先回まででダイオキシンには急性毒性、発ガン性、生殖毒性などで問題が無いことが判りました。むしろデータからそのまま判断すると一日体重1kgあたり1ngから10ngを取るのが健康には良いようです。
そこでさらに先に進みます。さらなる疑問は、
「ダイオキシンは体内に蓄積するのか?」
「ダイオキシンは子孫に影響を及ぼすのか?」
です。
まずダイオキシンは体内に蓄積するのか?という問いですが、これは蓄積します。
人間が住むこの世界はおおよそ水でできています。海も川も水ですし、土も水をよく吸います。でも動物や人間の体はどちらかというと「油」でできています。特に皮下脂肪などは完全な油ですから、周囲の環境とは全く違う性質を持っています。
そしてダイオキシンは油ですから、自然界にあるダイオキシンは動物や人間と接すると、油分が多い動物や人間に移動します。それが「生物濃縮」と言われるもので、油としての性質がある毒物は環境中から人間の体に移動する傾向があるのです。
実際にもダイオキシンが人間の体に集まる事はよく知られており、その点ではデータも見方も異論はないようです。これまでの毒性データも人間の体にダイオキシンが集まってくることを前提にして研究されてきました。
それでも障害が出ないので、環境中のダイオキシンが体に蓄積しても心配はありません。今のところはむしろダイオキシンが足りないぐらいです。1960年から1990年にかけて日本のお米はダイオキシンを含んでいました。農水省も農業関係の団体も、まだ「庶民省」にはなっていないので「日本のお米はダイオキシンを含んでいる可能性が高いので注意してください」とは言いませんでしたが、横浜国立大学の研究で日本の水田のダイオキシンが高かったことはハッキリ判っています。
上のグラフは横軸が西暦、縦軸が日本のダイオキシン量ですが、1970年には今の20倍ぐらいのダイオキシンが日本の水田に撒かれていました。そして日本人はそのお米を食べていたのです。いや、危ないところでした。1970年代というとやっとダイオキシンに毒性が有るらしいと判った頃ですが、どこで誰が気付いたのでしょうか?水田の除草剤の使用は中止され、日本の水田のダイオキシンは減少しています。
でもこのような状態でしたから、日本のお米や動物の体の中にダイオキシンが蓄積していきました。今でもおそらく魚などの体には少し多い量のダイオキシンが蓄積しているでしょう。毒性がほとんど無かったから良いようなものの、もし猛毒だったら大変なことになったかも知れません。
このシリーズではあまり社会的なことには触れたくないのですが、このことだけは少し触れておいた方がダイオキシンを理解することに役に立つでしょう。
なぜ、日本の水田にダイオキシンが大量にあったのに問題にならなかったのか?
なぜ、水田の約5分の1しか無かった焼却だけが問題になったのか?
なぜ、タバコを吸うと出るダイオキシンやその他の類似の有害物質は問題にならなかったのか?
これについては私がある自治体で講演した時に聞いておられた人が次のように言いました。
「ダイオキシン問題は科学ではなく政治問題だから、お金になるところでは問題にならない」
その答えは読者の方に考えて貰うことにしたいと思います。
ダイオキシンは動物の体に蓄積されて増えるばかりだ、と言われました。でもそれは事実と違いました。下のグラフは魚介類の体の中のダイオキシンです。日本の環境中にダイオキシンが多かった1980年代は魚介類の中にもダイオキシンが多かったのですが、幸いなことにほとんど直線的に下がってきました。
私はダイオキシンが毒であっても毒でなくても、もし体内に蓄積するようなことがあったら、将来、問題になる可能性が出ると心配していましたので、このデータで安心しました。でも、冷静になってこのデータを考えると、当然のことでもあったのです。
私たちは最初、「ダイオキシンは特殊な化合物」と錯覚しました。だから動物の体内でも「代謝せずに」蓄積するかも知れないと心配したのです。もしダイオキシンが最初に私たちが誤解したように「人間が作った化合物」とすると生物はその処理の仕方を知らないかも知れません。
ところが、ダイオキシンは自然界にも普通にあるものなので、それなら進化の過程で生物はその処理ができるようになっているはずなのです。なぜなら、もし自然界にあるもので生物が処理できず、油っぽいものならこれまで数億年、あるいは数千万年の間に動物はダイオキシンで体が詰まってしまうからです。
生物は自然界にあるもののうち、油で、しかも利用価値が無い場合はそれが体内に入ると排除します。もし排除できなければ、それは油ですからどんどん生物の体に蓄積されるからです。だからこそ「自然界に無くて人間が新しく作った物」は危ないのです。幸い、ダイオキシンはたき火でもできる普通のものだったので生物の体にも蓄積しませんでした。
もちろん、人間も同様です。一応、データを下に示しておきます。人間の中では最も蓄積しやすく、心配されていた母乳中のダイオキシン濃度の変化を下のグラフに示しました。これも幸いなことにドンドン減っています。
ダイオキシンには蓄積性が無い。それはダイオキシンが自然界にある普通の化合物だからということが判ります。
つづく