帰りたい・・・

 なぜ、気がつかなかったのだろうか? 

 吹雪の夜は一歩も外へは出られなかったし、かといって夏の日照りは辛かった。家の中にいれば喧嘩だったし、外へ出てもいつもの風景だった。

 ああ、腕を伸ばしたい!

 寝苦しい夜。私は目を覚ました。夜中というのにミンミンとうるさく鳴くセミの声が下から聞こえてくる。このコンクリートでできたマンションはまるで地上の楼閣だ。

 もしコンクリートが透明だったら、さぞかし滑稽だろう。なぜなら、この1DKのマンションの住人は、さなぎのように空中で並んで寝ているのだから。

 夜半の蝉、空中に浮かぶオレ・・・時間も空間もすっかり狂った都会でオレは夜になると寝て、朝になると起きる。それ以外には何もない。今のオレは人間ではない。

 ああ、帰りたい・・・なんで、気がつかなかったのだろう? 私にとって家族との生活、その時間がなにより大切だったのだ。こうして都会で過ごしてみると人間は家族だと思う。それ以外は人間には無いのだ。

 頭でっかちの人が家族を否定する。私もそれを信じきって、浮ついて都会にやってきた。9時に駅に降りると若い奴らがうるさいようにギターを弾いて下手な歌をがなっている。そんなものは私の心を震わせもしない。私の体をただ抜けていくだけだ。

 そう・・・なぜ、気がつかなかったのだろうか?

 私にとって家族が辛かったのは、他人にする親切の万分の一、他人にする配慮の万分の一もしなかったからだ。他人より何万倍も大切な家族なのに、他人より辛く当たった。辛いのは当たり前だけど、あの時は、そんなことも気がつかなかった。

 でも、この時空が曲がったマンションでは良くわかる。

 そういえば、この前、類人猿の研究をしている学者がこう言っていたっけ・・・
「おそらく、一番、大切なのは家族なのでしょうね・・・」

 そうだ!まずは、帰ろう!じっと黙って遠慮して、そして、戻ってこよう。それから相手を探そう。どんなに苦労しても、どんなに面倒でも、それが一番だ。私は、灯りのついた家に帰りたい。人の顔を見ながら、話しながら夜を迎えたい。それだけが私の望みだ。