― 柱のキズ ―
ここ30年ほど、毎年、「人生で一番、大切なものは何か?」というアンケートが行われている。場所は日本、相手は日本人。その結果を下のグラフに整理してみた。
今から40年前。まだ日本は「高度成長」のさなかにあり、田中角栄首相が日本列島改造論をぶっていた。さまざまな問題があったが、それなりに活気があり、発展した時期だった。その時代、日本人がもっとも大切だと思っていたことは、アンケートによれば「健康」であり、それは約3割近くになっていた。また「仕事が大切」という考えも強く「家庭が大切」という人とがほぼ同じだった。
高度成長の頃は、社会は大量生産を希望し、産業で働く人は「企業戦士」となって日夜、努力した。新入社員が入ってくると「仕事と家庭とどちらが大切か?」という質問をして仕事が家庭より優先するという意識をつけさせたものだった。
一人の人間が大切だと思うこと、正しいと考えることは、その人の一生の間ぐらいは変わりたくない。若い頃、「仕事が大切だ」「残業!」「職場の旅行に行かなければ査定を下げる」などと言っていて、20年も立つとコロッと変わり、「大量生産は環境を汚す」などと言う人間にはなりたくない。
でも社会の動きは速い。高度成長が終わり、石油ショックのあった1972年には「家庭」が一番大切だと思う人が「健康」を抜いて一番多くなった。それからと言うもの、日本人が人生で一番、大切だと思うものはすっかり家庭になった。他の項目と比較してもダントツである。
・・・はしらのキズはおととしの
五月五日の背比べ
ちまき食べ食べ兄さんが
はかってくれた背のたけ・・・
家族とは良いものである。
「おい、健二、来い。はかってやる」
兄さんがちまきを口にくわえたまま、定規を弟の頭にあてる
「お前、ぜーんぜん、伸びていないじゃないか」とポンと頭をたたいて終わり。
兄弟が他愛もなく悪口を言い、叩き合っているのを母親は横目で見て、
「さあさ、喧嘩しているんじゃないの、お兄さんは勉強があるんじゃない?」
と兄の方を牽制する。母親はバランスをとる。
人生の幸せはこんな他愛のないところにある。それを獲得できるかどうかが人生の成功の鍵を握っている。お金や名誉、そしてつまらない意地は幸福とは無縁である。でも幸福な家庭を持てるかどうかはもっぱら自分自身の「心眼力」による。つまり良い異性を見つけることだ。それに尽きる。
でも不思議である。これほどみんなが「家庭」を人生でもっとも大切なこととしているのに、結婚は遅くなる、男は死んでも妻を幸福にしようとする決意がない、子供の数は少ない、それでなぜ幸福な人生が築けるのだろうか? 女性の結婚年齢は遅くなり、結婚するのは面倒だと言う女性が増える。
そしてそのような悲惨な状態を応援する人も現れる。でも、人生の幸福は自分の心に正直になることだ。困難はあるだろう。男はだらしなくなっている。でもその男をしっかりさせ自分に全力を挙げさせる、それが女性の力である。
男女共同参画という。私もそれを支持している。でも、男が働こうが、女が社会に出ようがそんなことは問題ではない。充実した仕事、笑いの絶えない家庭、それこそが私たちの望みである。そして現代社会はそのささやかな望みから自分たちが離れよう、離れようと「努力」している。
なぜ、自分が不幸になることに熱を上げるのだろうか??
私はこの辺で、架空の理想、苦しみの理想はやめて、本当に私たちが人生を楽しく過ごすことができる方向に舵を切るべきだと思う。それは自分を本当に愛してくれる伴侶を見いだし、結婚し、幸せな家庭生活を営むことである。
考えてみれば、仕事などどんなに大切でもどんなに社会に貢献しようと、家庭の幸せとレベルが違う。若い頃、私はとある部下にこう聞かれた。
「武田さん、家内は小学校の先生なのですが、2人目の子供ができて仕事を続けるかどうか迷ってます。どうしたらよいでしょうか?」
私は迷わず、こう答えた。
「小学校の先生という職業は、仕事の中では一番、立派な部類だが、私は母親というものの方が遙かに大切で、立派な仕事だと思う。私だったら迷わない。すぐ小学校を辞めるべきだ。」
その人の奥さんは仕事を辞めた。夢もあっただろうし、出来る人だったと思う。心中、穏やかでは無かっただろう。でも彼女がどんなに頑張って仕事しても、彼女の子供を迎える仕事より大切なものは無い。それこそ男女共同参画であり、女性の幸福を願うアドバイスである。
人がもっとも大切なのは笑いの絶えない、幸福な家庭なのだから。
おわり