった。妻は真っ青になっていたが、彼は「建築確認申請も通っているんだ。少しは弱いかも知れないけれど、心配しなくてもいいよ。」と家族をなだめた。でも事態は次から次へと進展し、住民説明会が開かれ、逃げ惑う区の説明に唖然とした。
間もなくして自治体から「退去命令」が届いた。今まで愛してきた日本、信じてきた国や区役所、それがこんな仕打ちをするとは考えられなかった。彼は頭を整理することができない。建築許可を下ろした当の自治体から「退去命令」??
その命令には退去せよということだけが書いてあり、どこに退去させるのかは書いていない。折しも厳しい寒波が日本列島を襲い、家族4人で路頭に迷えば一夜にして凍死する。まるでこの豊かな日本の中で突然、中世の難民になったような錯覚に襲われる。
憤激やまぬ彼に妻が諭す。
「あんた。そんなにカッカしていても損するだけよ。早く都の住宅でも申し込みましょう。」
妻も辛いだろう。そうだ、俺も気を取り直してと、都営住宅の申込書を取り寄せ、現住所がどうの収入がどうのと書き入れる。
申込書に書き入れながら、彼は情けなくなった。確かに建築会社が悪いのかも知れない。姉歯が悪いのかも知れない。でも俺はそんな人は知らない。検査を担当する会社も知らない。それは全部、国や自治体が認可を与えているのではないか??もし何の認可もなければ俺ももっともっと慎重にしたのに!
極限の心労と疲労の中で書き上げた書類を役所に提出した。月々15万円のローンですら辛い。家族全員で節約してやっとだった。それに新しく都営住宅を借りるのにまた10万円近くのお金がいる。それも退去命令で出なければならないのにだ。彼はどうしても納得いかなかった。
数日たって、都営住宅の抽選結果が届いた。震える手でそれを開く妻。そこには、
「抽選にはずれました」
と冷たい印刷の文字が並んでいた。認可を降ろし、それがダメなら退去命令を出す。そして退去命令を出した自治体が抽選で落とす。地獄絵だ。
妻は意識が遠くなるのを感じた。幸せを夢見て買ったマンション。そのために毎日、どんなに考え節約してきただろう。子供にも我慢させた・・・そう思うと、妻は涙が止まらなかった。なんで、正直に一所懸命生きているのにこんなに酷い仕打ちを受けるのだろう?
・・・信じられないが、これも真実である。 建築確認申請や検査システムを信じて買ったマンションの人が公共住宅に申し込み、抽選ではずれたのも事実である。
2005年に起こった欠陥マンション事件は国が全面的に被害者を救わなければならない。もちろん「国」というのは我々の税金であるが、それでも救わなければならない。それが先決である。
次に、今回の事件の悪人共を捕らえなければならない。でもそれだけでこの事件を終わらせてはいけない。かつて、水俣病が起こったとき、事件の中核は国だったのに、国は逃げ、チッソだけに責任を負わせた。そのことが後に、カネミ油症事件、ミドリ十字事件を起こし、多くの犠牲者を出した。
カネミ油症事件でも、ミドリ十字事件でも、同じくその事件を起こした会社を懲らしめて終わりとなった。もし今度も関係会社を処罰して終わったら、日本国民でありながら、危険から守ってくれない「切り捨て国家」からこの可哀想な国民は逃れることが出来ないだろう。
私はこの事件について、二つの面から著述を薦めている。一つは「一級建築士」という「専門家の倫理」であり、一つは「現代社会における国の役割」である。特に、国の役割が大切であるが、それには水俣病の真実を正面から勉強することがもっとも大切である。私が数回にわたって水俣病の真実を書いているのは、現代の日本において悲惨な犠牲者を出さないためである。
マスコミは今日も年末番組を流し、その中で今年の言葉は「愛」であると言ってはしゃいでいる。
おわり