― 私たちには「油団」がある ―

 「油団」と書いて“ユトン”と読む。この素晴らしい日本の伝統家具を知っている人は少ない。

 福井県鯖江市に一軒の表具店がある。商号は「紅屋紅陽堂」。日本でただ一軒、油団を作ることができる職人、牧野さんの店である。

 私が油団を知ったのは、井戸理恵子さんらが執筆・編集された「職人(三交社)」という本だった。そこには滅び行く日本の伝統職人芸が美しく描かれており、その一つに油団があったのである。

  油団は数枚の和紙を重ねながら糊のついた独特の刷毛で叩きながら丹念に作っていく。紅屋紅陽堂の離れの作業場、そこは夏の強烈な暑さでむせ帰っているが、そこで牧野さんは淡々と作業を繰り返す。

 そしてできた新品の油団はそれほど優れているものではない。でも、それを10年、20年と使い込んで行くうちに世にも珍しい一品になるのである。

 写真は30年を経た油団を敷き詰めた和室である。奥行きの深い褐色に変化した油団が落ち着いた雰囲気を醸し出す。そして北陸の夏の暑い日、私はその油団のうえにそっと腰を落とした。

 ヒヤッとする風がその部屋を吹き抜け、私は真夏の一瞬の涼しさにホッとする。

 そう、この油団という傑作は「熱伝導率が高く、柔軟性があり、上品な芸術品」なのである。油団を見たことも聞いたこともない人は、
「アルミのように冷たく、真綿の座布団のように柔らかく、そしてなめし革のような光沢」
と想像して頂ければ良いだろう。

 エアコンのない時代、夏になると子どもがこの油団の上でゴロゴロしたと言う。そうだろう。このヒヤッとした感覚はたまらない。

 日本にはこのような素晴らしい伝統材料がある。何のエネルギーも使わず、真夏というのにお隣さんに熱風を吹き付ける現代のエアコンのように品がないものはなく、ヒートアイランド現象も起こらない・・・そういう冷房装置があったのである。

 でも、一頃は全国で30軒もあった油団を扱う商店はエアコンに駆逐され、今では紅屋だけが残った。その理由は、油団よりエアコンの方が安く、手間が掛からないからである

 油団は環境に優しい。そして上品である。心も豊かになり、自然の風の中で涼むのだから健康にもよく、冷房病にもならない。だから、是非、環境を大切にする日本人は油団を使うべきである。
 
 でも、エアコンは10万円で買うことができるが、油団はその2倍以上はする。エアコンはスイッチを切ればそれで終わりだが、油団は夏が終われば丁寧に豆腐で絞った布で吹き上げなければならない。

 油団は季節感を感じることができる。それでもそれは現代では面倒なことなのである。

 私は日本に油団があることを誇りに思う。そこに日本人の知恵、日本人の自然に対する深い愛情を感じるからである。そして、遅ればせながら、私は油団の応援をし、油団の電子顕微鏡写真を撮り、この素晴らしい伝統をどうしても次世代に伝えたいと思っている。

おわり