人生の損得


 人間は子供の頃から何となく常識として頭に入っているものがあります。普段の生活で私たちは一つ一つのことの善悪や損得をあまり考えずに、無意識のうちに行動します。しかし、私たちが無意識のうちに考えていることでも、自分が成長してきたり、環境が変化するとその通りにすると調和しなくなることがあります。そうなると「なんか変だ」「何かおもしろくない」「俺の人生はこんなものでは無かったはずだが?」と思うようになり、充実した生活を送れなくなります。

 私たちが無意識のうちに覚えている価値観の内、学生や若い人がつまずくものを2,3挙げてみましょう。

 人間は「自分の為」では頑張れない?!

 人間は時として頑張らなくてはならない時があります。また普段のちょっとしたことでも頑張らないとズルズルとしてしまうことがあります。例えば、学生が朝起きることなどがそれに当たります。学生はとかく夜更かしをしますから、朝起きるのはとても大変で、苦痛を感じるものです。朝の授業の先生がうるさく、1回でも遅刻すると単位をくれない、しかもそれが必修科目だ、ということになると何とか起きることができますが、先生が甘かったり、授業が午前中は無かったりしますと、生活のリズムが乱れるのは判っていても朝キチンと起きることはできません。

 このように人間は何か強制力が働かなければ行動できないという特徴があります。サルは朝、8時に朝食を出して8時半に引き上げると、必ず8時には起きてきますが、8時に餌を出して11時まで食べられるようにすると、11時少し前に起きて来るということです。人間も学生もサルも同じということになります。

 私たちは「頑張る」のは自分の為だ、と思っているでしょう。しかし、それは本当ではないのです。不思議なことに人間は「自分の為」には頑張る力がでず、「人のため」なら力が出るのです。なぜか、という理由はとても難しいと感じています。おそらく人間は私たちが考えているほどには「個人」が独立しているのではなく、「集団」で生活する動物なのでしょう。確かに群をなす動物と、熊のように一匹で生活する動物が居ますが、私たちは一人ではすぐ寂しくなります。

 それでは「誰の為に頑張る」のが最も楽でしょうか?私の経験では「子供、家族のため」が比較的、容易に頑張れます。多くの母親もそうで、自分だけの朝食はかなり手を抜きますが、子供や家族に食べさせようとするとかなり頑張って朝食を作ってくれます。それは「損得」とか「役割分担」という感じを少し越えています。昔の学生は親が苦労して学費を出してくれたので、「卒業したら出世して親を楽にさせて上げよう!」という気持ちがあり、学業に頑張ることができました。今は、親は親で裕福に暮らしているのが判るので、とてもそういう気持ちにはなりません。勉強して良い成績を取れば、自分の人生がある程度良くなることが判っていても、それでは「頑張ること」はできないのです。その意味で現代の学生が頑張るには相当の努力が必要と言うことになります。


 人生は楽しい方が良い。どうしたら楽しいか?

 人生は楽しい方が良い、ということは誰でもそう思っています。それでは「どうしたら楽しい生活を送れる」のでしょうか? 最も理想的と思うのは「何にもしないで、部屋で寝ていたら天井からお金が振ってくる」ということでは無いかと思います。

 しかし、実はそれは人生を一番楽しくなくさせるというのですから人生というのは不思議なものです。

 人生を楽しくする方法(全く意外ですが)

忙しい
その割にはお金が入らない
不満や言い争いが少ない

です。全く意外と思います。人間は忙しいのが一番で暇な状態が最も苦痛です。忙しいのもできれば2割はつきあいなど対人的に忙しく、8割はものを相手にしているので忙しい、というのが一番良いようです。対人関係があまりにも中心になると、こじれてきて疲れますし、またものだけを相手にしていると寂しくなります。そして、働いてもあまりお金が入らないのがよいのです。働いてお金が入ると、働きたくなくなります。働かないと暇になり、本人には判らないのですが、不満が溜まります。

 この様な場合、不満が溜まる理由が本人にはよくわからないのが特徴です。まさか、「同じように働いて、お金が少ない方が良い」などと考えもしないからです。しかし、「お金が多い方が良い」と考えるようになったのは、日本では少し前のことで、それまでは日本人はこう考えていました。

 …スイスの遣日使節団長アンベールが幕末に日本に来たときに、自国の職人の回顧と共にこう言っている。

「(日本では)若干の大商人だけが、莫大な富を持っているくせに更に金儲けに夢中になっているのを除けば、概して人々は生活のできる範囲で働き、生活を楽しむためにのみ生きているのを見た。労働それ自体が最も純粋で激しい情熱をかきててる楽しみとなっていた。そこで、職人は自分の作るものに情熱を傾けた。彼らには、その仕事にどれくらいの日数を要したかは問題ではない。彼らがその作品に商品価値を与えたときではなく、かなり満足できる程度に完成したときに、やっとその仕事から解放されるのである。」

 そして家族と日々の労働は次のようなものでした。(イライザ・シッドモアの旅行記から。1884年からしばしば日本を訪れる。)

 「日の輝く春の朝、大人の男も女も、子供らまで加わって海藻を採集し浜砂に拡げて干す。……漁師のむすめ達が臑をまるだしにして浜辺を歩き回る。藍色の木綿の布切れをあねさんかぶりにし、背中にカゴを背負っている。子供らは泡立つ白波に立ち向かって利して戯れ、幼児は楽しそうに砂のうえで転げ回る。婦人達は海草の山を選別したり、ぬれねみになったご亭主に時々、ご馳走を差し入れる。暖かいお茶とご飯。そしておかずは細かくむしった魚である。こうした光景総てが陽気で美しい。だれも彼もこころ浮き浮きと嬉しそうだ。」

 これらの描写が産業革命後のイギリスを描写した次のエンゲルスの書とあまりにも違うことに驚かざるを得ません。

 「貧民には湿っぽい住宅が、即ち床から水があがってくる地下室が、天井から雨水が漏ってくる屋根裏部屋が与えられる。貧民は粗悪で、ぼろぼろになった、あるいはなりかけの衣服と、粗悪で混ぜものをした、消化の悪い食料が与えられる。貧民は野獣のように追い立てられ、休息もやすらかな人生の楽しみも与えられない。貧民は性的享楽と飲酒の他には、いっさいの楽しみを奪われ、そのかわり毎日あらゆる精神力と体力とが完全に披露してしまうまで酷使される。」

 私たちは日本という格別の国に産まれたにも関わらず、すっかり西洋文明の悪いところを取り出し、良いところを捨てて生活をしています。そしてそれに気づかず苦しんでいるのです。