オチンチンが腫れる?

 

 14世紀。ヨーロッパではペストが3回にわたって流行し、当時のヨーロッパの全人口の3分の1が死亡したと言われる。その後も、ペストの流行は続き、17世紀にはロンドンで大流行して、7万人が命を落とした。

 疫病の大流行と言えばヨーロッパ中世のペストというぐらい、人類史上でも大きな災害であったが、ヨーロッパ以外の国でも時々、大きな疫病の流行が見られる。

 日本でも江戸時代、長崎から外国の疫病が侵入した。特に1822年に長崎から流行し始めたコレラは、九州や大阪など西日本で大流行し、4万人が命を落としたと言われる。薩摩藩の名君と言われる島津斉彬もこのコレラの流行で命を落としている。

 でも、日本における疫病の流行は極端に少ない。ヨーロッパの疫病がイタリアの港に侵入した強力なペスト、コレラ、天然痘、腸チフスなど、かつては人類の強敵だったのと同じで日本でも免疫がない外国の疫病が流行のきっかけになった。

 それでも日本は疫病の流行が極端に少ない国である。確かに江戸時代は鎖国をしていたが、それまでは比較的、外国との往来は自由だったし、銅や銀など金属資源の貿易はかなり盛んだった。だから日本もまた疫病が大流行しても良かったのである。

 かつて、ヨーロッパはエジプトやギリシャの文化の延長線上にあり、衛生観念、都市計画という点では劣っていた。中世のパリですら、家庭からの汚物は窓から街頭に捨てていた。捨てる時のかけ声すら決まっていて、その声を聞くとみんながよけるという始末だった。


(パリの街頭で汚物を捨てる主婦)

 それに比べて日本、というか東洋は比較的、衛生的な生活を送っていた。遙か四大文明の頃、インドのモヘンジョダロが近代的な都市計画と、下水などの設備が充実していたのはよく知られているが、その伝統があるのかも知れない。

 「川でおしっこをするとオチンチンがはれるよっつ!」
とお母さんが腕白小僧に注意していたのも日本の風景だった。

 日本はモヘンジョダロの伝統ということはないが、「綺麗な水」を愛した。それはおそらく日本の自然が山紫水明であり、綺麗な水が生活の基本をなしていたからだろう。すでに奈良時代の701年には平城京に下水の暗渠(あんきょ)が登場している。

 最近ではかなり良くなっているが、20年から30年前、ニューヨークのタクシーに乗ってその汚さに辟易した覚えがある。車内には紙くずが散らかっているし、座席にはペンキで汚い文字が書いてある。ともかく、乗れればよいというタクシーだった。

 それに比べれば、日本の自動車も家屋の中も整然と綺麗になっていて、常に衛生的である。江戸時代以前の写真はほとんど残っていないが、絵画やその他のもので類推しても日本人が綺麗好きであることがわかる。

 それが明治維新以来、ヨーロッパ文明を受け入れてからすっかり汚くなった。細菌で汚れたら殺菌すればよいというのは日本文化には無い。すべてのことにヨーロッパの悪い風習を真似る日本は、ヨーロッパ人が我々、日本人より劣っている民族であることを知らないのだろう。

 われら日本人には呪文がある。
「川におしっこするとオチンチンがはれる」

おわり