素材プロセッシング・メモ
目次
3............ 分離に関する物理化学... 17
3.2.........温度の尺度とエントロピー(勉強の為に)... 18
3.4.........ニッケルの伝統的な反応の整理... 19
3.5........ ニッケルの表現の統一とそのメリット... 20
1 元素の成り立ちと精錬
1.1 元素の成り立ち
宇宙の元素は、
1) ビッグバンの時に出来たもの
2) 恒星の内部で核融合でできたもの
3) 超新星爆発などの特殊な条件下でできたもの
の3種類に大別できる。ビッグバンでは水素とヘリウム、恒星では酸素から鉄まで、そして超新星爆発などでは鉄より重い元素ができた。
図 1 元素の種類とその成因
Liより軽い重水素、ヘリウム3と4はビッグバンのときに作り出された。約150億年前に宇宙ができた直後は非常に高温の状態だったので、重水素やヘリウムの原子核もすぐ次の反応を下が、急激に宇宙が膨張して物質の密度が低くなったので、質量数の大きい元素が合成されないままビッグバンが終わった。もし、もっとゆっくり膨張して高温が続いていたら、Liなどが豊富に出来たかもしれない。
陽子と中性子は原子核の内部で階層構造をなしているので、陽子と中性子のバランスが適当で原子核の安定性が高い場合、その元素の濃度が高くなる。たとえば図 1に示すように8とか20が「マジック・ナンバー」と呼ばれ、陽子と中性子が共に8個の酸素(O)や20個のカルシウム(Ca)が特に安定性が高く、質量数が同程度の他の元素に比べて存在量が多いのはそれが理由である。
また、鉄は特別な元素で、図 2に示すように核のエネルギーが最も安定な元素なので、核反応が熱平衡状態の場合には最も多く存在する元素となる。また一番、安定しているので、鉄より大きい元素は通常の恒星内の核融合では出来にくい。
図 2 原子核のエネルギーと質量数
一般的にはFeより原子番号の高い元素は不安定である。それは陽子の数が多くなると、陽子のプラスの電荷どうしが反発して不安定になる。たとえば、ヘリウムは2つの陽子と2つの中性子で安定しているが、ウランは92ヶも陽子があるので、中性子が146あるウラン238でも多少不安定で、中性子が143のウラン235は核分裂しやすい。もちろんそれより中性子の少ないウランはほとんど存在できないぐらいに不安定になる。
一方、恒星内部でFeより重い元素ができる機会は少ないのに、宇宙には重元素が多い。それらは大きな質量を持つ恒星の寿命が尽きたときにおこる超新星爆発の時の高温・高密度の条件下で生成すると考えられている。
軽元素から重元素が出来ていく反応は多種多様であるが、代表的なものを次に示した。水素は4つ融合してヘリウムになり、ヘリウムは3つ融合して炭素になる。このように原子核が融合してより原子番号の大きな元素が生成する。
核反応 名称
1. 4 1H ---------> 4He H燃焼
2. 3 4He --------->12 C He燃焼
4He + 12 C ----->16O
3. 2 12 C --------->20Ne + 4He 重イオン反応
2 16O --------->32S
32S --------->56Fe e プロセス
4. 56Fe ---------> 各種の原子核 + n(中性子) g -プロセス
地球は約46億年前に出来たと推定されているが、もちろん地球の宇宙の一因なので、地球をつくっている元素の組成も宇宙の元素組成と類似している。ただ、水素やヘリウムは地球の大きさとの関係で、重力が小さく、すでにほとんど宇宙へ飛び散って無くなっている。
図 3 地殻の元素(Feまで)
地上の多い元素は、炭素、酸素、アルミニウム、ケイ素、カリウム、カルシウム、鉄などであり、それらはあるいは地殻を形成し、生物の体に取り込まれ、また人間が人工的な材料として使用している。
図 4 Feより重い元素の存在比(地球)
Feより重い元素は特徴的な組成をしている。特に白金属や金、銀などの割合が少なく、貴金属と呼ばれる。白金属元素はウラン235の核分裂で比較的多くできる。またバリウムやストロンチウムも核分裂によって生成する。
1.2 鉱石と製錬
地球が誕生したときには大気中に酸素がなかった。生物は酸素を使わない種が誕生し、全体的には還元雰囲気にあったとされている。
生物が37億年前に誕生すると、徐々に光合成などの働きで酸素の濃度が高まってくる。はじめは海に溶けていた鉄が酸化されることで消費されていたが、やがて海の鉄が全て酸化され、酸素は徐々に大気中に放出されるようになる。酸素濃度がある程度に成ったのは15億年ほど前で、そのころから酸素を活動源に使う生物が勢いを増し、また成層圏では徐々にオゾン層が出来てくる。
図 5 地球の大気の変化
このようなダイナミックな大気の変化の中で鉄は縞状鉄鉱床などとして沈着する。現代、我々の鉄器時代を支えている鉄鉱床はこのようにして出来てきた。それを次にまとめる。
酸素と鉄、オゾン層に関する簡単な地球の歴史
1) 地球の大気には酸素はなかった
2) 生物が太陽からの紫外線を避けながら、深い海中で光合成を繰り返しながら酸素を作っていった
3) 最初は海の中の鉄が酸素を吸収して沈殿した
4) 海の鉄の沈殿が終わり海が今のような青い色になった後、酸素が空気中に出てきた
5) 酸素の濃度が高くなるにつれて酸素は上空の成層圏に達するようになった
6) 成層圏の酸素がオゾン層を作り、紫外線が地表に到達しないようになった
7) 生物が地表にでてきて活動がさらに活発になった
8) 光合成をする植物が増えたので、それを食べる動物が生まれた
図 6 縞状鉄鉱床の山(カナダ)
海底や浅瀬に沈着した鉄鉱床はやがて地殻の運動で隆起し、その姿を陸上に現す。白い石灰質の部分とやや茶褐色の鉄が多く含まれる部分が交互に存在したこの鉱石は生物の死骸とも密接に関係していると考えられている。
図 7 縞状鉄鉱床の光学顕微鏡写真
石油石炭が大昔の生物の死骸であることはよく知られているが、鉄鉱石も生物活動が大きく関係していたことはそれほど知られていない。地球の歴史は海底のプレートが移動するような大きな動きと、小さな生物が活動することによって生じたさまざまな現象が関係している。特に鉄鉱床の成因などを勉強することは地球の歴史、環境、エネルギーなどを知る上でとても大切な事である。
鉄以外の銅、亜鉛、鉛、スズなどの多くの金属や、アルミニウム、希土類元素など金属として使われる土類に近い元素はさらに多様な成因を持っている。その中で特に銅は日本にも足尾銅山、別子銅山などの大きな銅鉱山があり、かつては日本は銅の輸出国でもあった。
図 8 別子銅山付近の地質
別子銅山の「層状含銅硫化鉄鉱鉱床」は、海底の火山活動によって吹き出た熱水から黄銅鉱などの硫化鉱物が沈殿してできた。これらの日本の銅鉱山はすでに枯れ、現在は日本の銅の40%以上はチリから輸入され、チリは銅の産出量が世界一である。
銅の鉱石の種類も多いが、代表的なものとして、自然銅(Cu),黄銅鉱(おうどうこう、CuFeS2),斑銅鉱(はんどうこう、Cu5FeS4),赤銅鉱(せきどうこう)、Cu2O, 孔雀石(くじゃくいし、Cu2(OH)2(CO)3)などが知られる。銅は標準還元電位が高く、そのために還元された銅が山肌に出ることもある。
足尾銅山は1610年に発見され、徳川幕府の財政を支えた。1877年には、古河市兵衛の経営(福川財閥)となり、鉱山の近代化に成功、産銅量約42トンだったものが1270万斤に急増した。大正初期には、足尾町の人口が栃木県内で、宇都宮に次いで2番目となり、東洋一の銅山として栄えた。それとともに足尾銅山からの鉱毒は渡良瀬川沿岸の田畑1200余町の広さに及び何年間も収穫がなかった事件も足尾銅山の鉱毒事件として有名である。 最盛期の人口は37000人であり、現在3700人に減少している。
図 9 足尾銅山の歴史
足尾銅山の歴史を振り返ると資源と環境に関して深い考察ができる。
第一に、江戸時代における平均採掘量が年平均541-590トンであったこと、活発な採掘が行われたときの採掘量が1,000-1,500トン程度であったことに注目する必要がある。すなわち足尾銅山閉山までの採掘量の総計は824,510トンであり、江戸時代が149,374トン、明治時代以降が675,139トンであるので、江戸時代の平均採掘量が継続した場合の平均寿命は1,400年程度、採掘が順調の時の平均寿命は550年程度である。
江戸時代からすでに400年を経ているので、平均採掘が継続した場合でも、平均寿命は残り1,000年、採掘が順調に進んだ場合、明治以来の採掘量を明治以降に行われたと仮定すると寿命は450年となる。
江戸時代の消費速度は500-1,000年程度で足尾銅山規模の資源が掘り尽くされることを示しており、たとえば「持続性社会」という概念を考えると、通常、1万年単位で議論しなければならないが、その場合、江戸時代においてもその消費速度すら持続性社会と整合性を持たないことになる。
足尾銅山の採掘量を基準とすれば江戸時代も持続性社会では無かった!!
第二は、明治以来の採掘量の変化である。明治以来の増産は2段階で行われ、7,000トンレベルと15,000トンレベルに分けることができる。第一回目の増産後の7,000万トンの採掘が継続した場合には寿命は約100年であり、15,000トンレベルの採掘の場合には40年程度となる。すなわち、足尾銅山における銅の増産はその寿命が早期に尽きることを前提で計画されたことを示している。ちなみに、現在の日本の銅の使用量は年間およそ180万トンであるから、その3分の1を足尾銅山から供給を受けたとした場合、1年以内に消費する計算になる。
資源に関する歴史的評価が重要であるのは、この例で判るように、日本のような大規模地下資源を有しない国にあっては江戸時代のように消費速度が低い時期であっても、継続的な資源供給は期待できないこと、また資源の枯渇が明白であっても採掘量を減少することが困難であること、そして現在の消費速度はそれらの歴史的評価とは数桁異なるほど大規模であることが判る。環境問題や資源節約が議論の対象となるとき、「江戸時代に戻れば持続性社会が到来する」という定性的な考え方が述べられるが、具体的な例では、この考え方は成り立たないと考えられる。
足尾銅山が辿った道程はぺルーツが簡潔な表現でまとめているように、非持続性資源枯渇の問題が生じたのは19世紀以降であり、約500万年前に誕生した人類が僅か200年間で消費しようとしているという指摘と合致する。このことは資源枯渇という概念は、近代工業社会に特有の概念ではなく、より一般的なものであることを示している。
図 10 日本に輸出しているチリの銅鉱山の写真
銅資源を考えるとき、もう一つ「環境の南北差別」について注意する必要がある。足尾銅山公害事件はかつて大きな社会問題であった。もともと鉱石や原油の中には「人間にとって有用なもの」と「人間にとって有害なもの」がある。現在の日本にはほとんど鉱物資源がないので、外国の鉱山から産出したものを購入するが、その時、環境に悪い影響を与えるもものは現地においてくる傾向が強い。チリの銅山でもイオウや砒素など銅とともに掘り出させる毒物で環境は汚れている。日本人の「環境」とは他国を汚して自分の周囲だけ綺麗にするものが多い。
1.3 乾式製錬と平衡
天然資源で「人間が使える形でそのまま算出」する資源は少ない。ほとんどはさまざまな元素と混合して産出するし、鉱物は堅い岩石のような状態で出てくる。機械的にすこし砕いても元素まで砕くことはできない。また鉱石の多くは酸化物や硫化物になっているので精錬が必要である。
製錬には、水を使って精錬をするか(湿式製錬)と渇いた状態で精錬をするかの2つの方法があり、渇いた状態で精錬するのを乾式といい、普通は温度が高い条件で処理される。まず、乾式精錬の概要とそこで使用される用語を簡単に整理する。乾式精錬の手法は、まず、鉱石を掘り出し、それを、砕き、さらに、溶かすことによって欲しい元素と他のものを分ける。主として、乾式精錬では、銅や鉛をイオウ、酸素、塩素などと反応させて、反応のしやすさの程度で分離していく方法と、金属の揮発性の差を利用して蒸留のような方法で分離する方法がある。
乾式精錬の利点は、溶けた金属は動粘度(粘度/密度)が水より小さく、表面張力が低いので、扱いやすいことが上げられ、短所としては、高温で処理するので、取り扱いや材料が難しい事が上げられる。乾式製錬で使用される標準的な温度は温度の高い場合としてCu(1100℃), Ag(1000℃), Sb(700℃)があり、低い金属として Sn(300℃), Pb(400℃),Zn(500℃)がある。
英語で話をするときには単語をまず覚えなければならないように乾式製錬の時にも乾式製錬で使用される用語を覚えないと情報をとることが出来ない
マット (matte)
●硫化物が炉内で溶けてできる均一融体
●特に、Cu, Ni精錬で重要、Pbの精錬でも出る
●代表的硫化物 Cu2S, Ni3S2,FeS、PbS, ZnS
●有名な銅のマット Cu-Cu2S-FeS1.08-Fe
●自溶炉Cuマット: Au28.4g/t, Ag243g/t, Cu59.3%, Fe16.0%,
S22.8%, Pb0.59%, Zn0.57%
スパイス(speiss)
As, Sbが溶けた人工的な融体
●スパイスはマットより金属的性質が強い
●Pb精錬では、スラグ、マット、スパイス、粗Pbの4つの
相が生成し、分離が困難である。
スラグ (slag)
● SiO2, Al2O3や不純物など酸化物が溶融混合して
均一融体になっているもの。
● 「粗金属を作るためには良いスラグを作れ」と言われる。
● 「やっかいものだが重要」といわれる。
● 非鉄金属の代表的スラグ
FeO-SiO2, FeO-SiO2-CaO, FeO-SiO2-Al2O3
乾式製錬でイオウや酸素を用いて金属相互の分離をするもっとも基本的な関係は図に示したように、活量や分圧を変えて元素の状態を変更させ、それによって分離する事である。グラフの尺度に常用対数を用いると、一目盛りが10倍の比率になるので、直感的にそれぞれの存在比がわかる。
図 11 乾式製錬に関係する元素のイオウ、および酸素の付加(1300K)
すでにこの稿の読者は理解しているとは思うが、図 11にピンとこない場合は、熱力学の初歩の平衡をすこし勉強した方が良い。金属の乾式製錬、特に非鉄金属の乾式製錬でも鉄が多く含まれる鉱石が多いので、鉄の平衡を知っておく必要がある。鉄の硫化物と酸化物の平衡は、
で示され、(3-8)式以外はすでに図 11に示した線で平衡状態を理解することができる。
また金属同士でイオウや酸素のやりとりをして「置換」的に「還元」する方法があり、たとえば、硫化鉛に還元された鉄を加えると、図の平衡に従って還元された鉛がでる。
硫化鉛をいったん酸化鉛、硫酸鉛にして、その後、もう一度、硫化鉛と反応させて還元された粗鉛を得る方法もある。
興味があったら、これらの一つ一つの方法を覚えても良いが、それよりも、鉱石をどうして製錬しているのか、それにはどのような考え方があるのかを理解する方が有用だろう。
反応を伴う乾式製錬には、酸素を使った酸化製錬と、イオウを中心にして操作する硫化製錬があり、その典型的な例として、鉛をあげる。
【酸化製錬】
【硫化製錬】
もう一つの方法は沸点の差を利用する方法である。一般的な分離の常識から言うと、沸点の差があり、蒸留が有効ならそれが一番良い。蒸留は気体と液体にの区別をしやすく、気体も液体も流動しやすい、さらに相平衡は可逆なので装置が複雑になるのを厭わなければ製錬の為に要するエネルギーを最小にすることが出来るからである。図 12に塩化物の沸点を示した。多くの金蔵は還元状態、酸化物、硫酸塩などは沸点が高く、塩化物、硫化物の沸点が相対的に低い。そこで塩化物で蒸留する場合が多い。
図 12 塩化物の沸点
ここで示した乾式製錬の科学は全体像のほんの一部ではあるが、それでも基本的なところは理解できたと思う。最後に、亜鉛の溶鉱炉製錬法のプロセス図を示す。勉強する場合、理論的なことも大切だが、プロセス図を一度、自分の手で書いてみることも有用である。工学は理学的に明らかになったことを現実のものにする学問だから現実から離れた勉強は工学としては欠点があると言える。亜鉛の精錬の図を一度、自分の手で書いてみることを勧める。なおこの節は非鉄製錬の権威である、阿佐上先生、粟倉先生のご著書などから引用させて頂いた。
図 13 亜鉛溶鉱炉製錬法(ISP)
2 分離のしくみ
2.1 分離装置と分離ユニット
目の前にある分離装置は蒸留塔であれ大型の篩(ふるい)装置であれ、混合物が入って分離して出てくる。そのために装置全体が一つのものとして分離を行っているように見える。しかし実際には一体に見える「物質」にもそれを微視的に見れば小さな単位「分子」があるように、分離装置も小さく分解していけば必ず「分離ユニット」に到達する。物質の性質がそれを構成する分子の種類によって特定されるように、分離装置の効率は分離ユニットの性能によって決まる。
「分離ユニット」とは蒸留での「棚段」であったり、バッチ式の濾過器のような“目に見える”分離ユニットもあれば、吸着分離やゾーンメルティングのように“目に見えない”分離ユニットもある。目に見えないからといって分離ユニットが存在しないと言うことではない[1]。自分の目の前にある分離装置の「分離ユニット」が見えなければ分離効率の上昇などは、まったくおぼつかない。
図 14 分離ユニットを見つけるための典型的な2種類の分離ユニットの参考例
一つの分離ユニットには「供給」「反応」「分別」「脱離」の4つの素過程がある。ここではより具体的に解説を加える目的で、吸脱着分離を例にあげることにするが、分離を研究している人や工場の分離の効率を改良しようとしている人は自分が対象としている分離の場合に当てはめて考えてほしい。吸脱着では図15のように吸着剤のある分離ユニットに、ABの二つの化合物を供給する。その中からAを吸着させ、Bが液に残る。これが「反応」の過程になり、この場合は吸着反応である。そして濾過などの方法でまずBを除き(分別)、しかる後にAを取り出す(脱着)。
図15 分離ユニットの基本となる4つの素過程
この4つの素過程は1つ1つ分かれていないが、分離プロセスによってはこの内の1が致命的な問題点を含んでいることもあるので、やはり4つに分けて考えるべきであろう。
図16 4つの素過程と分離ユニット
4つの素過程が1つの分離ユニットとしての機能を果たし、取り出した成分の間には分離係数(α)が認められる。
2.2 分離係数
分離の原動力は分離ユニット内の4つの素過程にあるが、その中でももっとも注目されるのは「反応」の過程で「分離がよくできる、できない」という話はこの反応の過程のことを指す場合が多い。分離ユニットへの原料流の流れ(F)と濃縮流(P)および減損流(W)の関係は図17のように示される。
図17 分離ユニットの原料流、濃縮流および減損流の流れ
分離係数(α)は濃縮流と減損流の間の組成の比をとる。時には「原料の組成に対して濃縮した組成がどの程度であるか?」ということが問題となることがあり、その時には原料流と濃縮流の組成の比をとって「頭分離係数(β)」を示すこともある。
分離ユニットの基本4過程のなかで、Aを強く吸着し、Bをまったく吸着しない場合には一般的に良い分離結果が得られることが多い。しかし基礎的な分離研究の場合とは違って工業的な分離ではAがあまり強く吸着すると脱着の過程でAを脱着させるために膨大な溶媒を必要とし、著しく効率が悪くなる。これは「工業的な分離は基礎的な分離と違う」と言う事の一つの例であり、分離にはあまり常識を働かせない方がよい。
2.3 分離装置を流れる総流量
分離装置は設計者が意識しているか否かな別にして、いくつかの分離ユニットがくみ合わさって構成されている。分離ユニットを組み上げた時の分離装置内の液の流れを図18に示した[2]。
図18 分離ユニットの組み合わせの流れ
この様な組み合わせの分離装置をもっとも効率の良いように作るにはどうしたら良いであろうか。まず分離装置にかかる費用を少なくするためには、第一に「装置が小さい方が良い」、第二に「分離に要する電力やスチームを減らしたい」、ということである。
分離ユニットの機能を最大限に使い理想的に分離を実施できる装置を仮想的に考える。このような装置を「理想カスケード」という。理想カスケードを理論計算する上での計算仮定は、
1. いったん分離ユニットの中で分離したものは装置の中では混合しない。
2. 分離したものは「濃縮流」と「減損流」に分け、いらないものは外に捨てるということはせずにプロセスはクローズとする。
というものである。最近では工場の外に大量の脱着水を流すなどということは許されないので2。の仮定も必要になってきたが、少し前には2.を前提にしない分離理論もあった。
上記の2つの仮定をもとに分離ユニットを自由に組み合わせて理想的な形の装置を作ったら、どのような形になるかを理論的に求めた。2%ほどの純度の製品を99%にし、1%で廃棄する場合を図19に示す。
図19 理想的な分離装置の外見(形そのものが分離装置の外形を示していることに特に注意)
図19は仮想的なものではなく、実際の分離装置を外側から見た形を描いたものであり、もっとも分離効率の良い装置分離装置の外形はずいぶん妙な形のものであることがわかる。この装置の中の分離ユニットに流れる総流量(ΣL)は図17で示した1つの分離ユニットに流れ込む供給流(F)と分離装置の中の分離ユニットの数(Un)の積で決まる。
(1)
分離装置の中を流れる総流量はその分離装置の大きさに比例する。総流量を上記の仮定1及び2のもとで理論計算すると、次の式が求められる。
(2)
ここで、fは分離係数から1を引いた「濃縮係数(ε)」を用いて下式で示される。
(3)
また、Valは原料、製品、廃棄物の濃度によって決まる函数で式(4)で書ける[3]。
(4)
分離装置の総流量を決めるこの3つの式はある意味での分離の本質を表している。第一に分離装置の大きさは分離ユニットそれ自体の頭分離係数(β)のような「科学的性能(f)」の項と、どのような原料からどの程度の製品が欲しいか、といった「人間の欲望にかかる項(ΣL)」の二つにはっきりと分かれていることである。
20%の原料から90%の純度の製品をとり5%で廃棄する分離の仕事を100万円で請け負っているとする。ある時に依頼主が「純度を95%にあげてくれ」と言ってきたらどの程度の値上げを要求するべきであろうか? 分離装置は同じで、分離ユニットの分離係数も同一とすると式(2) で科学的性能の支配する項fは変わらないのだから、変化のあるのは「人間の欲望の項」のみである。理論計算では160万円ということになる。
式(4)で理論的に計算された仕事の量は「分離作業量;SWU; Separative Work Unit」と呼ばれるもので、同じ製品でも90%純度の1kgと95%純度の1kgとでは分離作業に要する労力が異なるからである。分離作業量を決めるのは製品の純度だけではなく、廃棄物のなかの割合にも関係し、その単位はkgではなく、作業の重みをかけた”kgSWU”をいう単位を使う。
このような理論的な決め方をするとお客さんとのトラブルが減るとともに、実際の工場の運転などでは廃棄側の組成をどの程度にすれば経済的に優れているかを定量的に計算することができるので大変重宝である。また、分離の大変さというのは分離の選択性という「自然界のもの」ばかりでなく、必要とする組成という「人間の欲望」が絡んでいることを認識する必要もある[4]。特に基礎的な分離研究の場合、研究者によっては「性能が悪い」と嘆いているのを聞く。よく話を聞いてみるとあまりにも純度の高いものを求めていて、分離の性能自体は十分に期待通りになっているのに”V”の項の問題であることに気づいていない。
2.4 非能率な分離装置
式(2)が成立するのは完全に理想的な装置を製作できた場合のみである。完全に理想的な装置とは図19に示したように外形が曲線の装置である。このような装置は大変作りにくい。普通には蒸留であれ吸着であれ外形的には長方形の装置が製作される。
基礎的な分離分析の分野でもたとえばガスクロマトグラフィーのように細い線状のものでよくよく横から見るとやはり「長方形」をしている。分離装置の外形が長方形をしていると理想的な形から離れるので、分離装置の中ではいったん分離したものが再び混合する。これを「逆混合」と呼ぶが、せっかく分離したものを混ぜるのだから分離の世界ではもっとも嫌われる。それでは分離装置の外見が箱形になったらどの程度逆混合が起こるかというと、大ざっぱにいって理想的な装置の外形に箱形の装置を重ね合わせ、だぶっていない面積分が損をすると考えてよい。図20の(b)がそれである。もちろん定量的に詳しく求めるときには理論計算をする事をお勧めする[5]。
図20 箱形に分離装置を作ったために損をする割合
分離のコストがプロセス全体にとって大したことがなければ問題がないが、たとえば1000円する製品の何割かが分離のエネルギーや設備投資にかかっているような場合にはこの損失は馬鹿にならない。要求される純度などによるが2、3割は逆混合がある場合が多い。プロセス中の分離に要するコストが2、3割減少すると工場のコストにとってかなり助かることがあるのではないか。
しかし、「何が不能率か」という問題は難しい。生産工場ではコスト優先であるが、分離する量などはどうでもよい、とにかく純度が高い製品を得たい、ということもある。短時間で目的の純度が得たい、という場合もある。そのような場合には箱形の装置の頭の部分を尖った形「釣り鐘状」にすると純度の高いものが早く得られる。箱形の分離装置と先端が尖っている分離装置を用いたときの分離速度の差を図21に示した。
図21 分離装置の形が箱形の時(置換型)と先端が尖っている時(溶離型)の分離速度
分離速度は先端が尖っているときの方が遥かに優れている。その変わり尖頭型では時間と共に濃度が下がる。濃度を犠牲にして分離度を高めた結果とも言える。
この様に分離装置の外形は分離の目的に合わせて選択する。多くの工業的な装置では箱形が作りやすいので蒸留塔や吸着塔は箱形で建設される。しかし逆混合の損が大きい場合には分離塔を3つ程度に分けて「ステップ状」にすると良い。そうすると図20の(c)で見るように理想的な形との「だぶりの差」が少なくなる。
また、装置の外形がどうしても理想の形にできないときには、装置の中を流れる目的物の濃度を連続的に変えて理想の外形と同じような状態を作ることができる。たとえば供給部に近いところでもっとも濃度を高くしておき、装置の先端の方で濃度を下げれば結果として理想的な装置の流れと同じ状態ができる。この場合は液全体の流れや濃度の低下による不能率があるが、分離効率という点だけでは最適の状態にやや近づくことができる。
2.5 分離に必要なエネルギー
分離にかかる労力や費用を少なくする点では、設備(総流量と装置の大きさ)と並んでエネルギー消費が注目される。たとえば蒸留塔の下部のリボイラーにスチームを供給したり、上部の還流器には冷水を流す必要がある。吸着の時にはポンプの動力や分離装置の外での溶媒との分離にかかるエネルギー、さらに膜分離ではコンプレッサーやポンプの動力が必要である。分離にかかるエネルギーはいったいどういう構成になっているのだろうかについて次に考察する。
分離の基本的なエネルギーは
① 分離のエントロピー
② 分離ユニットで分離物質を相互に接触させたり、分離機能材を通過させるに要する移動エネルギー
③ 分離物質の形態、化学的状態及び相変化をもたらすための量論的エネルギー
④ 付帯設備のエネルギー
の主に4つに分類される。
①の分離のエントロピーは次式で示されるが多くの場合直接的に問題になることはない。
(5)
主たるエネルギーに②の「分離ユニットで分離物質を相互に接触させたり、分離機能材を通過させるに要する移動エネルギー」がある。吸着分離の場合には吸着塔にポンプで分離液を送るが、これは分離ユニットに分離物質を送ることを意味している。膜分離の場合にはより直接的にコンプレッサーやポンプの動力としてエネルギーを消費する。このエネルギーは分離装置の総流量に比例するので、一つの分離ユニットを通過するエネルギーをeSUとすると、
(6)
である。分離装置の総流量は装置の大きさ、すなわち設備費も左右するし、同時に分離エネルギーの大きな部分に直接的に関係していることが分かる。ΣLは分離係数に対して式(2)は近似的に、
(7)
となるのでエネルギー消費は分離ユニットの分離係数に大きく依存する。特に膜分離のプロセスの場合にはこの②のエネルギーが大半で分離係数の2乗に反比例するエネルギーを要する。従って膜分離では分離係数をできるだけ大きくすることが必要となるが、分離係数を大きくするには膜を物質が通過しにくい方向になるので、分離ユニットの圧力損失を高める結果となる。
これに対して吸着分離などの「平衡分離」と呼ばれる分離の多くは③のエネルギーが支配的である。平衡分離の分離の駆動力は「化学的に異なる状態の物質相互の関係」である。たとえば蒸留では気相と液相、溶媒抽出では溶媒和しているものとしていないもの、という具合である。従って分離するためには化学的に異なる状態を作る必要があり、これが③のエネルギーになる。化学的エネルギはそれぞれの分離装置によって多少異なるが、本質的には分離するものの「量」に比例した化学量論的に必要とされるので、分離量(D)が分離ユニットの濃度(C)と体積(V)に比例するので[6]
(8)
③のエネルギーは分離係数とは
(9)
の関係にあり分離係数の1乗に反比例する。
膜分離のような強引な分離を「不可逆分離」と言い、平衡分離を「半可逆分離」と呼ぶが[7]、エネルギー的には半可逆分離の方が有利である。
3 分離に関する物理化学
この章ではぶんりに関する
3.1 温度の尺度
水の状態図の三重点を基準にすると絶対零度は273.16℃であるが、氷点は0.010℃低いので、絶対零度は273.15℃となる[8]。温度計として使用する物質による温度決定の誤差を無くすためにCarnotサイクルをもとにして熱力学的温度目盛りを決める[9]。
ある分子群の分子の数をN, その分子群のエネルギーをEとすると、Boltzmann定数(k)を用いて絶対温度Tは
(1.1)
であり、Boltzmann定数は、
(1,2)
である。次章でこのBolzmann定数は温度尺度が特別な時に必要される定数で本質的な数値ではないことを示す。
1Kのもつ1振動子、及び1モルの平均エネルギーは、
(1,3)
(1,4)
であるので、
1[℃]=1[K ]=8.3144[J・mol-1]
温度の単位をkJ/molとするとR(気体定数)は1.0となり、気体定数はいらない。つまりRは温度(K)の単位の取り方が特別であった(またはエネルギーの単位の取り方が特別だった)ことから「エネルギー単位と温度単位をつなぐ補正係数」が必要になったからに他ならない。これまで気体定数を忘れて試験に失敗した学生には誠に申し訳ない。もともと「気体定数」は英語のgas constantの日本語訳であるが、気体定数と言う表現が悪く「温度補正係数」とでも名付ければ良かった(??)。
ところで、J/molという単位は強さの単位(示強性変数の単位)かエネルギーの単位かがわかりにくいので、一つの電子が持つ電気素量
(C:クーロン) (1,5)
であるので、
(1,6)
である。ボルト(V)の定義は「1Cの電荷を運ぶのに1Jの仕事が必要な電位」(J/c)である。従って、温度とボルトの関係を考慮すると
1[℃]=1[K ]=8.3144[J・mol-1] =0.086[mV]
となる。また、絶対零度というのは温度目盛りを付け間違った為に273.15℃などの半端な数になっているが、新しい単位ではもちろんゼロ、つまり
-273.15℃= 0 J/mol = 0 mV (1,7)
である。これはつまらないことのように見えるが、例えば、次の理解に役立つ。
表 1 温度と電位の換算表
「電気分解は素晴らしい。室温で金属ができる」という感動的な話があるそうだが、1000℃はたったの0.1Vだから、当然のようでもある。このように単位を統一するということは物事が判りやすくなる。
3.2 温度の尺度とエントロピー(勉強の為に)
エントロピーの単位はcal/deg・molで初学者にはわかりにくい単位である。この単位と「エントロピーは無秩序さの尺度である」という説明は合致していない。例えば、298,15KにおけるCO(一酸化炭素)のエントロピーは47.20 cal/deg・molで、それに対して0Kでは46.2低く、絶対零度に於けるC0のエントロピーは、1.0 cal/deg・molとなる。
COは非対称な化合物なので、理論的にはCOと並んだ場合とOCと並んだ場合があるので、エントロピーは
(1,8)
である。理論計算が1.4 cal/deg・molなのに、実際は1.0 cal/deg・molであるということは絶対零度に至るまでの間に平衡にならなかったか、あるいは容器の壁との関係でCOの集団にある程度の規則性があることを示している。NOの場合には2つのNOが対称的な構造をもつ2量体を作るので、絶対零度のエントロピーは1.5 cal/deg・molとほぼ理論値に近い。
しかし、1.4とか1.0とかの値には何の科学的意味はない。もし、1.4という数に意味を持たせようとしたら、水の氷点と沸点をなぜ100で割ったのかということを考えなければならないからである。しかし、COの絶対零度のエントロピーと水の氷点などは何の関係もないし、まして100で割るという人為的な操作に思いをはせなければならないのは不合理である。
これは温度の尺度の取り方の問題であり、もし、前章のようにとれば、気体定数はない(もしくは1.0??)ので、
(1.9)
という統計的に意味のある数値が使える。この数値はまさにエントロピーの説明と合致するし、この尺度でのCOの実際のエントロピー0.495はWが1.64であることも判るので、直感的に、82%のCOが無秩序に並んでいることも暗算できる。
3.3 溶液平衡の単位の統一
溶液反応の単位の統一は比較的簡単で、伝統的に用いられている液電位、pH, 錯形成定数、イオン交換定数、溶解度定数、及び溶媒抽出係数、物理的吸着などは、すべて類似している。そこで、これらは、次の表のようにまとめることができる。この表では個別の平衡反応定数をすべてμで表記している。Δがついているのは何かの標準状態を0にとっていることを示す。また記号でμの肩に0がついているのが物質に固有の平衡定数であり、ついていないほうは溶液の状態(活量)を示す。
表 2 平衡反応式の統一的表現
これらの換算式を採用し、単位をkJ/molで統一すると、伝統的な単位との関係は次のように示すことができる。ただし、温度と圧力はまだ判らないところがあり、下表は少しおかしいように思う。これは今後の研究に委ねる。
表 3 示強性変数の単位の統一
3.4 ニッケルの伝統的な反応の整理
溶液中のニッケルの状態は湿式精錬などで詳しく研究されているのでこの系に統一した表現を導入してその効果を調べる。既に教科書レベルであるが、まず伝統的な表記方法を批判してみる[10]。まず一番基本的な「電位-pH」図を示した。
図 22 ニッケルのpH-Eダイヤグラム(このような図は汎用される)
電位が高いと電子が不足してくるので、プラスイオンになりがちであり、pHが高くなるとOHが増えるので水酸化物になりがちであるというわかりやすい図である。しかし、③、④、⑤の傾きがどういう意味を持つか気になる。この平衡関係を式で示すと、
表 4 伝統的記述方式によるニッケルの平衡反応式
反応
平衡反応式
①Ni2++2e=Ni
E=-0.24+0.030log
②Ni2++ 2H2O= Ni(OH)2+2H+
pH=6.37-0.5log
③Ni(OH)2+2H++2e=Ni+2H2O
E=0.14-0.059pH
④Ni(OH)3+H++e= Ni(OH)2+ H2O
E=1.48-0.059pH
⑤Ni(OH)3+3H++e=Ni2++ 3H2O
E=2.23-0.177pH-0.059log
この表を見ると、③の直線傾きが、0.059で、⑤の傾き(0.177)はその3倍であることがかなり感度の良い学生なら判るかも知れない。また、3倍という数字が出てきたことから、それはH+とeの係数の関係であることも理解できる。しかし、傾きの意味を直接理解することは少し難しい。8.314*298.15*2.303/96500=.059は電気化学を少しでも学んだものにとっては懐かしさを感じるくらい何度もお目にかかっているが、これを思い浮かべる人もそろそろ居なくなりそうである。
それに反応式と平衡の式が何となくリンクしていない。少なくとも直接的にはつながっていないので、初学者は「反応式は反応式、平衡式は平衡式」と理解するしかないだろう。
3.5 ニッケルの表現の統一とそのメリット
平衡反応や単位を統一した表記方法でニッケルの溶液の状態を勉強する。統一された示強性変数Jを
(1)
とすると。反応式と平衡式は表 5に示すように完全に同じ表現になる。
表 5 統一的な表現によるニッケルの平衡反応式
化学反応式(kJ/mol)
そのまま書いた平衡式(kJ/mol)
①Ni2++2e=Ni-46.32
②Ni2++ 2H2O= Ni(OH)2+2H+-72.66
③Ni(OH)2+2H++2e=Ni+2H2O+13.5
④Ni(OH)3+H++e= Ni(OH)2+ H2O+142.8
反応式と同じ
⑤Ni(OH)3+3H++e=Ni2++ 3H2O+215.2
反応式と同じ
表 5から判るように反応の化学式と平衡式は全く同じ(本来同じ物)なので、平衡式はわざわざ書かなくても良い。活量が1.0のものはすべて0になるので、それを整理して表現するときは必要である。また、初学者は固体や沈殿物、有り余るようにある物の活量がなぜ1.0であるかを理解することができないので、まず「そういう物だ」と覚えることになる。これをどの時点で学生に教えるかはまた別途検討する。結局、活量が1.0の場合、それに該当する示強性変数はJはJ=0となるので、それを除いて平衡式を書くと表 6になる。
表 6 示強性変数Jで示した平衡式
反応(kJ/mol)
省略した平衡式(kJ/mol)
①Ni2++2e=Ni-46.32
Je=-23.16-0.5
②Ni2++ 2H2O= Ni(OH)2+2H+-72.66
Jh=36.33+0.5
③Ni(OH)2+2H++2e=Ni+2H2O+13.5
Je= 13.50- Jh
④Ni(OH)3+H++e= Ni(OH)2+ H2O+142.8
Je =142.8- JH
⑤Ni(OH)3+3H++e=Ni2++ 3H2O+215.2
Je=215.2-3 Jh +
この式に基づいて描いた図を下に示す。反応式を示された後、これまでの作業で化学的知識を必要とされるのは、図の直線がぶつかったところから先にどの直線を活かすか、ということだけである。
図 23 Jで示した平衡図
図 23のように両方の軸の目盛りを同じにしたものは今までも作られているが、多少進歩しているのは、単位がJ/molになっているので、切片から直接、反応のエンタルピーを読みとることができる。また、伝統的な電位-pH図に対して横軸が縮小されている。その結果、直線の傾きはそのまま電子とプロトンの反応比を示している。つまり、③、④の傾きは1であるので、電子とプロトンの関係は1:1であることがわかり、⑤は傾きが3なので1:3であることが直接理解できる。もちろん、0.059などという数も出てこないので、気体定数もファラデー定数も覚えなくても良い。
また、この図の良いところは、実験でなにかを変更するときにその範囲がどの程度かを直感的に理解できることだと思う。つまり、我々が電位(E)を0.3ボルト変更する範囲とpHを3だけ変更する範囲はどの程度の違いがあるか、直感的には分かりにくいが、このように単位を統一しておくとすぐ判る。このようなことは「温度の尺度」のレポートで検討したように、温度と電位の場合に著しいが、他の示強性変数の場合も有効であろう。
しかし、まだ解決できない点がある。それは例えば直線①は②、③と一点で交わっているところで終わっている。どうしてそれより右側に伸びないのかを合理的に説明する必要がある。
図 24 本来、平衡図は論理で作図できるか?
つまり、図 24は電子とニッケルイオンの2つの軸を採ったものだが、それを無作為に線を引くた場合である。そして、領域毎に平衡線から平衡的に存在すると考えられる化学種(線が5本なので5つ)をとると、右に示したようになる。これらの関係から単純かつ合理的に領域に於ける化学種を決めることができていない。これからの課題として残されている。
参考文献
[1] 武田邦彦、「分離のしくみ」 共立出版(1988)
[2] Cohen, K., “The Theory of Isotope Separation”, National Nuclear Energy Series, Div. Ⅲ, Vol.1B, McGraw-Hill Book Company, New York (1951)
[3] Benedict, M., “Nuclear Chemical Engineering”, McGraw-Hill Book Company, New York (1957)
[4] 武田邦彦、科学と工業、Vol.68, No.4, p.170-174 (1994)
[5] 妹尾 学、武田邦彦ら、“分離科学ハンドブック”、共立出版 (1994)
[6] Spedding, F. H. and J. E. Powell, J. Am. Chem. Soc., Vol.77, p.6125 (1955)
[7] King, C. J., “Separation Processes”, McGraw-Hill Book Company, New York (1951)
[8] G.N.Lewis and M.Randall, “Thermodynamics”, McGRAW-HILL BOOK COMPANY,INC., (1961)
[9] 原島 鮮、“熱学演習―熱力学”、(昭和54年)、裳華房
[10] 粟倉、“湿式精錬”