6.  環境と難燃技術

6.1.  環境問題の真実


 環境を良くしようとする運動が相変わらず行われている。ここではまず第一に、「環境は悪いのか?良いのか?」について整理をする。1952年に起こったロンドンスモッグは4日間で4000人という大きな被害を出した(水俣病の認定患者数より多い。このころ日本でも四大公害が起こり、急激な工業の進展とともに社会はそのひずみの中で呻吟していた。

図 4-1  1952年のロンドンスモッグ事件前後のロンドン市の死者数の推移

 しかし1970年代に入り、大きな公害事件はほとんど姿を消した。まだ開発途上国では公害が残っているが、先進国で開発された技術が順次応用されている。特に日本は優れた工業技術を駆使して環境の改善を進め、現在では大気(二酸化硫黄に代表される)、水質(BOD,COD)など第一次の環境指標はいずれも大きく改善されている。

図 4-2 神奈川県の大気中の二酸化硫黄濃度の推移

 このような公害と大気などの改善によって環境に起因する病気になる人は減少してきた。すでに新たに公害病患者に認定される人の数はほとんどゼロになった。

図 4-3 公害病認定患者数

 一方、ダイオキシンに体表される毒性物質の濃度も徐々に改善されており、1990年代に入ると主要な毒性物質濃度も大きく減少してきている。

図 4-4 ダイオキシンの発生要因と推移

 もともと四日市喘息などの公害事件を経て、我々は結果と原因の因果関係をしっかり考えることを学んだ。特に四日市喘息では「喘息」という普通にある病気が特定の煙突からの二酸化硫黄によるものであるかという難しい証明を行い、因果関係についてかなり深い経験と知見が得られた。それがダイオキシンやその他の環境問題ではほとんど活かされなかった。

図 4-5 四日市喘息の年齢別整理


図 4-6 四日市市の二酸化硫黄濃度と喘息受診率の関係

 そのような中で「何が環境か?、何が環境問題か?」が問われることなく、リサイクルや循環型社会が唱えられた。もとより循環型社会のようなこれまでの学術的知見に反することを実施するためには、基礎学術の進展、それを実現する工学が必要であるが、いずれも無い状態で進んでいる。まちがった環境対策は「多少はまし」というより「環境を悪化させる」といえる。

図 4-7 循環型社会は成立しない

 「大量生産、大量消費、大量廃棄」が環境を破壊したと言われているが、「量」という限りは「数字」で示すことができるはずであり、日本の物質の流れを整理すると、現在の20億トンという取扱量は決して「大量」とはいえない可能性が高い。

図 4-8 日本は20億トンをマネジメントできないか?

 因果関係を明確にしないままムードに流れた環境問題は多くの点で論理破綻をもたらしている。その典型的な一つに紙のリサイクルがあるが、森林が破壊されているのは南方であり、紙の原料となるパルプがとれるのは北方の森林である。しかも北方の森林は「森林保護運動」によって無駄に捨てられている。紙のリサイクルは太陽の光で育つ森林を有効に利用せず、リサイクルで使用する石油を浪費する奇妙な活動である。

図 4-9 森林の利用割合

図 4-10 利用されていない北欧の森林

 一方、風力発電や太陽電池など「自然の利用」は環境には良いこととされている。それと平行して「脱ダム宣言」に見られるように過度の自然への介入に対しても批判が強い。

図 4-11 太陽のエネルギーはどのように利用されるか?

 太陽エネルギーの利用には強い限界があるが、それと同時に化石燃料からのエネルギー供給という点でも厳しい環境にあることは間違いない。

図 4-13 過渡的な世界にいる私たち(Berut)

 環境を巡るこのような混乱があることから、より巨大なテーマ、たとえば地球温暖化のようなテーマはさらに原理的な大きな矛盾とともに進んでいる。現在の産業界において環境が重要なキーワードであることは合意される。大きなテーマだから「事実認識が違っていても良い」ということにはならない。また売り上げを上げるために多少の修飾があるにしても、それによって事実が変化するわけではない。昔から、流通価格を維持するために「今年は不作だ」などという噂を流すことはビジネス上である程度許されていたが、最近では、発言する方がぼ膨大な架空情報に振り回されるという状態になっている。
 環境関係にはそのようなものが多い。たとえば地球温暖化には多くの対策がなされているがその基本は「地球が温暖化している」「温暖化の原因は二酸化炭素である」「森林は二酸化炭素を吸収する」というようなものであり、それらはいずれも学術的にはかなり不確定である。学術的な間違いを含んでいるビジネスは補助金などがでている間は良いが、不合理であることは変わらないので、早晩、破綻を招くと考えられる。

図 4-12 生物界は二酸化炭素を吸収しない

図 4-14 地表の気温と太陽の黒点

図 4-15 地球温暖化とその原因に関する論理的思考訓練

 現代の環境問題のもう一つの錯覚は、「環境を守ることと現状を守ること」が混在していることによる。地球が温暖化しているという場合、なにを基準に温暖化しているとするか、あるいは砂漠が増大しているという場合も何時を基準にするかによって大きくその対策が変化する。一般的には概念としては地球の自然の変化を素直に受け入れる(夏は暑く、冬は寒い)と考えられているが、現実の環境問題はむしろ自然の流れを人工的な活動で一定にしよう(夏は涼しく、冬は暖かい)とするものが多い。

図 4-16 地球温暖化とは現状を固定することか?


図 4-17 現在の地球は緑にあふれているが、このような地球の期間は短い

図 4-18 これまでの歴史の中での平均的な地球の状態(砂漠化を防ぐということは現状維持のために膨大なエネルギーや物質を使うこと?)


6.2.  環境問題の現実(海外情勢を含めて)

 より深く環境問題を考えなければならない時代が来た。あれほど騒いだ無鉛はんだが、high leadに変わりつつあり、ダイオキシンの毒性も疑われるようになった。私たちはある程度、環境というものを勉強したのだから、そろそろより本質的に考えなければならない時期に来ている。

図 4-19 効率とエネルギー消費


表 4-1 エネルギー消費の倍々ゲーム

 環境問題の真実がわかりにくいということとは別に、すでに1960年代より先進各国は物質文明の縮小に向かっており、その流れ自体の変化は変わらないだろう。それは、1)物質の縮小 2)毒物の縮小 の二つの流れになると考えられる。

図 4-20 それでも社会は「環境」へと反応している。

図 4-21ダイオキシン事件は毒物に対する社会の恐怖

図 4 22 社会の毒物をあらわにした14)



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参考文献など

1) 武田邦彦,高分子難燃化の技術と応用, シーエムシー,p.115-116 (1996)
2) Hugget,C., "Estimation of the rate of heat release by means of oxygen consumption", Journal of Fire and Flammability, Vol.12, (1980)
3) Parker,W.J., "Calculation of the heat release rate by oxygen consumption for various applications", Journal of Fire Sciences., Vol.2, pp.380-395 (1984)
4) Babrauskas,V., "Development of the Cone Calorimeter-A bench-scale rate of heat release apparatus based on oxygen consumption", NBS-IR, pp.82-2611 (1982)
5) 武田邦彦,未来材料, Vol.1, No.1, p17-25 (2001)
6) D. W. van Krevelen, Polymer, 16, p615(1975)
7) D. W. van Krevelen, Chimia, 28, p504 (1974)
8) C. P. Fenimore and F.J.Martin, Modern Plastics, Vol.44, No.3, p141-148, 192(1966)
9) C. P. Fenimore, and F.J.Martin, Combustion Flame, Vol.10, p135-139 (1966)
10) Hindersinn,R.R., Porter,J.F.、U.S.Patent、Vol.598, No.3, p.733 (1971)
11) Connolly,C.F., Thornton,A.M.、Modern Plastics,Vol.43, No.2, p.154 (1965)
12) 武田邦彦,高山茂樹,松原 望,新井 剛,Polymer Degradation and Stability, Vol.50, No.4, p277-284(1995)
13) 西沢仁,武田邦彦(監修):"難燃材料活用便覧", テクノネット社, p.234-241(2002)
14) 武田邦彦、日本経済新聞、書評、「フォール・アウト」(2003.05.04)