それではダイオキシンの第三点に進みましょう。次は人間への毒性です。

 人間に対して人体実験ができませんから、ダイオキシンのような場合、動物から類推するか、あるいは事故や職業的に長く高濃度で接した人の健康診断から推定する方法が採られます。また、普通の猛毒物質、たとえば青酸カリ、ヒ素、フグ毒などの場合は、多くの犠牲者が出ますからそれで判ります。

 ダイオキシンの場合、犠牲者がいないので動物実験から類推するのが第一ですが、ダイオキシンは動物の種類によって毒性に差が大きいので、参考にならないことが判ってきました。

 人間というのは頭脳が発達しているだけではなく、身体の構造も生理的な面も他の動物とは違うところがあります。それは人間ばかりではなく動物でも野生の動物と人間が家畜として飼育している動物の病気がかなり違うことからもわかります。

 鳥インフルエンザもニワトリのような家禽(かきん:人間に飼われている鳥)には強い感染力と発症能力がありますが、カモのような野鳥の場合には感染してもほとんど発病しません。

 また、アザラシ状の手を持った子供が生まれる原因となったサリドマイドですが、これは動物実験での安全性が完璧だったために、人間の毒性にあまり注意せずに販売を始め、結局、大きな被害者を出した例です。

 ダイオキシンの場合、動物実験があまり参考にならないのが問題でもあります。「人間は火を使う動物だから、たき火でできるようなダイオキシンによる影響は人間と動物では違うだろう」という積極的な考え方もあります。

 そこで、ダイオキシンの場合は世界中で「高濃度でダイオキシンに曝露した人」を徹底的に調べる研究が行われました。
1) ベトナム戦争の枯葉剤散布作戦に従事した軍人
2) ドイツの化学会社BASFで起きた事故の時に接した人
3) アメリカ、オランダ、ドイツ、オーストラリアの農薬製造者
4) イタリア・セベソの町民

 その結果、1986年Hoffmanらの報告ではセベソの子供達に異常無し、1989年Webbらの報告でアメリカ農薬従事者のリンパ球増殖について異常無し、などの結果が出て、その後1995年から1996年にかけて膨大な調査結果が出されました。

 総じてまとめますと、
「ダイオキシンをかなり多量に摂取してもほとんど健康には障害が無い」
と結論されました。

 具体的には、まず免疫毒性では、1986年にHoffmanが「ダイオキシンが脂肪中に20-430pg/gの人」を対象に調査し、「免疫低下無し」と発表しています。また1989年にはWebbが「アメリカ・ミズーリ州の暴露者(脂肪中に20-750pg/g)の人」でリンパ球増殖反応不変としています。

 生殖毒性はサルに若干認められるものの、人間については差異が認められていません。ただ、現在ではサルの子宮内膜症についての危険性のデータで規制が行われていますので、今後も研究が進むと思います。

 発ガン性はさらに不明なのですが、ダイオキシンの研究が進むにつれ、アメリカの実質的安全量がかつての一日35fg/kgから、26500fg/kgへ約750倍緩和されています。ほぼ発ガン性は低いといえるでしょう。(fg:フェムトグラムは10-18kg)

 次に大規模事故です。たとえばイタリアのセベソの事件ですが、大量のダイオキシンが事故で飛散しました。町の人口は6万人。そこに22億人が死ぬかもしれないと言われた量のダイオキシンが降ったのです。可愛そうに、噂に怯えて子供を堕ろした人もいたと言われます。

 1976年から1991年までの死亡率調査ではSMRと言われる標準化死亡比で男女とも1.0と平均と変わりが無かったこと、全ガンも0.4-1.2の間でこれも差が認められませんでした。逆に健康への注意がされた結果か、発ガン性は平均より低いという結果です。

 このように、セベソでは30年程度の追跡調査が詳細に行われ、「なぜか」障害者も奇形児も犠牲者も出ないのです。大変、結構なことですが、私はセベソの健康診断の結果をヨーロッパのインターネットサイトで見ておりまして、あまりに毒性が低いので、信じられない感じがしたのです。

 実は、私はセベソの健康診断の結果を見るまで、ダイオキシンは猛毒だと思っていました。なぜ、そう思ったのか?と考えてみますと、ほとんどはマスコミ報道でした。マスコミは間違いを報道したわけでは無いのですが、一部の学者の発言と類推で報道を続けたのでしょう。

 日本でも焼却炉従業員などを中心として高濃度にダイオキシンに接していた人たちの追跡調査が行われ、全死亡は1.0で同じ、全ガンは0.9でダイオキシン曝露者はむしろ低下傾向にありました。ダイオキシンは制ガン剤と言っても良いようです。

 ダイオキシンが猛毒か?ということを人間だけに絞って判断しますと、ともかく急性毒性はニキビだけですし、私たちの普通の生活より何千倍も高い濃度のダイオキシンに長く接していた多くの人たちが病気になっていないことから、「猛毒ではない」と断定して良いでしょう。

 それでもダイオキシンが100年も1000年も経った時に何か起こるのではないかと心配している人もいます。それについてはまた後ほど整理をすることにして、少なくとも普通の意味では有毒ではないと言っても良いと思います。

 反対に、「ダイオキシンが毒物である」というのを証明することは不可能です。急性の患者さんが誰もおられませんし、セベソやその他の大量曝露でも犠牲者が出ていませんから、架空のことを創造しない限り、ダイオキシンを毒物と言える人はいないと思います。

つづく