逝きし日の面影

 

 環境問題の解決にはもう一つの方法がある。それは日本の文化、つまり、ものにそれほどの価値を見いださない文化を思い出すことだろう。その意味では江戸時代末期に日本に来た、多くの外国人の手記や旅行記が役に立つ。

……スイスの遣日使節団長アンベール
「若干の大商人だけが、莫大な富を持っているくせに更に金儲けに夢中になっているのを除けば、概して人々は生活のできる範囲で働き、生活を楽しむためにのみ生きている・・・彼らには仕事にどれくらいの日数を要したかは問題ではない。彼らがその作品に商品価値を与えたときではなく、かなり満足できる程度に完成したときに、その仕事から解放されるのである。」

……カッテンディーケ
「日本人が他の東洋諸民族と異なる特性の一つは、奢侈贅沢に執着心をもたないことであって、非常に高貴な人々の館ですら、簡素、単純きわまるものである。すなわち、大広間にも備え付けの椅子、机、書棚などの備品が一つもない。」

モース「日本人の住まい」
「鍵を掛けぬ部屋の机の上に、私は小銭を置いたままにするのだが、日本人の子供や召使いは一日に数十回出入りをしても、触っていけないものは決して手を触れぬ。」


リサイクルを中心とした環境に関する一つの提案

 以上の解析を通じて学問的に最も妥当な考え方を示しておく。

1) リサイクルはゴミを減らしたり、資源の節約にはならないことを学問的にも実際にも明らかにしておく。最低限、リサイクルをしてもせいぜい10%程度の効果しか見込むことができず、循環型社会は成立しないことを明確にする。
2) 「あらゆる動物を対象として、何かの障害がでるまで投与量を増加させる試験」を行えば、天然のものも含めてすべての化合物は有害物質になることを明確にし、「有害物質」という概念の代わりに「暴露の量」を用いて、より正確な有害物評価をすること。
3) 日本には工業資源が少ないこと、食料の自給率が低いことを認識し、将来、国際的な資源枯渇と食糧危機がくることに対する国民的コンセンサスを得ること
4) その上で一般廃棄物のリサイクルを中止し、国土的見地から、全量分別せずに回収して焼却し、資源を備蓄すること(人工鉱山)。それ以外にも資源備蓄基地を作ること
5) 自然との共存、食糧自給率をあげるために「日本国土の自然復帰」「愛用品のふるさと運動」を展開し、都市における舗装の削減とを進め、田畑の確保、埋め立てによる国土の増加などの抜本的な環境改善を行う。
6) IT産業とのタイアップによって移動距離の少ない社会システムを作る。(電子移動社会)
7) 日本は日本の環境と資源を守るのに全力を挙げることを理論的にも実際的にも明確に認識する。
 しかし現在の日本人の認識やマスコミの報道から、おそらくこれらの論理的問題は次世代以降にその解決が委ねられるだろう。

【マラリアと環境運動家から「白い悪魔の粉」と言われたDDT】
沖縄タイムズは、「戦争マラリア 集団疎開で子どもを失った 識名清さん(90)が「生きる喜び忘れないで」と題する記事でつぎのようにマラリアの悲惨さを伝えています。
「南風見で疎開生活を始めて一カ月もたたないうちに、マラリア感染者が出る。高熱と悪寒に苦悶(くもん)する患者に与える特効薬はなく、ヨモギやバショウの葉を煮詰めた熱さましを飲ませるのがやっと。マラリアは瞬く間に疎開者にまん延し、抵抗力の弱い児童たちは次々に倒れていった。
識名校長が石垣島の旅団長に直訴し、ようやく帰島許可が出たのは七月下旬、沖縄の地上戦が終わって一カ月後のこと。約四カ月間で、南風見では二十二人の児童を含む八十五人がマラリアの犠牲に。マラリアは感染者が波照間島へ戻ってさらに猛威を振るい、六十六人の児童が亡くなった。
沖縄の代表的な風土病として恐れられてきたマラリア。八重山では開拓農民らが二百年以上も致死率の高い悪性マラリアとの闘いを強いられてきた。中でも三千六百人余の犠牲者を出した戦争マラリアは、戦時下の軍隊の本質を露呈する事件として人々の記憶に鮮烈に焼き付けられた。数々の悲劇を生んだマラリアも徹底したDDT散布と住民検査で六二年に患者発生ゼロを記録、惨禍の歴史に終止符が打たれた。(2000年12月27日付)」

 

おわりに

 環境だから、少しぐらい間違ったことを子どもに教えても良い、という錯覚や、多少、数字をねつ造してもよい、もしくは、自分の都合の良いところだけを計算しても許される、という考えが行き渡っている。第二次世界大戦前夜の日本のように、感情が高ぶり、社会的要請があまりにも強い場合に起こる現象である。
 最近ではネクタイを締めない運動、つまりクールビズを霞ヶ関が始め、その結果、冷房温度が少し高めになって二酸化炭素の排出量が減ったと発表された。その発表と同時に新しいシャツの売り上げが急激に増加したとの発表もあった。普通の知識をもった日本人なら、シャツを作るときかなりの石油を使うことは知っており、その石油から二酸化炭素が出ることにも気づく。実は環境省の発表の前日、ある人が、「クールビズといっても役所自らがシャツの売り上げが上がったと言っているじゃないですか。産業が活発になって二酸化炭素が下がるということはあるのですか?」を著者に言ったことを思い出した。
 国民が役所の発表を腹の中でせせら笑うようなことにならないように、しっかりとした環境政策とその評価をして行きたいものである。

 

全編を通しての参考図書
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1. C. Darwin:“On the Origin of Species”, John Murray, London, (1859)
2. Brown H, The Wisdom of Science, (1986), Cambridge University Press.
3. Meadows, D. H., D. L. Meadows, J. Randers, and W. W. Behrens Ⅲ; The Limits to Growth, p.124, Universe Books, New York, USA (1972).
4. スウィフト J(中野好夫訳), ガリバー旅行記, (1985), 新潮社.
5. オルテガ著、桑名一博、「大衆の反逆」排水社 (一九九一)
6. マックス・ウェーバー(尾高邦雄訳):“職業としての学問”,岩波書店, (1982)
7. 渡辺京二,「逝きし世の面影」葦書房 (一九九八)
8. 増子 曻、「金属」サイアス p.76-79, (2000年4月号)
9. 石井吉徳、「市民のための環境学」愛智書房、(2001)
10. 武田邦彦、「エコロジー幻想」、青春出版、(2001)
11. 武田邦彦、「二つの環境」、大日本図書 (2002)
12. 武田邦彦、「何を食べれば安全か!」青春出版、(2004)

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 第十四回 終わり