― アコードとカムリ ―

 

 先回はアスピリンという薬をアメリカ人は日本人の50倍も使うことを書きました。アメリカ人は「頭が痛いと言えばアスピリン」というように、目の前のものをそのまま見て行動を決めるけれど、日本人は本質を見ようとする。その例としてアスピリンを上げました。

 今回はそれとほとんど似た話を自動車でします。

 トヨタに「カムリ」という車があります。クラウンやレクサスなど「エンジンは前、駆動は後ろ」という“FR” 車ではなく、”FF“、つまり前輪駆動の大型車です。

 前輪駆動では、エンジンも前で駆動する車輪も前輪ですから、後ろの車輪まで駆動力を伝達するクランクシャフトはいらず、構造も簡単、車体も軽い、しかも後部座席の真ん中にシャフトを収める「出っ張り」もないという良いことずくめです。運転を楽しむ人にとってはハンドルを切るときに若干の違和感がありますが、普通ならFFで十分です。

 合理性を重んじるアメリカ人やヨーロッパ人はFFが好きで、カムリはエンジンの排気量に比べて車体も大きく、アメリカ人にはとても人気のある車です。ちなみに、カムリの車の長さは4メートル82センチで幅は1メートル82センチで、クラウンは4メートル84センチと1メートル78センチですから、カムリとクラウンを比べると「長さは同じ、幅はカムリがすこし大きい」ということが判ります。

 クラウンのエンジンは2.5リットルあり、カムリは2.4リットルとほとんど同じですが、カムリは248万円で買えるのに対して、クラウンは一番安い車種でも337万円します。実に90万円ほどの値段差があるのです!

 クラウンとカムリでは、装備もほとんど違いないし、スタイルも似ています。実のところ、私の知り合いで自動車部品を扱っている専門家は「カムリは実に素晴らしい車だ」と言っています。


(素晴らしいカムリ)

 そんなに素晴らしい車だから、さぞかし売れていることだろうと思うと、日本では月、わずかに1000台。クラウンの5分の1と言ったところです。ところが、アメリカではカムリは月3万5000台ほど売れます。年間40万台!アメリカと日本では実に35倍ですから、アスピリンとほとんど同じ比率です。

 性能は同じ、大きさも同じ。そして値段差は90万円というのですから、誰でもカムリを買うに決まっています。でも日本ではこのカムリは月1000台、クラウンは6000台が売れるのです。アメリカ人は同じ物なら安い方を買いますが、日本人は「同じなら高い方を買う」という風習があるのです。

 このような珍現象はカムリだけではありません。

 かつて世界を席捲したホンダの「アコード」。この車は日本でもある程度の人気がありましたが、私がアコードの名前を最初に知ったのは「外国でいやに人気の車がある。買おうと思っても何ヶ月もかかるらしい」という話を聞いた時でした。

 カムリもアコードもトヨタやホンダが「どのように車を売るか」という販売戦略の影響がありますから、一概に言えませんが、それよりなにより「外国では良い車で安ければ売れる」という鉄則は確認できます。それは、現在、韓国の車が世界的に強いのがその理由です。韓国の車は性能が良い上に値段が安いからです。

 日本の市場というものは難しいものです。

 日本人が車を買うのは「移動するため」でもありますが、それより「保有するため」だからです。かつてトヨタのカローラが「隣の車より大きく見えます」という宣伝文句で、競争相手のニッサンのサニーに差を付けたことがあります。

 もし車が移動手段なら「隣の車より速く走ります」とか「燃費が良いです」とか言わなければならないのですが、日本人にとって車は「所有物」ですから「大きく見えます」が一番、心にグサッと来るという訳です。

 クラウンも「いつかはクラウン」というキャッチコピーを使いました。・・・自分が若い頃は貧乏だった、カローラも買えなかった。その頃、「よし、今に見ていろ。俺は絶対、クラウンを買ってやる!」と決意して、やっと今のように裕福になった・・・それまでの苦心惨憺が走馬燈のように頭をよぎります。

 だから「やがてはクラウン」で、クラウンを買うことは「クラウンに乗る」ことではなく、「クラウンを買った」ということなのです。だからクラウンは値段を下げては意味がありません。

 かつてウィスキーを海外から買ってくるのがはやっていた頃、「ジョニ黒」というのがありました。もちろん、今でも良いウィスキーなのですが、今では「ジョニーウオーカーの黒ラベル」と呼べば良いのです。当時は「ジョニ黒」でなければダメでした。それは「ジョニ黒」といえば海外に行った人が買ってきて少し威張ることができる高級ウィスキーだったからです。

 当時、ジョニ黒をイギリスで買えば1400円でした。それを日本では1万円で売っていたのです。ブランド品は高く売ることによって美味しく、美しく見えるのですから、ジョニ黒が1400円ならダルマ(サントリーのウィスキー)より安いなどと野暮なことを言ってはいけません。

 実は、日本人はそれほどウィスキーを好まないのですが、ジョニ黒というと、「すごい、1万円の高級ウィスキーを口にした」というのですっかり満足したのです。乗用車が「移動するためではない」ということと同じで、ウィスキーは「味は問題ではない」ということなのです。

 煎じ詰めて言えば、車は移動手段だから、普段はコンビニか、せいぜいそこら辺に出かけるだけ。軽自動車で良いのはよくわかっているのですが、なぜ、狭い日本で2000cc以上の車が売れるかというと、買うことに意義があるのであって、乗ることではないからです。

 いや、日本文化というのはさらに少し奥があります。

 実は、日本人は「どんな車を買おうがあまり関係はない、人生はそんなところに価値があるわけではない。環境を考えれば小さい車の方が良いに決まっているけれど、お金はあるから少し良い車を買う余裕があるだけだ。だから性能と値段を比較する必要などなく、もとから性能は問題ではない。だからクラウンである。カムリではない」・・・と考えるのでしょう。

 頭が痛ければアスピリン、コストパフォーマンスが良いからカムリ、というのはアメリカ人。風邪を引いたのなら寝ておこう、どうせ軽で良いけれど、まあクラウンを買うか、というのが日本人。

 あいまい文化の中で人生を送る日本人。この「あいまいさ」こそが真の合理性で、だからこそ日本は世界でもっとも豊かな国になっているのだ、と私は思います。

つづく