ナノテクから考える(その2)
不燃物のサイズと燃焼性
高分子が溶融してさらに温度が上がり、400-500℃の領域の燃焼温度に達した時でも高分子溶液はある程度の高い粘度を保持していることがあるので、混錬する不燃性の無機粒子の粒径を可能な限り小さくすると、粒子と粒子の間の間隙が小さくなり、その結果、表面に無機粒子の層が出来るとそれ以上は内部の分解生成物が噴出しなくなるのではないか、との考え方がある。簡単に言うと図 19に示したように大きなフィラーでは表面に粒子の間の隙間が出来るが、フィラーの粒径が小さいと隙間が小さいこと、また表面を覆うために必要な量が少なくてすむと期待できることなどがある。図 18は粒子間表面を計算してナノスケールの粒子の場合、どの程度の無機粒子を添加すれば表面を覆うことが出来るかを計算した結果である。
図 19 無機粒子が溶融高分子表面を覆うモデル図
図 20 分散粒子の粒径と表面を覆うことが出来る厚み
このような基礎的な概念のもとで1997年にアメリカの国立研究所を中心としてポリアミドにカオリナイトなどの層状無機化合物を加え、層間に極性の高い高分子を挿入して有機無機ナノコンポジットを作ると少ない添加量で極めて高い燃焼抑制が可能であることが報告された1 )。この報告はかなり衝撃的だったので、日本でも盛んにナノコンポジットを応用した難燃化の研究が行われ、ヨーロッパにおける最近の難燃化研究の8割はこの種のナノコンポジットの研究であると言っても過言ではない。
基本的にはポリアミド、ポリスチレン、ポリプロピレンなど臭素系難燃剤を添加する方法以外では難燃化が難しい高分子材料に対して、ナノコンポジットになる無機層状化合物を数%添加することによって燃焼速度を低下させようとするものである。確かに図 21に示すようにポリアミドにclayを添加することによってコーンカロリメーターの発熱速度が減少しており、その添加量も2-5%と現在良く使用されている難燃剤の添加量に対して数分の1である。
図 21 Clay-nanocompositeの難燃性(polyamide)
最近ではClayなど初期に研究されたものに加えて、水酸化マグネシウムなどを併用する研究やカーボンナノチューブの研究などが盛んに行われている。カーボンナノチューブなどを使うと燃焼後の分解した高分子がナノチューブに絡んだ構造のものが得られており(図 22の右の写真)、このような構造のものが出来れば燃焼性を阻害すると考えられる。一方、従来からナノコンポジットによる難燃化の性能が疑問視されているように、樹脂部分の燃焼速度が本当に低下しているかという問題がある。
すなわちUL試験のように現実に試料を縦に置き、消炎の時間を測定するような燃焼の試験においてはナノコンポジットの材料はそれほど優れた性能を示さない。一方、コーンカロリメーターのような横置きで熱量を測定するような試験方法では図 21に示すように優れた結果が得られる。この問題をどのように考えるかはヨーロッパとアメリカの業界を巻き込んだ政治的問題でもあるので、今後の評価は難しいが、図 22の左の写真に示すようにナノコンポジットの燃焼状態を観察すると高分子材料自体が燃焼しにくくなっているのではなく、無機物と燃焼残渣による不燃性の固まりが材料表面を覆い、燃焼表面積を低下させているだけとも言えるのである。
図 22 カーボンナノチューブと燃焼残渣の混合物(左)とClay型コンポジットの燃焼状態(右)
おそらくナノサイズの無機材料を混合することによって素晴らしい難燃材料ができるのもそれほど遠い将来ではないだろう。そのためには、どのようにしてナノサイズの無機材料を親油性のプラスチックに分散するかという基本的な矛盾も解決しておかなければならない。
著者らは「擬分相多孔体」を合成し、その表面に触媒を担持して少量で難燃化する材料を探求中であるが、有機無機ナノコンポジットを燃焼抑制に応用しようとしているが、粒子の粒径が小さくなると燃焼時の上昇気流によって表面に出来たナノ粒子の層が崩壊し、樹脂の表面から空気中へ飛散して層の安定性が著しく悪いという結果を得ている。しかし、その過程でポリスチレンなどの親油性プラスチックに100nm程度の無機粒子を単分散させることに成功し、これはこれで優れた材料特性を有している。
おわりに
「安全・安心」が社会の関心事の一つになってきた今日、火災は交通事故や転落事故に次ぐ大災害として注目しなければならないものの一つである。特にアメリカやヨーロッパの火災による犠牲者が年々減少し、1970年代においてのアメリカの火災による犠牲者は日本の約4倍であったのに、現在ではアメリカが一年当たり3,500名、日本が図 23に示すように2,200名とかなり接近してきている。
図 23 日本における火災による犠牲者の推移
日本の火災による犠牲者が増大しアメリカは減少していることの理由は、1)アメリカは消防に対する社会的認知度が高く、消防士に対して社会は明確な尊敬の念を示している。このようなことが火災の防止に対する国民的な関心を高めている、2)アメリカと日本を比較すると住宅の高層化や交通機関の近代化についてアメリカが一歩先んじていたために、アメリカの火災による犠牲者が時期的には先に増え、日本が最近追いついてきた。日本も住宅の高層化などが進んできたので火災による犠牲者が増加した、3)日本の難燃化を担当している産業界の技術者が日本の住宅における火災の防止にその研究の主力をおくのではなく、工業製品の輸出のためにヨーロッパなどの環境基準にあった製品を開発している。火災は住居の状態などで違うので日本人の命を守る研究は日本の住宅などを対象としなければならない、4)ヨーロッパやアメリカでは一つの自治体に注目しその自治体の消防情勢にあわせて住宅の安全基準を定める傾向にあるが、日本は本質的な安全を追求し水際で防止することについてはあまり関心がない、5)日本は昔から火事に対してそれほどの恐怖心を持っておらず、むしろ火事を一つの文化として捉える傾向がある、などが考えられる。
日本難燃材料学会を運営した経験のある著者の感想としては日本の技術者が日本の住宅の火災の防止より工業製品の輸出に関わる研究に熱心であるということがもっとも大きな問題ではなかろうかと考えている。科学や工学は世界の人類のために存在するとは言っても自分の国の危険性が高まっているのにそれでも輸出を優先した開発を継続するのはやはり技術者の基本的態度として問題であろうと考えられる。
また本来、難燃材料は火災による犠牲者を少しでも少なくすることを目的とするものであるが、リオデジャネイロで行われた世界環境会議での予防原則によって多くの犠牲者を出したことを考えると、環境、安全、安心ということ自体がきわめて複雑で困難な課題であるという貴重な経験をしたと感じられる。
謝辞
本研究を行うに当たって、名古屋大学21世紀COEプログラム「自然に学ぶ材料プロセッシングの創成」、科学研究費補助金(基盤研究(B)一般:能動防御材料による工業製品の信頼性と耐久性の向上研究)、NEDO(次世代高密度化実装部材基盤技術研究組合よりの再委託:低誘電率有機層間絶縁材料の能動防御による性能向上に関する研究)およびNEDO(住友ベークライト㈱よりの再委託:エポキシ樹脂の非臭素・非燐系難燃化技術に関する研究)に多くのご支援を頂いた。ここに深く感謝申し上げる。
参考文献
1) T. Kashiwagi, et al, Polymer, 881(2004)
終わり