3.4  材料自体の燃焼性の抑制

3.4.1 概論


表 2.4 1 有機化合物及び高分子の構造と発熱量
化合物・高分子 燃焼熱(kJ/g) 燃焼熱(kJ/gO2)
メタン -50.0 -12.5
n-ブタン -45.7 -12.8
ポリエチレン -43.4 -13.0
ポリスチレン -39.9 -13.0
ポリアクリル酸メチル -25.0 -12.8
ポリ塩化ビニル -16.4 -13.6
ポリアクリロニトリル -30.6 -13.2
ポリエチレンテレフタレート -22.0 -13.1
ポリカーボネート -29.7 -12.7
ポリアミド66 -29.6 -13.6

 ポリエチレンやポリプロピレンなどの単純な構造のプラスチックの燃焼熱は、炭素と水素の燃焼熱の和にほぼ等しい。しかし、PMMAなどは分子内に酸素を有し、酸素の分だけ発熱は小さい。また、塩化ビニルなどになると塩化ビニルに含まれる塩素の分だけ発熱は小さいし、一部不完全燃焼するので、更に発熱量は下がる。ポリカーボネートも同様であり、分子内に酸素を含むこと、燃焼時に必ずしも完全には燃え尽きずチャーと呼ばれる炭化物を生じることなどから、発熱量は小さい。例えば、高分子の構造自体を変化させてハロゲンや酸素、窒素などを含ませること、またはそのような構造を有する高分子を用いることは、結果的に燃焼の抑制につながる。より簡便な方法は、「燃えないものをブレンドする」という方法である。燃焼抑制として加えられるタルクやメラミンなどはそのような役割を果たす。例えば、高分子にメラミンを50%も入れると、高分子自体の単位体積当たりの発熱量は約半分になり、更にメラミンが分解して発生する不活性ガスにより、気相の酸化反応場の可燃性ガスの濃度が低下し、燃焼が抑制される。炭酸カルシウムの様な「石ころのようなもの」を高分子に混ぜたときには、当然、単位体積当たりの発熱量は減少するが、気相に石ころが飛び出さない限り、気相における酸化反応を抑制する効果は持たない。表 2.4 1の中央の欄は燃焼する方の物質のグラム当たりの燃焼熱を示したものであるが、右の欄に示した燃焼熱は酸素を基準として計算したものである。酸素を基準にすると、燃焼熱は高分子の種類にあまり依存せずに、ほぼ一定の値(-13kJ.gO2)となる。


3.4.2 無機系難燃剤

 ハロゲンと酸化アンチモンの難燃剤が見いだされた後、ポリ塩化ビニルやポリエステルの難燃剤として反応性難燃剤が1950年代に開発された。これらの化合物は主にハロゲン化合物か有機リン化合物である。これと共にポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアミドなどの難燃剤としてフィラーが用いられた。結晶性の高分子は狭雑物が入ることによって著しく性能が下がることが多く、結晶性高分子の難燃化はハロゲン化合物と酸化アンチモンを単に混合しても巧くは行かなかった。そのため様々な改良研究が行われ不溶性の有機フィラーやアルミナのような無機のフィラーを入れることによって難燃性とともに物性を改善できることが分かった。これらの難燃高分子は1960年代に工業的にも成功した1),2)。無機難燃剤を大別すると、① 水酸化アルミニウムの代表される単純なメカニズムによる難燃効果、② ホウ素などのある程度化学反応が関与するもの、③ 金属元素、錯体など高分子と反応するもの、④ 酸化アンチモン、リン酸アンモニウムなどのように有機の難燃材料と併用されるもの、そして⑤低融点ガラスを形成するもの、⑥ 表面の炭化層を補強するフィラーの役割をするもの、などである。研究は活発に行われているので、今後の研究で新しいジャンルが開発される可能性が高い分野である。


3.4.2.1 単純な分解による難燃化
 無機化合物は燃焼時に分解して、そのときの吸熱や分解で生成する水などが燃焼を阻害するものと、炭酸カルシウムのように単に燃えないのでその分だけ燃焼を阻害するという単純な効果を持つものとに分かれる。代表的な無機系難燃剤は水酸化アルミニウムと水酸化マグネシウムであり,これらの無機難燃剤はそれ自体が燃焼しないことと,分解時に吸熱をすること,そして分解して熱容量の大きな水分子を放出することである.水酸化アルミニウムは代表的な「無機難燃剤」であり、燃焼時の温度の上昇によって分解し、酸化アルミニウムと水になる。この分岐反応は吸熱的に進む。これに対して、酸化アンチモンは単独では難燃効果が少なく、ハロゲン化炭化水素と反応して、塩化アンチモンになり、気相でラジカル反応を阻害する。分解反応では、水酸化アルミニウムで約1.5kJ/g, 水酸化マグネシウムで1.39kJ/gの吸熱反応が進む。この吸熱反応で燃焼反応が阻害される。Trouton則によると、多くの高分子の燃焼では酸素グラムあたり、13kJ程度の発熱がある。ポリエチレンの場合を考えると、グラム当たり、43.4kJとなる。仮に水酸化アルミニウムを66%含有したプラスチックをブレンドすると、燃焼による発熱と、水酸化アルミニウムの分解による吸熱がほぼ同じになり、その結果燃焼反応場の温度は下降し、燃焼は継続しない。図 2.4 1に水酸化アルミニウム、水酸化マグネシウム及び炭酸カルシウムの熱分解特性を示す。

図 2.4 1 代表的な無機難燃剤の熱分解特性

 酸化反応場の酸素濃度が低ければ酸化を継続することが困難になるが、酸化反応場の熱容量が大きいと同じ酸化反応量でも酸化反応場の温度が低くなる。酸化反応場から材料表面への熱の移動は輻射による伝熱が主体的である。そのため酸化反応場の温度が低下すると材料表面に到達する熱の総量が減少し材料の分解が抑えられる。窒素などの不活性ガス、炭化水素などはさほど大きな比熱を持っていないが、水蒸気は酸化反応場の熱容量を上げる。水酸化アルミニウムは種々のプラスチックの難燃剤として用いられる。水酸化アルミニウムの難燃メカニズムは様々であるが、次の反応で放出される水が酸化反応場に到達して温度を低下させる。

式(24-1)

 しかし,水酸化アルミニウムは熱分解温度が低いので,成形温度の高い高分子材料には使用し難い(図 2.4 1の水酸化アルミニウムの分解温度は他の文献値より少し低い)。その点,同じ水酸化物でも水酸化マグネシウムは分解温度が400℃近くと水酸化アルミニウムと比較して高く、使用し易い無機難燃剤である。多くの高分子の成形温度は250-300℃程度であり,燃焼時の高分子の温度は400-550℃であるので,理想的な難燃剤の熱分解温度が加工温度と燃焼時の高分子分解温度の間であるという事を考えれば,水酸化マグネシウムの熱分解温度は難燃剤としては理想的な分解温度を持っていると言えよう。そのため高分子の分解温度との関係で燃焼を抑制するメカニズムや効果が異なる。

図 2.4 2 熱分解温度と吸熱量の関係

 無機難燃剤として研究されている化合物の熱分解温度と吸熱量を整理すると、燃焼時の高分子の温度(350-550℃)付近でかなり高い吸熱的な分解を行うものとして、水酸化マグネシウム、ホウ酸亜鉛、水酸化カルシウムなどが挙げられる。また、分解温度は少し低いが、ドーソナイト、アルミン酸カルシウムも吸熱量が大きい。炭酸カルシウムは熱分解の吸熱量が大きいが、これはほとんど利用されてない。即ち燃焼時の高分子表面の温度は高くても700℃程度であり、900℃で分解する炭酸カルシウムの熱分解吸熱反応は有効ではないと考えられる。しかし、炭酸カルシウムが何らかの理由で気相に出て、酸化反応場に到達すると、800-1200℃の温度になるので、分解して吸熱し、酸化反応を抑制すると考えられる。図 2.4 3に不飽和ポリエステル樹脂と水酸化アルミニウムの難燃効果を示す。水酸化アルミニウムの難燃効果は歴史的にはポリエステル樹脂のフィラーとして発見されたものである。ポリエステルに70%もの水酸化アルミニウムを入れるということは,かなりの量のフィラーを混合することになるが、酸素指数は50以上にもなり,著しい難燃効果を持つ。

図 2.4 3 不飽和ポリエステル樹脂と水酸化アルミニウム(trihygroxy aluminium:ATH)

図 2.4 4 PPに対する発煙抑制と分解温度の関係(無機難燃剤混合量50wt%)


3.4.2.2  水酸化アルミニウムの難燃効果

 代表的な無機難燃剤を混練した場合の酸素指数の増大を観測してみると、水酸化アルミニウムが最も難燃効果が大きい。この理由は、水酸化アルミニウムの分解温度が低いことによる。しかし、材料の性能は難燃性だけで決まるものではない。難燃剤の善し悪しが難燃性だけで表示されることに多くの錯覚の原因がある。この例もその一例であり、難燃性に注目しているときには、難燃性能のみを記載するので、総合的にどの難燃剤が最も望ましいかは一般的に判断できないことが多い。

図 2.4 5 水酸化アルミニウムの熱分解特性

 図 2.4 5の熱分解曲線では、300-400℃の分解で、大きな吸熱反応が見られる。水酸化アルミニウムが水を放出して酸化アルミニウムに変化するときのものである。水を放出するので、燃焼反応場の熱容量を増大させ、吸熱反応によって高分子を冷却する。

図 2.4 6 蓚酸の誘導体で修飾した水酸化アルミニウムの熱分解

 ウレタンフォームは部屋の中で多く使用される有機材料であり,家屋の火災を防止する上で大切なものである。

図 2.4 7 軟質ウレタンフォーム中の水酸化アルミニウムの低発煙効果

 図 2.4 7に軟質ウレタンフォーム中の水酸化アルミニウムの低発煙効果を示した。水酸化アルミニウムは難燃性機能に加えて発煙・初ガス抑制機能も持ち合わせているのが特徴である。

図 2.4 8 エチレンアクリルゴムに対するアルミニウムとスズの効果


3.4.2.3  水酸化マグネシウムの効果

 水酸化アルミニウムは300-350℃程度で分解するので、成形温度の高い成形体の場合には成形中に分解するので、難燃剤としては問題がある。また、燃焼温度が高い樹脂の場合には分解が燃焼の初期に終わるので、難燃剤としての効果が少なくなる。これに対してマグネシウムでは分解温度が400-450℃なので、成形中の安定性も高く、燃焼温度にも近い。


3.4.2.4 無機難燃剤と助剤の最近の研究結果(1998年Stamford)

表 2.4 9 LLDPEに対する水酸化マグネシウムとカーボンの「相乗効果」(と発表されたもの)


表 2.4 10 ポリアクリロニトリルを水酸化物に加えたときの難燃効果

 PPに水酸化マグネシウムを60%加えたものはUL94での試験ではV-0になるが、引張り伸びは12%に落ちる。これに対してポリアクリロニトリルを1-5%程度入れると、V-0については変化がないのに対して引張り伸びは7-8倍程度と高い。またLLDPE, EPDM についてはPPほど顕著ではないが、同様な結果を与えている。

図 2.4 11 マグネシウムとカルシウムの水酸化物の混合効果

 無機難燃剤を60%も入れると衝撃強度の低下が見られるので、いろいろな手段で低下防止が研究される。上記の例でもカルシウムの混合による衝撃強度の低下を、混合した無機水酸化物で回避使用とする試みが紹介されている。


3.4.2.5  ホウ素系化合物の難燃効果

 ホウ酸が難燃剤として用いられたのは,エジプト時代からであり,少なくとも18世紀にはホウ酸は有力な難燃剤として知られていた。その点では硫酸塩とともに古い難燃剤に分類することができる。ホウ酸はそのままでは分解温度が高いので,紙や木材,布のように成形時に高温にさらされることの少ない材料では有効であるが,合成高分子の場合には成形時に高温にさらされるので,より熱的に安定したホウ酸化合物が使用される。

図 2.4 12 ホウ酸亜鉛の分子構造

 図 2.4 12にホウ酸亜鉛の分子構造を示した。ホウ酸はいろいろな化合物の形で難燃剤として用いられるが、その中でもホウ酸亜鉛は化合物の形で分解温度が変化することもありよく用いられる。分子構造は上に示したように2分子の酸化亜鉛と3分子の酸化ホウ素が結合した形になっている。


 硼砂とホウ酸の分解温度は比較的低く、しかもある温度で分解が完結するのではなく、徐々に分解が進むので、それが難燃剤として使用し難い。

図 2.4 13 硼酸及び硼砂の熱分解

 ホウ酸及びホウ酸関連物質の脱水開始温度を整理すると次の表のようになる。

表 2.4 2 ホウ酸塩の脱水開始温度

 表 2.4 2に示した塩の脱水開始温度から、ホウ酸化合物の多くは脱水開始温度が低いが、ホウ酸亜鉛は300℃程度の分解温度を持つので、難燃剤として都合がよい。ホウ酸亜鉛の熱分解温度を下に示す。

図 2.4 14 硼酸亜鉛の熱分解

 ほう酸亜鉛の化合物はその重合度によって様々な形態をとり、それにより、熱分解温度も異なる。酸化亜鉛が2分子と酸化ホウ素が2分子からなるコンプレックスは、230-300℃で分解するが、酸化亜鉛の比率が上昇するにつれて分解温度が上昇し、4分子の酸化亜鉛と1分子のホウ酸の場合にはその熱分解温度は500℃程度になる。ホウ酸亜鉛の難燃効果は様々な樹脂で調べられている。


参考文献

1) Hindersinn, R.R. and Porter, J.F., U.S.Patent, 3,598,733 (1971)
2) Connolly, C.F. and Thornton, A.M., Modern Plastics,Vol.43, No.2, p.154 (1965)