Figure 2 Symbolized and Ideal Human Beings considered by Mechanical Engineering.
先に述べたように機械工学は「人間の筋肉を使用させず,頭脳を使用しない」という状態をその最終的な目標とし,それを機械工学の倫理規範としているのであろうか.蒸気機関や自動車,コンピュータは結果として人間の機能を喪失される方向に進み,また進みつつあるが,機械工学に携わる多くの技術者はそのような目標や倫理を持っているわけではない.日本の機械学会には明確な倫理綱領は無いが,機械学会の目的としては「機械に関する学術,技芸の進歩,発達をはかり,かつ工業の発展のためにつくすこと」となっている.また,アメリカの機械学会(American Society of Mechanical Engineers (ASME))は倫理綱領を持っているが,「技術能力,専門家としての幸福を促進すること,そして機械工学の質的な計画,活動を通して熟練者は人類の幸福に貢献することをより可能にさせること」を主たる倫理となしている(57).
工学倫理の分野には,ヨーロッパを中心として進歩してきた哲学的倫理学的アプローチがあり,また近年主としてアメリカで発達したいわゆる"Ethics in Engineering"と言われる分野がある.前者はベーコン,コンドルセ,マルクスなどを経て,ハイデガーやヤスパースに至る哲学(59),あるいはバナールや小倉金之助などの科学社会の考察(60),(61),スウィフト,メアリー・シェリー,そしてチャップリンの直感的警告である.そこでの主題は機械工学の研究過程や機械の製造過程において社会的不正が許されるかというものである.例えば,具体的な問題として「スペースシャトルの事故に対して倫理的な問題が存在したか」などが論じられる(62).確かに,そのような具体的で対象物の是非を問う問題は機械工学の倫理で重要であるが,本論で展開した「もともと機械工学の目的と基本的倫理とは何か」という問いが21世紀の機械工学にとってさらに基本的なものとして考えられなければならないだろう.近代工学が誕生して300年余を経過し,工学は初期の目的を既に達成している可能性も高い.その点からは既に機械工学はその使命を終わり,幕を閉じる必要があるのではないだろうか.
参考文献
(1) F. Bacon, The Two Books of the Proficience and Advancement of Leaning, (1605).
(2) 渡辺誠, コンドルセ, (1949) 岩波書店.
(3) マルサス R(高野岩三郎,大内兵衛訳), ロバート・マルサスの人口の原理, (1973), 岩波書店.
(4) マルクス,エンゲルス(長谷部文雄訳), マルクス資本論 (1964), 河出書房.
(5) スウィフト J(中野好夫訳), ガリバー旅行記, (1985), 新潮社.
(6) シェリ M W(岡田忠軒訳),フランケンシュタイン, (1975), 研究社出版.
(7) 加藤尚武,技術と人間の倫理,(1996),94,日本放送出版協会.
(8) S. Brown, The Wisdom of Science, (1986), Cambridge University Press.
(9) 田辺振太郎他, 技術の歴史 第7巻, (1963), 筑摩書房.
(10) 公害と防災編集委員会,大気汚染(Ⅱ),(1967),10-16,白亜書房.
(11) 岩坂泰信, オゾンホール, (1997), 裳華房.
(12) 会田勝, 大気と放射過程 ,(1982), 東京堂出版.
(13) 大来佐武郎, 地球規模の環境問題Ⅱ, (1990), 中央法規.
(14) IUCN, UNEP, WWF(WWF Japan 訳), かけがえのない地球を大切に, (1991),小学館.
(15) 樽谷修他, 地球環境科学, (1995),147,朝倉書店.
(16) 慶応義塾大学, 二酸化炭素問題を考える, (1994), 日本工業新聞社.
(17) 西山孝, 資源経済学のすすめ, (1994), 中央公論新社.
(18) D.H.メドウス(大来佐武郎訳), 成長の限界, (1972), ダイヤモンド社.
(19) ウ・タント, 世界平和のために, (1972), 国際市場開発.
(20) Meadows D L,Toward Global Equilibrium-Collected Papers, (1972), Cambrdige, Mass.: Wright-Allen Press.
(21) 増子昇, 鉱山, 10, (1975), 9-15
(22) 武田邦彦,工学教育,45-6 (1997),2-5.
(23) The New England Journal of Medicine (1994.7.28).
(24) 武田邦彦, 本多光太郎記念特別講演記録, (1998.10.16),名古屋大学.
(25) ジョン・エリス(越智道雄訳), 機関銃の歴史, (1993), 平凡社.
(26) 中山秀太郎, 機械発達史, (1987), 大河出版.
(27) 下川浩一, 世界自動車産業の興亡, (1992), 講談社.
(28) チャップリン C, トーキー映画「モダンタイムズ」, (1936)
(29) M, F, Ashby, Materials Selection in Mechanical Design, (1992), 3, Pergamon Press.
(30) 武田邦彦, われわれはどう生き,何を子孫に残すのか, (1997.12.4) 港区教育委員会・芝浦工大生涯学習センター, 港区区民講座.
(31) 平田寛,科学・技術の歴史(上)(下),(1990),朝倉書店.
(32) B. Bunch and A. Hellemans edi., The Timetables of Technology, (1975), Simon & Schuster.
(33) 田辺振太郎他, 技術の歴史 第8巻, (1963), 筑摩書房.
(34) ズヴォルイキン(山崎俊雄訳), 技術の歴史1, (1966), 172-187, 東京図書.
(35) 田中実他, 技術の歴史 第5巻, (1963), 筑摩書房.
(36) ズヴォルイキン(山崎俊雄訳), 技術の歴史2 ,(1966), 東京図書.
(37) 斎藤真他, ベンジャミン・フランクリン,(1983 ), 研究社.
(38) マルクス, 世界の大思想 マルクス, ( 1971),河出書房新社.
(39) シモーヌ・ヴェイユ(黒木義典,田辺保訳),労働と人生についての省察, (1986), 勁草書房.
(40) Kleibl J(金塚貞文訳), 人類:その誕生まで,(1977), 佑学社.
(41) 厚生省, 厚生白書, (1998), 365-379, ぎょうせい.
(42) 青山芳之, 家電, (1991),2-12,日本経済評論社.
(43) 日本婦人団体連合会, 婦人白書, (1998) ,100-118 ぽるぷ出版.
(44) 金森トシエ, 北村節子, 専業主婦の消える日, (1986), 有斐金閣.
(45) 生島義之, 現実喪失の思考, (1994), 近代文芸社.
(46) 大島卓, 山岡茂樹, 自動車, (1987)日本経済評論社.
(47) 三崎浩士, エコカーは未来を救えるか, (1998), 2-31,ダイヤモンド社.
(48) ハミルトン A R, イスラム:誕生から現代まで, (1981), 東京新聞出版局.
(49) 茅陽一, 地球環境工学ハンドブック, 1-33, (1993), オーム社.
(50) 総務庁, 交通安全白書, (1998),5-33,大蔵省印刷局.
(51) 余暇開発センター, レジャー白書'96, (1996), 36-52 , 文栄社.
(52) 矢野恒太記念会, 日本国勢図会,(1997),248-272,国勢社.
(53) 総務庁統計局, 日本の統計, (1998),大蔵省印刷局.
(54) 横山保, コンピュ-タの歴史, (1995), 中央経済社.
(55) 鎌田慧, ロボット絶望工場, (1983), 29-56, 徳間書店.
(56) 武田邦彦,工学教育,45-6 (1997-6),2-5.
(57) 通省産業省, 産業情報ネットワ-クの将来, (1995), 日刊工業新聞社.
(58) アメリカ機械学会ホームページ URL http://www.asme.org/
(59) Eugene S F, Engineering and the Mind's Eye, (1993), The MIT Press, Massachusetts.
(60) 渡辺二郎, ハイデッガーの存在思想, (1967), 勁草書房.
(61) バナール(鎮目恭夫訳), 歴史における科学3,(1964),みすず書房.
(62) 小倉金之助, 一数学者の回想, (1980), 筑摩書房.
(63) Martin M W ,Schinzinger R, Ethics in Engineering, (1983), The McGraw Hill.