1 難燃の理論
1.1 有機材料の燃焼の初期過程と定常状態
「有機材料」と一括りに表現してもその中には多くの材料が含まれるが、ここでは有機材料の代表的なものとして「プラスチック」と「木材」の難燃現象を主に対象とする。それに対して,一般の燃焼現象は石油などの液体油や都市ガスなどの気体燃料の燃焼を対象としている1),2) 。それらの研究は,結局の所、高分子でできている有機材料が,分解し,気体となって燃焼するという点で類似しているのである3)。
木材やプラスチックは一般的には「燃えるもの」と分類される。我々は経験的に日本の大部分の家屋を造っている木材が良く燃えることを知っており、身の回りのプラスチックやゴムが大量の煙を上げて激しく燃えても特に不思議なことと感じはしない。プラスチックは石油,つまり灯油やガソリンの様なもの…が固まったものなので燃えるのは当たり前であると思われるのである。しかし、木材やプラスチックそのものは容易に燃えるものではない。灯油のような液状の有機物質であっても液体のままでは燃焼し難いのである。「燃えているもの」は有機材料を構成する高分子そのものではなく高分子が分解した揮発分である。例えば石油ストーブでは灯油を毛細管現象を利用してガラス繊維の束の間に上昇させて灯油の表面積を増やし、そこにマッチなどの火源を近づけて,ガラス表面の灯油を分解し,揮発したガスに着火させて燃焼させる。石油ファンヒーターでは灯油の液滴を電熱で加熱した鉄板の上に垂らし、揮発した灯油に火を付ける仕組みになっている。少しの例外を除いてプラスチックのような有機材料は固体のまま燃焼せず、分解ガスや揮発性のものが気相に移動して後に燃焼すると考えて良い。瞬間的に進むプラスチックの燃焼反応を段階毎に分けて観察すると様々な燃焼の有様を解析的に考えることができる。
1.1.1 燃焼の初期過程
着火という現象は,燃焼の初期過程といえるが,燃え続ける火災,即ち,継続的な燃焼とは異なる内容を持っている。まず有機材料の燃焼の初期過程を幾つかの段階に分けて観察してみる。
(1) 火源の発生
何らかの原因でプラスチックの表面に発熱源が発生する。この発熱源は太陽の熱が集光されて火源となる場合もあるし、マッチのようにエネルギーは小さくてもプラスチックの表面を局部的に加熱して火源になるものもある。「燃焼の三要素」として,火源,燃料,酸素の3つを覚えている人が多いが,着火には火源(メラメラと燃える火という意味での火源)が必ず必要と言うことではない。仮に材料の中に揮発分が含まれ,その揮発分の中に着火温度が低いものがあれば,火源が無くても何らかの原因で着火温度まで上がれば着火し,燃焼する。
表 1.1 1 代表的なガスの着火温度
表 1.1 1に代表的なガスの着火温度を示したが、メタンの着火温度は空気中で632℃であり、アセチレンのような化合物は300℃近辺であり、かなり低い着火温度を持つことがわかる。
(2) 初期材料加熱
発熱源からの輻射熱、もしくは伝熱、さらに直接的に材料表面に火源が接して材料が加熱される。燃焼が始まると,材料表面に激しい空気の流れができるので,対流が主たる伝熱の役割を果たし,燃焼が拡大することもあるが,着火時には輻射による伝熱が主体的になる。
(3) 初期表面分解
加熱された材料表面は温度が上がり、やがてそのプラスチックの分解温度に達すると高分子が分解を始め低分子まで分解されて遂にガス(揮発分)を発生する。高分子の分解温度は高分子の種類によって異なるので一般的には分解温度の低い高分子は着火し易く分解温度の高い高分子は着火し難い傾向にある。
しかし,材料が初期の熱源によって分解し,分解生成物が燃料になることもあるが,石炭の着火などに見られるように,もともと材料の中に少量の揮発性不純物が含まれていて,僅かな温度の上昇で揮発分が材料表面に移行し,それが着火の原因となる場合もある。このような場合には当然のことながら,材料の分解温度と着火のし易さは無関係になる。表 1.1 2に代表的な固体の着火温度を示した。赤リンや黄リン、イオウは別にして、炭化水素で構成されている木材、木炭、石炭などの着火温度が比較的低いことに気づく。表 1.1 1のガスの着火温度よりむしろ固体の着火温度の方が低いのである。この理由は、固体では不純物が多く、不純物の内、比較的着火温度の低い物質が揮発して着火し、それがきっかけとなって材料全体が着火するからである。
表 1.1 2 代表的な固体の着火温度
図 1.1 1 炭化水素の引火点と沸点との関係
また,分解は材料表面の状態の大きく依存する。材料表面が磨かれているように平らであれば,かなりの温度になっても分解しないが,材料表面に「トゲ」のような突起がある場合には,小さな熱源でも十分に高分子を分解するまでになる。これは継続的な燃焼と大きく異なる点である。継続的な燃焼では初期の燃焼で表面はススで覆われており,材料は比較的均一に加熱されて,分解する経路を辿るからである。
(4) 初期ガス拡散
材料が分解したり,もともと材料中に存在した気体が遊離して,発生したガスは材料表面から拡散する。
(5) 酸化反応場の形成
材料表面から拡散した燃料ガスは空気中の酸素と反応し,初期には材料表面に「酸化反応場」を形成する。一端酸化反応場が形成されると,そこで激しい発熱反応が進行し,その熱が材料を加熱して燃焼の継続へと進むと共に,酸化反応場は燃焼のごく初期には,材料表面近くであるが,すぐ表面から離れ,材料表面から数ミリの地点に後退する。これは材料表面から燃料ガスが吹き出し,酸素が酸化反応場で消費されることにより,材料表面から離れるからである。
図 1.1 2 燃焼の初期過程
以上のように進む燃焼の初期過程を図 1.1 2に示した。初期の燃焼現象,即ち着火はこのように5段の反応がシリーズにつながって起こる。従って,仮に火源が小さく着火には至らない場合や,表面に遮蔽物があり,輻射熱が材料に届かなかったり,材料表面が平滑であったり,風が吹いていて発生した燃料ガスが酸化反応場に届かなかったりすると着火に至らないことが判る。着火の現象は燃焼の継続より単純ではあるが,着火を抑制するためには,燃焼の初期段階を詳しく分解して考えることが大切である。
1.1.2 燃焼の定常状態
燃焼反応が定常的に進むようになると材料表面での反応は初期過程とは異なる経路を辿る。
(1) 酸化反応場の形成と継続
燃焼の初期には酸素が材料表面に供給されるが、燃焼反応は急速で激しいので多くの場合酸化反応場への酸素の供給は不足しがちになる。そのため「酸化反応場」は徐々に材料表面から後退し、定常状態では表面からおおよそ10-20mm程度のところに酸化反応場が形成される。燃焼の初期段階で燃焼のきっかけとなった火源の替わりに,酸化反応場がその役割を果たす。
表 1.1 3 酸化反応場での化学種
酸化反応場での主たる反応種は、ラジカルであり、その分率は酸化反応場に存在する化学種の1%~0.01%程度である。そのほかに僅かなアニオン、カチオンが存在する。燃焼場でのラジカル連鎖反応の主体となる化学種は、水酸基のラジカルである。
図 1.1 3 気相反応メカニズム
図 1.1 4 熱の発生と逃散の関係と燃焼範囲
燃焼が継続するか否かは、酸化反応場での熱の発生と、反応場からの熱の逃散のバランスによって決まる。燃焼ガスのの濃度が空気の濃度に対して少なければ、熱の発生が少ないので、燃焼は継続しない。また燃料ガスが過剰であれば、酸素不足になるので、燃焼が不足するときと同じく発生速度は低下するので、熱の逃散が勝り、燃焼は継続しない。図 1.1 5は材料表面の気体の種類と濃度を測定した結果であるが、燃焼している材料表面の様子を明確に示す優れた図である.酸素濃度は大気中に比べて極端に低い4)。そして燃焼面から材料表面に近づくほど酸素濃度は低くなり材料表面では数%である。
図 1.1 5 材料表面のガスの組成分布
材料表面では,高分子の分解による炭化水素ガス(ΣHC)が激しく吹き出し,一方,酸素は燃焼の主たる反応場である6mm程度のところで消費される。材料表面は不完全燃焼領域で,低酸素で一酸化炭素が多い。燃焼場の付近で二酸化炭素が増加し,そのすぐ内側で窒素の分率が極大になる。激しい酸化反応がよくわかると共に,材料表面の燃焼が極めて単純な構造になっていることも同時に理解できる。材料燃焼表面の優れた解析研究は他にも2,3報告されている。
(2) 材料表面への熱の伝達
「酸化反応場」で燃焼が継続的に起こると,反応のエンタルピーと酸化反応場の熱容量により,酸化反応場の温度が急激にあがり,理論上の酸化反応場の温度である2000℃から3000℃まで上昇しようとする。しかし空気の対流,熱の輻射などによるガスや酸素などの物質の拡散,及び発生した熱の放射により,平衡状態に入り,おおむね1000℃程度で落ち着く。酸化反応場の高い温度による輻射熱、または空気の対流などでもたらされる伝熱で材料表面が加熱される。継続的に材料が加熱されるためには,火源における反応は継続する必要がある。継続するということは反応場に酸素と可燃物が継続的に供給されることを意味する。一般に酸化反応が激しいので,酸素の供給が不足しがちになることもある。難燃と言うことに注目していると,酸素が充分に供給される容易に感じられるが,積極的に燃焼させて酸化反応場の温度を上げようと思うと,「ふいご」などを使用して風,つまり酸素を送らなければ激しく燃焼しない。また,熱の輻射による材料表面の加熱は,下式に示したように、Stefan-Boltzmannの法則により絶対温度の4乗に比例するので,酸化反応場の温度が少しでも下がると,材料表面に達する輻射熱が急激に減少して,燃焼の継続が困難になる.
Stefan-Boltzmannの法則
輻射エネルギーは
式(1)
ここで光速度,プランク定数,絶対温度,体積である。
この物理的状況も材料の難燃化には大きなヒントになる。材料の表面が白いと輻射熱は反射されて熱は伝わり難いが,有機材料の燃焼の場合は表面がススなどで黒くなるので,輻射熱を反射せずに,効率的に吸収するようになる。これは難燃には都合の悪い傾向である。水酸化マグネシウムを使用すると酸化マグネシウムが白い色をしているので、表層に輻射熱の反射膜を形成する。
(3) 内部への熱伝導
燃焼の最初の段階では加熱された材料の表面が分解するが、すぐ表面はススや炭化物,泡などの分解生成物で覆われる。燃焼が継続しているときには材料表面の温度が上がり,その熱は表面の炭化層などを通過して,材料内部に達する。初期段階では高分子自体の熱伝達係数が支配的であるが,次第に表面に炭化層やイントメッセント層と言われる断熱層が形成されるので,熱伝達係数は急激に低下することがある。この変化を積極的に応用することも難燃化の主要な技術の一つとなる。
(4) 内部での熱分解
材料内部が加熱されると,材料の熱分解温度に達する。その結果,材料内部に「分解反応場」が形成され、高分子の連続的分解が始まる。高分子の熱分解過程は高分子の種類のよって異なり,架橋しながら分解するものと,単量体の分解する高分子,更に構造変化をしながら分解する高分子などがある。モデル的に表現すれば,長い高分子が2つに分かれ,更にそれが2つ,と言うように分解しながら,その間に様々な化学反応を繰り返すと考えたら良い。燃焼反応における高分子の熱分解は酸素雰囲気中での分解ではない点に注意する必要がある。燃焼反応が酸化反応であることから,まれには酸素中の熱分解反応の研究をしていることがあるが,酸素は反応場で消費され,材料表面には達しないので,高分子の分解は不活性雰囲気中での単純な熱分解と考えて良い。
(5) 内部拡散
材料内部で分解し発生した低分子化合物やガスは加熱されて溶融状態にある材料の内部を拡散し材料表面まで達する。内部で分解したガスは,表面の方向が判ってその方向に拡散して行く訳ではなく,四方八方に拡散するが,材料内部は固体状で拡散係数が小さいが溶融高分子は拡散係数が大きいので,揮発性ガスは表面へと一方方向に拡散する.溶融高分子は拡散係数が比較的大きいので,分解生成物は燃焼が継続するに十分な燃料を内部から供給することができる。
(6) 表面拡散
材料表面に達したガスは材料表面から拡散し「酸化反応場」に到達する。気体中の拡散であるのでこの速度は極めて速い。単純な過程であるが,激しい気流中の拡散であり,窒素,一酸化炭素,そして材料内部から発生する非燃焼性の気体との混合気になるので,詳細にみるとかなり複雑な現象である。
図 1.1 6 燃焼の定常状態の6つの過程
以上のように燃焼反応が継続するためには上記の6つの過程が滞り無く進み,定常的に繰り返される。定常状態の燃焼を図 1.1 6に示した。酸化反応場での燃焼反応、輻射などによる伝熱と材料表面の加熱、材料中の分解反応場での揮発分の生成、揮発性燃料ガスの材料中の拡散、そして最後に分解生成物の気相中の拡散、と続く。しかし、燃焼現象は必ずしも図 1.1 6に示したように単純ではない。例えば,材料燃焼試験においても垂直に材料をおいているときと水平では異なる。表面の燃焼拡大の方向が異なるからである。高分子も配向したり,フィラーが混入していて,表面にフィラーが入っているときなどがある。しかし,難燃現象を考えるときに,燃焼現象という複雑な反応系をどの程度単純に整理できるかというが大切である。
1.1.2.1 高分子燃焼の化学的側面
高分子の燃焼は上記に示したように、「熱分解」と「拡散」そして「燃焼」が直列的に起こる反応である。従って実験装置に特殊な工夫をして、熱分解した後に燃焼反応を継続的にさせても同じ様な結果を得るはずである。
図 1.1 7 熱分解した直後の発熱量(μHRR)と燃焼の発熱比(HRR)
横軸が熱分解させた後の燃焼熱発生率、縦軸が直接燃焼させたものである。この両者に比例関係があるということは燃焼が熱分解を経ていることを示している5)。また燃焼反応全体を速度的に見るならば、拡散反応より常に化学的反応速度が速い。そのため難燃研究の多くは拡散の抑制に注目されている。
図 1.1 8 高分子の燃焼反応に関係する速度の目安
図 1.1 8に見られるように気相での反応は早く、最も遅いと考えられるのが、溶融高分子内の拡散である。燃焼のモデル実験で実際の実験を模擬することができるが、燃焼実験での時間の設定が実際の燃焼反応の時間と大きな差があれば、模擬実験のシステムが完璧でも、時間的に不適当な実験になる。
1.2 燃焼の理論と数値計算
これらの燃焼過程を定量的に表現することは簡単ではない。現象は複雑でそこにおける反応はその数が多いからである。従って、厳密な意味での微分方程式は実際の解析に役立たないが,多少簡略化した解析式を使用することができる。
1.2.1 基礎方程式
コーンカロリメーターで有機材料が燃焼するときの反応式として,まず燃焼反応場での燃焼反応,高分子表面での反応,及び高分子内部での分解反応が挙げられる。まず,ポリマーの分解で燃料が供給されるので,ポリマー分解の反応式は式(2)で示される。
式(2)
ここで,:ポリマーの濃度、:ポリマーの分解速度定数である。また,可燃性ガスはポリマの分解で生じ,燃焼反応場で消費される。従って,可燃性ガスの収支を示す反応式は,
式(3)
であり,ここで,:可燃性ガス濃度,:酸素濃度,:燃焼速度定数である。更に燃焼反応場の酸素の収支は燃焼で消費される酸素と周辺から拡散で供給される酸素によって決まる。周辺からの酸素の供給を示す拡散は拡散係数を係数とした位置の2次微分で決まるとするのが普通であるが,この場合は数値計算上の問題で次のような式が望ましい。
式(4)
ここで,拡散定数の変わりに比例定数を用い,:酸素拡散の定数,:周辺の酸素濃度,とできる。燃焼時の熱的な支配方程式としては,燃焼反応場,高分子について,上記の物質的支配方程式と同様に,それぞれ下式のように書くことができる。まず,燃焼反応場の熱収支は,
式(5)
であり,ここで,:気相比熱,:燃焼熱,:燃焼場温度,:可燃性ガス比熱,:ポリマー表面温度,
:ポリマー表面への熱伝導係数,:周辺への熱伝導係数,である。また,高分子の熱収支は,
式(6)
と書け,それぞれ,:ポリマーの比熱,:ポリマーの分解熱,:外部からの熱伝導係数,:外部熱源の温度,である。燃焼反応場での速度定数や環境からの酸素の拡散や分解ガスの拡散は単純な式では示すことが出来ない。燃焼時の素反応の速度定数は1つ1つの素反応の速度式を書き下さなければならないが,反応が極めて複雑で素反応を総て書くことは困難であるばかりでなく,かえって解析を複雑にするだけで成果は上がらない。現実的な方法は,注目すべきいくつかの化合物を考えて,総括的な反応速度と拡散係数を次式のように表すことであろう。
ここで、:頻度因子,:拡散因子,:反応速度の活性化エネルギー,:反応速度の活性化エネルギー,以上の式はある程度近似的に表現されているが,燃焼の基礎的な観測データやコーンカロリメーターなどで測定されるデーターからパラメーターを決めることができる。
1.2.2 燃焼場での反応に関する測定値
石油,石炭などの燃焼は内燃機関やその他の多くの熱機関が動力を得るために必要なことであり,加熱,暖房,更には廃棄物の焼却に至るまで,社会の様々な分野で用いられる。そのため有機材料の燃焼を完全な形で理解しようとする研究は今世紀初頭から盛んに行われた。有機材料の酸化反応についての基礎的研究,例えば有機反応化学などの研究と共に,材料や機器,更には住居などの実際の成型物,建造物などの燃焼の研究が行われた。有機材料の燃焼熱についての測定では,ブタン,ポリエチレンなどの炭素と2ヶの水素からなる化合物では45kJ/g程度であり,化合物や高分子物質の構造によって様々な値をとる。特にポリ塩化ビニルや綿などは発熱量が小さい。1917年にThorntonは燃焼の研究で基本的な数値を発見した。それは有機化合物の種類によらず燃焼によって減少する酸素のグラム当たり,約13.1kJの熱を発生するということであった6)。
1.2.3 理論式の数値解とデータ
理論式に使用する定数については研究者によって少しずつ異なる数値が使用されるが,ここではRychly,Costaらの数値を参考にした7)。ヒートフラックス(heat flux)に対する発熱速度(RHR)またはHRR(the rate of heat releaseまたはheat release rate)の計算値を図 1.2 1に示す。
図 1.2 1 パラメーターとRHR(rate of heat release)
(1)To=778K (25kWm-2), (2)T0=912K (40kWm-2),
(3)To=1024K (60kWm-2), (4)To=1065K (70kWm-2)
ヒートフラックスが高いと材料は一気に燃焼するので,RHRのカーブは早期に出現し,高いピークを打つ。ヒートフラックスが小さくなると燃焼までの時間が長くなり,燃焼の一気には進まない。ヒートフラックスがある一定値より小さくなると,材料は燃焼しない。これについては後述する。高分子の種類が変化して燃焼エンタルピーが変化すると,RHR曲線は変化する。燃焼エンタルピーが大きいと,燃焼反応場からの伝熱量が大きくなり,その結果高いRHR曲線を得る。曲線1はポリプロピレン(PP),曲線2はポリメチルメタクリレート(PMMA),更に曲線3はポリ塩化ビニル(PVC)の燃焼エンタルピーを想定している。
図 1.2 2 燃焼エンタルピーとRHRの数値計算の結果
(1) ΔH1=46000 Jg-1 (2)ΔH1=26000 Jg-1 (3) ΔH1=16000 Jg-1,
ΔH2=13000 Jg-1,T0=912K (40kWm-2) ΔH0=450 Jg-1,β1a=0.
この様にRHRの曲線を考えると,RHRのピークの値である程度の整理ができることが判る。RHRのピーク値は"PkRHR"と表現されることが多い。PkRHRと酸素指数(LOI)の関係図を図1.2 3に,関係式を式(7)に示す。
図1.2 3 RHRのピーク値と酸素指数の数値計算で得られた結果
ΔH1(line A) andΔH2 (line B) parameters (β1a=0); ΔH1=32500
(1),39000 (2),46000 (3)J mol-1 . ΔH2=5200 (4),6500 (5),13000 (6) J mol-1
式(7)
コーンカロリメータの測定値は有機材料の標準的な燃焼データであるので,「酸素指数」の様にある特定の条件下での測定値は,コーンカロリメーターでの測定値の内の1つに相当する。その意味でコーンカロリメーターは有機材料の燃焼での万能測定装置と言っても良いであろう。
1.2.4 拡散の理論及び基礎知見
1.2.4.1 材料の内部での拡散
材料の内部の分解反応場で分解した可燃性ガスもしくはオリゴマーなどの分解生成物は、溶融状態にあり一部は炭化層を形成している高分子材料内部を通過して材料表面に到達する。この際ガスの拡散速度が遅ければ酸化反応場への可燃性ガスの供給が不十分になり燃焼は継続しない。材料中のガスの拡散は高温での溶融高分子の粘度、拡散係数、溶解度などの基本的な物理定数によると共に、材料が熱によって架橋することによって拡散が抑制される。また高分子の分解によって発生するボイドの割合によっても拡散係数が大きく変化する。表面付近のこのボイドは分解生成物のガスで発生するが、発生直後に液体の分解生成物で充満されると考えられる。仮に溶融高分子と液状物で充満したボイドを考慮すると、拡散係数は次の式で表される。
式(8)
ここで、Φは体積分率、cは濃度、Dは拡散係数で、添え字はmが溶融高分子、vがボイドを示す。膨張層内部のガスの拡散係数は表面の気泡が多い程大きくなる。
1.2.4.2 気相での拡散
材料表面から拡散するガスを材料表面から数ミリ、または数センチメートルのところの酸化反応場まで拡散するのを抑制することによって燃焼反応を継続しないようにすることによって燃焼速度を制御する考え方である。しかし有機材料の成形体はあらゆる環境で用いられるので表面気相の温度、風速などを制御することは大変困難であるので、材料表面から拡散する物質の組成を制御する方法が採られる。
分解反応場で分解した揮発性ガスは材料内部と表面、そして気相での拡散を通して酸化反応場に到達する。材料が平面の形状をしているとすると、多層の異なった材料の中での物質の拡散問題を解くことになる。この種の問題は多くのモデルについてすでに研究されている8),9)。多層の拡散方程式は、Cを濃度、Dを拡散係数とすると、拡散方程式
式(9)
を多層の場合について解く。第i層の濃度は、
式(10)
となる。ここで、は相互との濃度の関数、γ、η、及びΦはいずれも拡散定数と関係する関数であり原著を参考にされたい10)。
1.2.4.3 より分子論的な難燃材料解析
難燃材料の燃焼現象を解析するためのコンピューター・シミュレーションは行われていても、材料自体のコンピューター・シミュレーションは更に複雑になるので、最近まで行われていなかった。1998年のStamfordのシンポジウムでアメリカの研究者が分子軌道法を応用した計算を行っている。まだ初歩的段階で、対象物もナノコンポジットを混練したプラスチックである。
図 1.2 4 分子動力学で計算したナノコンポジットを含む難燃材料の分子配置
この様な試みは次第に本格的になされて行くであろう。
参考文献
1) 新岡 嵩, "燃える" (1994)
2) 吉田邦夫, "油燃焼の理論と実際" (1992)
3) Camino.G. and Costa,L., Polymer Degradation and Stability, Vol.20, pp.271-294 (1988)
4) Stuetz,D.E.,Diedwardo,A.H. and Zitomer,F,J.Polymer Science:Polymer Chemistry Edition, Vol.13, pp.585-621 (1975)
5) R.E.Lyon, "A Pyrolysis-Combustion Flow Calorimeter Study of Polymer Flammability", 9th International Conference on Flame Retardancy, June 1-3, (1998) Stamford, CT. U.S.A.
6) Thornton, W., "The relation of oxygen to the heat of combustion of organic compounds", Philosophical Magazine and Journal of Science, Vol.33, No.196, (1917)
7) Jozef Rychly , Luigi Costa : Fire and Materials , Vol.19 , 215-220(1995)
8) Gibov.K.M., Shapoalova,L.N. and Zhubanov.B.A., Fire and Materials, Vol.10, pp.133-135 (1986)
9) Anderson, C.E., Dziuk,Jr.J., Mallow,W.A., and Buckmaster,J., J.Fire Sciences, Vol.3, May, pp.161-194 (1985)
10) Jost, W., "Diffusion in Solids, Liquids, Gases" Academic Press, (1969) New York (p.69他)
1.1 有機材料の燃焼の初期過程と定常状態
「有機材料」と一括りに表現してもその中には多くの材料が含まれるが、ここでは有機材料の代表的なものとして「プラスチック」と「木材」の難燃現象を主に対象とする。それに対して,一般の燃焼現象は石油などの液体油や都市ガスなどの気体燃料の燃焼を対象としている1),2) 。それらの研究は,結局の所、高分子でできている有機材料が,分解し,気体となって燃焼するという点で類似しているのである3)。
木材やプラスチックは一般的には「燃えるもの」と分類される。我々は経験的に日本の大部分の家屋を造っている木材が良く燃えることを知っており、身の回りのプラスチックやゴムが大量の煙を上げて激しく燃えても特に不思議なことと感じはしない。プラスチックは石油,つまり灯油やガソリンの様なもの…が固まったものなので燃えるのは当たり前であると思われるのである。しかし、木材やプラスチックそのものは容易に燃えるものではない。灯油のような液状の有機物質であっても液体のままでは燃焼し難いのである。「燃えているもの」は有機材料を構成する高分子そのものではなく高分子が分解した揮発分である。例えば石油ストーブでは灯油を毛細管現象を利用してガラス繊維の束の間に上昇させて灯油の表面積を増やし、そこにマッチなどの火源を近づけて,ガラス表面の灯油を分解し,揮発したガスに着火させて燃焼させる。石油ファンヒーターでは灯油の液滴を電熱で加熱した鉄板の上に垂らし、揮発した灯油に火を付ける仕組みになっている。少しの例外を除いてプラスチックのような有機材料は固体のまま燃焼せず、分解ガスや揮発性のものが気相に移動して後に燃焼すると考えて良い。瞬間的に進むプラスチックの燃焼反応を段階毎に分けて観察すると様々な燃焼の有様を解析的に考えることができる。
1.1.1 燃焼の初期過程
着火という現象は,燃焼の初期過程といえるが,燃え続ける火災,即ち,継続的な燃焼とは異なる内容を持っている。まず有機材料の燃焼の初期過程を幾つかの段階に分けて観察してみる。
(1) 火源の発生
何らかの原因でプラスチックの表面に発熱源が発生する。この発熱源は太陽の熱が集光されて火源となる場合もあるし、マッチのようにエネルギーは小さくてもプラスチックの表面を局部的に加熱して火源になるものもある。「燃焼の三要素」として,火源,燃料,酸素の3つを覚えている人が多いが,着火には火源(メラメラと燃える火という意味での火源)が必ず必要と言うことではない。仮に材料の中に揮発分が含まれ,その揮発分の中に着火温度が低いものがあれば,火源が無くても何らかの原因で着火温度まで上がれば着火し,燃焼する。
表 1.1 1に代表的なガスの着火温度を示したが、メタンの着火温度は空気中で632℃であり、アセチレンのような化合物は300℃近辺であり、かなり低い着火温度を持つことがわかる。
(2) 初期材料加熱
発熱源からの輻射熱、もしくは伝熱、さらに直接的に材料表面に火源が接して材料が加熱される。燃焼が始まると,材料表面に激しい空気の流れができるので,対流が主たる伝熱の役割を果たし,燃焼が拡大することもあるが,着火時には輻射による伝熱が主体的になる。
(3) 初期表面分解
加熱された材料表面は温度が上がり、やがてそのプラスチックの分解温度に達すると高分子が分解を始め低分子まで分解されて遂にガス(揮発分)を発生する。高分子の分解温度は高分子の種類によって異なるので一般的には分解温度の低い高分子は着火し易く分解温度の高い高分子は着火し難い傾向にある。
しかし,材料が初期の熱源によって分解し,分解生成物が燃料になることもあるが,石炭の着火などに見られるように,もともと材料の中に少量の揮発性不純物が含まれていて,僅かな温度の上昇で揮発分が材料表面に移行し,それが着火の原因となる場合もある。このような場合には当然のことながら,材料の分解温度と着火のし易さは無関係になる。表 1.1 2に代表的な固体の着火温度を示した。赤リンや黄リン、イオウは別にして、炭化水素で構成されている木材、木炭、石炭などの着火温度が比較的低いことに気づく。表 1.1 1のガスの着火温度よりむしろ固体の着火温度の方が低いのである。この理由は、固体では不純物が多く、不純物の内、比較的着火温度の低い物質が揮発して着火し、それがきっかけとなって材料全体が着火するからである。
また,分解は材料表面の状態の大きく依存する。材料表面が磨かれているように平らであれば,かなりの温度になっても分解しないが,材料表面に「トゲ」のような突起がある場合には,小さな熱源でも十分に高分子を分解するまでになる。これは継続的な燃焼と大きく異なる点である。継続的な燃焼では初期の燃焼で表面はススで覆われており,材料は比較的均一に加熱されて,分解する経路を辿るからである。
(4) 初期ガス拡散
材料が分解したり,もともと材料中に存在した気体が遊離して,発生したガスは材料表面から拡散する。
(5) 酸化反応場の形成
材料表面から拡散した燃料ガスは空気中の酸素と反応し,初期には材料表面に「酸化反応場」を形成する。一端酸化反応場が形成されると,そこで激しい発熱反応が進行し,その熱が材料を加熱して燃焼の継続へと進むと共に,酸化反応場は燃焼のごく初期には,材料表面近くであるが,すぐ表面から離れ,材料表面から数ミリの地点に後退する。これは材料表面から燃料ガスが吹き出し,酸素が酸化反応場で消費されることにより,材料表面から離れるからである。
以上のように進む燃焼の初期過程を図 1.1 2に示した。初期の燃焼現象,即ち着火はこのように5段の反応がシリーズにつながって起こる。従って,仮に火源が小さく着火には至らない場合や,表面に遮蔽物があり,輻射熱が材料に届かなかったり,材料表面が平滑であったり,風が吹いていて発生した燃料ガスが酸化反応場に届かなかったりすると着火に至らないことが判る。着火の現象は燃焼の継続より単純ではあるが,着火を抑制するためには,燃焼の初期段階を詳しく分解して考えることが大切である。
1.1.2 燃焼の定常状態
燃焼反応が定常的に進むようになると材料表面での反応は初期過程とは異なる経路を辿る。
(1) 酸化反応場の形成と継続
燃焼の初期には酸素が材料表面に供給されるが、燃焼反応は急速で激しいので多くの場合酸化反応場への酸素の供給は不足しがちになる。そのため「酸化反応場」は徐々に材料表面から後退し、定常状態では表面からおおよそ10-20mm程度のところに酸化反応場が形成される。燃焼の初期段階で燃焼のきっかけとなった火源の替わりに,酸化反応場がその役割を果たす。
酸化反応場での主たる反応種は、ラジカルであり、その分率は酸化反応場に存在する化学種の1%~0.01%程度である。そのほかに僅かなアニオン、カチオンが存在する。燃焼場でのラジカル連鎖反応の主体となる化学種は、水酸基のラジカルである。
燃焼が継続するか否かは、酸化反応場での熱の発生と、反応場からの熱の逃散のバランスによって決まる。燃焼ガスのの濃度が空気の濃度に対して少なければ、熱の発生が少ないので、燃焼は継続しない。また燃料ガスが過剰であれば、酸素不足になるので、燃焼が不足するときと同じく発生速度は低下するので、熱の逃散が勝り、燃焼は継続しない。図 1.1 5は材料表面の気体の種類と濃度を測定した結果であるが、燃焼している材料表面の様子を明確に示す優れた図である.酸素濃度は大気中に比べて極端に低い4)。そして燃焼面から材料表面に近づくほど酸素濃度は低くなり材料表面では数%である。
材料表面では,高分子の分解による炭化水素ガス(ΣHC)が激しく吹き出し,一方,酸素は燃焼の主たる反応場である6mm程度のところで消費される。材料表面は不完全燃焼領域で,低酸素で一酸化炭素が多い。燃焼場の付近で二酸化炭素が増加し,そのすぐ内側で窒素の分率が極大になる。激しい酸化反応がよくわかると共に,材料表面の燃焼が極めて単純な構造になっていることも同時に理解できる。材料燃焼表面の優れた解析研究は他にも2,3報告されている。
(2) 材料表面への熱の伝達
「酸化反応場」で燃焼が継続的に起こると,反応のエンタルピーと酸化反応場の熱容量により,酸化反応場の温度が急激にあがり,理論上の酸化反応場の温度である2000℃から3000℃まで上昇しようとする。しかし空気の対流,熱の輻射などによるガスや酸素などの物質の拡散,及び発生した熱の放射により,平衡状態に入り,おおむね1000℃程度で落ち着く。酸化反応場の高い温度による輻射熱、または空気の対流などでもたらされる伝熱で材料表面が加熱される。継続的に材料が加熱されるためには,火源における反応は継続する必要がある。継続するということは反応場に酸素と可燃物が継続的に供給されることを意味する。一般に酸化反応が激しいので,酸素の供給が不足しがちになることもある。難燃と言うことに注目していると,酸素が充分に供給される容易に感じられるが,積極的に燃焼させて酸化反応場の温度を上げようと思うと,「ふいご」などを使用して風,つまり酸素を送らなければ激しく燃焼しない。また,熱の輻射による材料表面の加熱は,下式に示したように、Stefan-Boltzmannの法則により絶対温度の4乗に比例するので,酸化反応場の温度が少しでも下がると,材料表面に達する輻射熱が急激に減少して,燃焼の継続が困難になる.
Stefan-Boltzmannの法則
輻射エネルギーは
ここで光速度,プランク定数,絶対温度,体積である。
この物理的状況も材料の難燃化には大きなヒントになる。材料の表面が白いと輻射熱は反射されて熱は伝わり難いが,有機材料の燃焼の場合は表面がススなどで黒くなるので,輻射熱を反射せずに,効率的に吸収するようになる。これは難燃には都合の悪い傾向である。水酸化マグネシウムを使用すると酸化マグネシウムが白い色をしているので、表層に輻射熱の反射膜を形成する。
(3) 内部への熱伝導
燃焼の最初の段階では加熱された材料の表面が分解するが、すぐ表面はススや炭化物,泡などの分解生成物で覆われる。燃焼が継続しているときには材料表面の温度が上がり,その熱は表面の炭化層などを通過して,材料内部に達する。初期段階では高分子自体の熱伝達係数が支配的であるが,次第に表面に炭化層やイントメッセント層と言われる断熱層が形成されるので,熱伝達係数は急激に低下することがある。この変化を積極的に応用することも難燃化の主要な技術の一つとなる。
(4) 内部での熱分解
材料内部が加熱されると,材料の熱分解温度に達する。その結果,材料内部に「分解反応場」が形成され、高分子の連続的分解が始まる。高分子の熱分解過程は高分子の種類のよって異なり,架橋しながら分解するものと,単量体の分解する高分子,更に構造変化をしながら分解する高分子などがある。モデル的に表現すれば,長い高分子が2つに分かれ,更にそれが2つ,と言うように分解しながら,その間に様々な化学反応を繰り返すと考えたら良い。燃焼反応における高分子の熱分解は酸素雰囲気中での分解ではない点に注意する必要がある。燃焼反応が酸化反応であることから,まれには酸素中の熱分解反応の研究をしていることがあるが,酸素は反応場で消費され,材料表面には達しないので,高分子の分解は不活性雰囲気中での単純な熱分解と考えて良い。
(5) 内部拡散
材料内部で分解し発生した低分子化合物やガスは加熱されて溶融状態にある材料の内部を拡散し材料表面まで達する。内部で分解したガスは,表面の方向が判ってその方向に拡散して行く訳ではなく,四方八方に拡散するが,材料内部は固体状で拡散係数が小さいが溶融高分子は拡散係数が大きいので,揮発性ガスは表面へと一方方向に拡散する.溶融高分子は拡散係数が比較的大きいので,分解生成物は燃焼が継続するに十分な燃料を内部から供給することができる。
(6) 表面拡散
材料表面に達したガスは材料表面から拡散し「酸化反応場」に到達する。気体中の拡散であるのでこの速度は極めて速い。単純な過程であるが,激しい気流中の拡散であり,窒素,一酸化炭素,そして材料内部から発生する非燃焼性の気体との混合気になるので,詳細にみるとかなり複雑な現象である。
以上のように燃焼反応が継続するためには上記の6つの過程が滞り無く進み,定常的に繰り返される。定常状態の燃焼を図 1.1 6に示した。酸化反応場での燃焼反応、輻射などによる伝熱と材料表面の加熱、材料中の分解反応場での揮発分の生成、揮発性燃料ガスの材料中の拡散、そして最後に分解生成物の気相中の拡散、と続く。しかし、燃焼現象は必ずしも図 1.1 6に示したように単純ではない。例えば,材料燃焼試験においても垂直に材料をおいているときと水平では異なる。表面の燃焼拡大の方向が異なるからである。高分子も配向したり,フィラーが混入していて,表面にフィラーが入っているときなどがある。しかし,難燃現象を考えるときに,燃焼現象という複雑な反応系をどの程度単純に整理できるかというが大切である。
1.1.2.1 高分子燃焼の化学的側面
高分子の燃焼は上記に示したように、「熱分解」と「拡散」そして「燃焼」が直列的に起こる反応である。従って実験装置に特殊な工夫をして、熱分解した後に燃焼反応を継続的にさせても同じ様な結果を得るはずである。
横軸が熱分解させた後の燃焼熱発生率、縦軸が直接燃焼させたものである。この両者に比例関係があるということは燃焼が熱分解を経ていることを示している5)。また燃焼反応全体を速度的に見るならば、拡散反応より常に化学的反応速度が速い。そのため難燃研究の多くは拡散の抑制に注目されている。
図 1.1 8に見られるように気相での反応は早く、最も遅いと考えられるのが、溶融高分子内の拡散である。燃焼のモデル実験で実際の実験を模擬することができるが、燃焼実験での時間の設定が実際の燃焼反応の時間と大きな差があれば、模擬実験のシステムが完璧でも、時間的に不適当な実験になる。
1.2 燃焼の理論と数値計算
これらの燃焼過程を定量的に表現することは簡単ではない。現象は複雑でそこにおける反応はその数が多いからである。従って、厳密な意味での微分方程式は実際の解析に役立たないが,多少簡略化した解析式を使用することができる。
1.2.1 基礎方程式
コーンカロリメーターで有機材料が燃焼するときの反応式として,まず燃焼反応場での燃焼反応,高分子表面での反応,及び高分子内部での分解反応が挙げられる。まず,ポリマーの分解で燃料が供給されるので,ポリマー分解の反応式は式(2)で示される。
ここで,:ポリマーの濃度、:ポリマーの分解速度定数である。また,可燃性ガスはポリマの分解で生じ,燃焼反応場で消費される。従って,可燃性ガスの収支を示す反応式は,
であり,ここで,:可燃性ガス濃度,:酸素濃度,:燃焼速度定数である。更に燃焼反応場の酸素の収支は燃焼で消費される酸素と周辺から拡散で供給される酸素によって決まる。周辺からの酸素の供給を示す拡散は拡散係数を係数とした位置の2次微分で決まるとするのが普通であるが,この場合は数値計算上の問題で次のような式が望ましい。
ここで,拡散定数の変わりに比例定数を用い,:酸素拡散の定数,:周辺の酸素濃度,とできる。燃焼時の熱的な支配方程式としては,燃焼反応場,高分子について,上記の物質的支配方程式と同様に,それぞれ下式のように書くことができる。まず,燃焼反応場の熱収支は,
であり,ここで,:気相比熱,:燃焼熱,:燃焼場温度,:可燃性ガス比熱,:ポリマー表面温度,
:ポリマー表面への熱伝導係数,:周辺への熱伝導係数,である。また,高分子の熱収支は,
と書け,それぞれ,:ポリマーの比熱,:ポリマーの分解熱,:外部からの熱伝導係数,:外部熱源の温度,である。燃焼反応場での速度定数や環境からの酸素の拡散や分解ガスの拡散は単純な式では示すことが出来ない。燃焼時の素反応の速度定数は1つ1つの素反応の速度式を書き下さなければならないが,反応が極めて複雑で素反応を総て書くことは困難であるばかりでなく,かえって解析を複雑にするだけで成果は上がらない。現実的な方法は,注目すべきいくつかの化合物を考えて,総括的な反応速度と拡散係数を次式のように表すことであろう。
ここで、:頻度因子,:拡散因子,:反応速度の活性化エネルギー,:反応速度の活性化エネルギー,以上の式はある程度近似的に表現されているが,燃焼の基礎的な観測データやコーンカロリメーターなどで測定されるデーターからパラメーターを決めることができる。
1.2.2 燃焼場での反応に関する測定値
石油,石炭などの燃焼は内燃機関やその他の多くの熱機関が動力を得るために必要なことであり,加熱,暖房,更には廃棄物の焼却に至るまで,社会の様々な分野で用いられる。そのため有機材料の燃焼を完全な形で理解しようとする研究は今世紀初頭から盛んに行われた。有機材料の酸化反応についての基礎的研究,例えば有機反応化学などの研究と共に,材料や機器,更には住居などの実際の成型物,建造物などの燃焼の研究が行われた。有機材料の燃焼熱についての測定では,ブタン,ポリエチレンなどの炭素と2ヶの水素からなる化合物では45kJ/g程度であり,化合物や高分子物質の構造によって様々な値をとる。特にポリ塩化ビニルや綿などは発熱量が小さい。1917年にThorntonは燃焼の研究で基本的な数値を発見した。それは有機化合物の種類によらず燃焼によって減少する酸素のグラム当たり,約13.1kJの熱を発生するということであった6)。
1.2.3 理論式の数値解とデータ
理論式に使用する定数については研究者によって少しずつ異なる数値が使用されるが,ここではRychly,Costaらの数値を参考にした7)。ヒートフラックス(heat flux)に対する発熱速度(RHR)またはHRR(the rate of heat releaseまたはheat release rate)の計算値を図 1.2 1に示す。
ヒートフラックスが高いと材料は一気に燃焼するので,RHRのカーブは早期に出現し,高いピークを打つ。ヒートフラックスが小さくなると燃焼までの時間が長くなり,燃焼の一気には進まない。ヒートフラックスがある一定値より小さくなると,材料は燃焼しない。これについては後述する。高分子の種類が変化して燃焼エンタルピーが変化すると,RHR曲線は変化する。燃焼エンタルピーが大きいと,燃焼反応場からの伝熱量が大きくなり,その結果高いRHR曲線を得る。曲線1はポリプロピレン(PP),曲線2はポリメチルメタクリレート(PMMA),更に曲線3はポリ塩化ビニル(PVC)の燃焼エンタルピーを想定している。
この様にRHRの曲線を考えると,RHRのピークの値である程度の整理ができることが判る。RHRのピーク値は"PkRHR"と表現されることが多い。PkRHRと酸素指数(LOI)の関係図を図1.2 3に,関係式を式(7)に示す。
コーンカロリメータの測定値は有機材料の標準的な燃焼データであるので,「酸素指数」の様にある特定の条件下での測定値は,コーンカロリメーターでの測定値の内の1つに相当する。その意味でコーンカロリメーターは有機材料の燃焼での万能測定装置と言っても良いであろう。
1.2.4 拡散の理論及び基礎知見
1.2.4.1 材料の内部での拡散
材料の内部の分解反応場で分解した可燃性ガスもしくはオリゴマーなどの分解生成物は、溶融状態にあり一部は炭化層を形成している高分子材料内部を通過して材料表面に到達する。この際ガスの拡散速度が遅ければ酸化反応場への可燃性ガスの供給が不十分になり燃焼は継続しない。材料中のガスの拡散は高温での溶融高分子の粘度、拡散係数、溶解度などの基本的な物理定数によると共に、材料が熱によって架橋することによって拡散が抑制される。また高分子の分解によって発生するボイドの割合によっても拡散係数が大きく変化する。表面付近のこのボイドは分解生成物のガスで発生するが、発生直後に液体の分解生成物で充満されると考えられる。仮に溶融高分子と液状物で充満したボイドを考慮すると、拡散係数は次の式で表される。
ここで、Φは体積分率、cは濃度、Dは拡散係数で、添え字はmが溶融高分子、vがボイドを示す。膨張層内部のガスの拡散係数は表面の気泡が多い程大きくなる。
1.2.4.2 気相での拡散
材料表面から拡散するガスを材料表面から数ミリ、または数センチメートルのところの酸化反応場まで拡散するのを抑制することによって燃焼反応を継続しないようにすることによって燃焼速度を制御する考え方である。しかし有機材料の成形体はあらゆる環境で用いられるので表面気相の温度、風速などを制御することは大変困難であるので、材料表面から拡散する物質の組成を制御する方法が採られる。
分解反応場で分解した揮発性ガスは材料内部と表面、そして気相での拡散を通して酸化反応場に到達する。材料が平面の形状をしているとすると、多層の異なった材料の中での物質の拡散問題を解くことになる。この種の問題は多くのモデルについてすでに研究されている8),9)。多層の拡散方程式は、Cを濃度、Dを拡散係数とすると、拡散方程式
を多層の場合について解く。第i層の濃度は、
となる。ここで、は相互との濃度の関数、γ、η、及びΦはいずれも拡散定数と関係する関数であり原著を参考にされたい10)。
1.2.4.3 より分子論的な難燃材料解析
難燃材料の燃焼現象を解析するためのコンピューター・シミュレーションは行われていても、材料自体のコンピューター・シミュレーションは更に複雑になるので、最近まで行われていなかった。1998年のStamfordのシンポジウムでアメリカの研究者が分子軌道法を応用した計算を行っている。まだ初歩的段階で、対象物もナノコンポジットを混練したプラスチックである。
この様な試みは次第に本格的になされて行くであろう。
参考文献
1) 新岡 嵩, "燃える" (1994)
2) 吉田邦夫, "油燃焼の理論と実際" (1992)
3) Camino.G. and Costa,L., Polymer Degradation and Stability, Vol.20, pp.271-294 (1988)
4) Stuetz,D.E.,Diedwardo,A.H. and Zitomer,F,J.Polymer Science:Polymer Chemistry Edition, Vol.13, pp.585-621 (1975)
5) R.E.Lyon, "A Pyrolysis-Combustion Flow Calorimeter Study of Polymer Flammability", 9th International Conference on Flame Retardancy, June 1-3, (1998) Stamford, CT. U.S.A.
6) Thornton, W., "The relation of oxygen to the heat of combustion of organic compounds", Philosophical Magazine and Journal of Science, Vol.33, No.196, (1917)
7) Jozef Rychly , Luigi Costa : Fire and Materials , Vol.19 , 215-220(1995)
8) Gibov.K.M., Shapoalova,L.N. and Zhubanov.B.A., Fire and Materials, Vol.10, pp.133-135 (1986)
9) Anderson, C.E., Dziuk,Jr.J., Mallow,W.A., and Buckmaster,J., J.Fire Sciences, Vol.3, May, pp.161-194 (1985)
10) Jost, W., "Diffusion in Solids, Liquids, Gases" Academic Press, (1969) New York (p.69他)