3. 既存の難燃技術・・・知られているものを使って、どこまで改善できるか?
3.1. なぜ、難燃化するのかについての一般的な解釈
3.1.1. 気相の酸化反応抑制
既存の難燃剤というのは大きく分けて5種類ほどある。
気相での反応は主として炭化水素がラジカル的に酸化される反応であり、知られている素反応だけで50程度ある。それらを簡単にまとめると、図 2-1に示したようにメタンが水酸基、あるいは活性酸素によって徐々に酸化されて行くと考えてよい。
図 2-1 気相のメタン酸化反応
この簡単な酸化スキームは重要なことを教えてくれる。それは気相のラジカル反応を抑制して難燃化するということは毒性ガスを発生させることと同様であるということである。アルデヒドも毒性があるが、それより一酸化炭素は猛毒である。従って、ハロゲンのように気相で燃焼を阻止しようとするとどうしても煙や毒性物質の発生が増大する傾向にある。一方、気相での反応の抑制は有利な面がある。それは表 2-1に示したようにラジカルにしても、より速い反応をすると考えられているイオン性の化学種にしてもその濃度が極端に薄いということである。つまり気相での反応抑制には僅かでも強力なものがあれば難燃化ができることを示している。つまり、難燃剤としてのハロゲンの成功はそこに求められる。
表 2-1 気相における反応種
ハロゲン系難燃剤が気相の反応を抑制しているデータは多い。たとえばプロパンのような気体の燃焼をハロゲン化合物が抑制することを示す図 2 2はハロゲン元素の電子雲の大きさなどとも対応がついている。また、オキシ塩化リンなどの活性なリン化合物、金属錯体なども気相の燃焼を抑制する()。
図 2-2 ハロゲン元素の種類とプロパンの着火温度の関係
表 2-2 ヘキサンの燃焼速度を30%低下させるのに必要な金属化合物などの添加量
ところで第二次大戦中に発見された「ハロゲン化合物と酸化アンチモン」の組み合わせ(相乗効果)は素晴らしいものであるが、これも発見された後、十年以上経ってそのメカニズムが解明された。
図 2-3 アンチモン-ハロゲン相乗効果
特にハロゲンと酸化アンチモンが反応する温度領域が広いので、プラスチックの種類にかかわらず効果を示す。着火時のプラスチックの温度はそのプラスチックの分解温度に近いのでプラスチックによっては100℃程度も差がある。もしハロゲン化合物と酸化アンチモンの反応が比較的高温であれば「一部に効果のある難燃剤」ということになり、その場合は難燃化は配合の問題では無かっただろう。
図 2-4 ハロゲン化合物難燃剤と酸化アンチモンの難燃機構
一般的に化学反応は不安定なほど反応性が高いのが普通であり、難燃性も同じであり、それもあって他種類のハロゲン化合物が研究・製造された。ダイオキシンの問題が発生する以前ではデカブロと呼ばれるハロゲン化合物がよく使われたが、ダイオキシンと構造が類似し、燃焼後にすこしダイオキシンが発生するということで忌避されている。
図 2-5 安定性と難燃性の相反関係とデカブロモジフェニルオキサイドBr%83.3%,M.P.300-315℃
3.1.2. 具体的な高分子の構造と燃焼性
表 2-3 高分子の構造と炭化物計算のパラメータ
前章で高分子の構造と難燃性について基礎的な勉強をしたが、復習をかねて少し具体的な材料について整理をしてみる。Van Krevelenらが調べた高分子の単位構造と炭化物形成の係数はすでに表 2-3のように与えられていて、高分子の構造が決定されれば難燃性も決まる。確かに1,2の例を実験してみると難燃性はおおよそ予測できることが判る。
実際にプラスチックが燃焼して炭化するという過程でよく調べられている例としてはPPE, PCなどがある。たとえばPPEでは図 2-6に示すように370℃付近で80%程度が転位反応をし、その後、脱水反応を伴って徐々に炭化が進む。炭化するということは脱水素が進むことを意味しているが、脱水による脱水素が300-500℃程度の比較的低温で起こり、反応は脱水側に傾いているのに対して、段純な脱水素は600-800℃程度で進み、非水系の気相中では平衡定数は脱水が進む方向ではない。従って一般的には、高分子中に酸素があり、六員環を形成しやすい構造をとる高分子は炭化が進むことになる。
図 2-6 炭化の過程(例:PPE)
芳香族高分子に有機リン酸エステルを混入すると炭化物の形成が促進される。代表的な有機リン酸エステルは以下のTPPやBBCなどが代表的なものである。
図 2-7 代表的な有機リン化合物
有機リン酸エステルが芳香族ポリマーの炭化促進に効果があるのは、エステル結合が切れる時に高分子を脱水させるからと考えられる。たとえば、PPEを800℃程度にすると図1-19に示したようにC/Hは10程度になる。このC/H比が10という状態はどの程度の炭化状態であるかをモデル炭化物で図 2-8のように仮定する。
図 2-8 炭化物のモデル
中心にベンゼン環を一つおいた状態をn=1として、その回りにベンゼン環が8つ取り囲んだものをn=2とするとnとベンゼン環の数M, 炭素および水素はそれぞれ下式で示される。
詳細な計算は式を用いれば良いが、おおよそC/H=5の場合はn=5, C/H=10の場合はn=10である。実際にn=10の図を書こうとするとその膨大なベンゼン環の数に驚く。具体的に予想される炭化物の構造をFactorが示しているので、参考までに数にそれを示した。
図 2-9 Factorの示した表面炭化層の構造
燃焼は普通、酸素不足の中で進むので、炭化物の量も多いが、酸素濃度が高くなると炭化物の生成も抑制される。
図 2-10酸素濃度に対するチャーの生成量 (PU/H)
3.1. なぜ、難燃化するのかについての一般的な解釈
3.1.1. 気相の酸化反応抑制
既存の難燃剤というのは大きく分けて5種類ほどある。
気相での反応は主として炭化水素がラジカル的に酸化される反応であり、知られている素反応だけで50程度ある。それらを簡単にまとめると、図 2-1に示したようにメタンが水酸基、あるいは活性酸素によって徐々に酸化されて行くと考えてよい。

この簡単な酸化スキームは重要なことを教えてくれる。それは気相のラジカル反応を抑制して難燃化するということは毒性ガスを発生させることと同様であるということである。アルデヒドも毒性があるが、それより一酸化炭素は猛毒である。従って、ハロゲンのように気相で燃焼を阻止しようとするとどうしても煙や毒性物質の発生が増大する傾向にある。一方、気相での反応の抑制は有利な面がある。それは表 2-1に示したようにラジカルにしても、より速い反応をすると考えられているイオン性の化学種にしてもその濃度が極端に薄いということである。つまり気相での反応抑制には僅かでも強力なものがあれば難燃化ができることを示している。つまり、難燃剤としてのハロゲンの成功はそこに求められる。

ハロゲン系難燃剤が気相の反応を抑制しているデータは多い。たとえばプロパンのような気体の燃焼をハロゲン化合物が抑制することを示す図 2 2はハロゲン元素の電子雲の大きさなどとも対応がついている。また、オキシ塩化リンなどの活性なリン化合物、金属錯体なども気相の燃焼を抑制する()。


ところで第二次大戦中に発見された「ハロゲン化合物と酸化アンチモン」の組み合わせ(相乗効果)は素晴らしいものであるが、これも発見された後、十年以上経ってそのメカニズムが解明された。

特にハロゲンと酸化アンチモンが反応する温度領域が広いので、プラスチックの種類にかかわらず効果を示す。着火時のプラスチックの温度はそのプラスチックの分解温度に近いのでプラスチックによっては100℃程度も差がある。もしハロゲン化合物と酸化アンチモンの反応が比較的高温であれば「一部に効果のある難燃剤」ということになり、その場合は難燃化は配合の問題では無かっただろう。

一般的に化学反応は不安定なほど反応性が高いのが普通であり、難燃性も同じであり、それもあって他種類のハロゲン化合物が研究・製造された。ダイオキシンの問題が発生する以前ではデカブロと呼ばれるハロゲン化合物がよく使われたが、ダイオキシンと構造が類似し、燃焼後にすこしダイオキシンが発生するということで忌避されている。


3.1.2. 具体的な高分子の構造と燃焼性

前章で高分子の構造と難燃性について基礎的な勉強をしたが、復習をかねて少し具体的な材料について整理をしてみる。Van Krevelenらが調べた高分子の単位構造と炭化物形成の係数はすでに表 2-3のように与えられていて、高分子の構造が決定されれば難燃性も決まる。確かに1,2の例を実験してみると難燃性はおおよそ予測できることが判る。
実際にプラスチックが燃焼して炭化するという過程でよく調べられている例としてはPPE, PCなどがある。たとえばPPEでは図 2-6に示すように370℃付近で80%程度が転位反応をし、その後、脱水反応を伴って徐々に炭化が進む。炭化するということは脱水素が進むことを意味しているが、脱水による脱水素が300-500℃程度の比較的低温で起こり、反応は脱水側に傾いているのに対して、段純な脱水素は600-800℃程度で進み、非水系の気相中では平衡定数は脱水が進む方向ではない。従って一般的には、高分子中に酸素があり、六員環を形成しやすい構造をとる高分子は炭化が進むことになる。

芳香族高分子に有機リン酸エステルを混入すると炭化物の形成が促進される。代表的な有機リン酸エステルは以下のTPPやBBCなどが代表的なものである。

有機リン酸エステルが芳香族ポリマーの炭化促進に効果があるのは、エステル結合が切れる時に高分子を脱水させるからと考えられる。たとえば、PPEを800℃程度にすると図1-19に示したようにC/Hは10程度になる。このC/H比が10という状態はどの程度の炭化状態であるかをモデル炭化物で図 2-8のように仮定する。

中心にベンゼン環を一つおいた状態をn=1として、その回りにベンゼン環が8つ取り囲んだものをn=2とするとnとベンゼン環の数M, 炭素および水素はそれぞれ下式で示される。

詳細な計算は式を用いれば良いが、おおよそC/H=5の場合はn=5, C/H=10の場合はn=10である。実際にn=10の図を書こうとするとその膨大なベンゼン環の数に驚く。具体的に予想される炭化物の構造をFactorが示しているので、参考までに数にそれを示した。

燃焼は普通、酸素不足の中で進むので、炭化物の量も多いが、酸素濃度が高くなると炭化物の生成も抑制される。
