皮膚の原始的な防御
1. 受動防御
動物の皮膚は体の最外郭を構成しているため、外部との相互作用によって頻繁に損傷を受ける。例えば切傷、擦傷などは日常的におこる物理的損傷であり、同じ類のものに雷撃傷、電撃傷などがある。また、やけど、日焼け、薬傷などはどちらかというと化学的損傷である。
切傷などは生体が部分的な細胞増殖を行うことによって修復し、日焼けなどで生じたDNAの損傷は分子レベルの化学反応によって高分子を修復する。自然との関係を勉強するためには外傷の修復と化学的修復は表裏一体であるが、まだこの分野の学問(人工的材料との関係)は成熟していないため、多少化学的修復に重点を置いて説明を加える。
図 1 皮膚の構造と防御
原始的な単細胞動物でも紫外線に対して多彩な防御機能を持っていることは地質学的な知見から充分に納得性がある。皮膚の高分子の防御機能は「応答性受動防御」と「非応答性ならびに応答性能動防御」からなる。
応答性受動防御とは外界からの劣化因子(この場合は紫外線)に対して材料が前駆体から防御物質を合成し(応答)、防御するシステムをいう。皮膚を防御する応用性受動防御の例がメラニンの生成と防御である[1],[2]。
図 2 メラニンの応答性受動防御の反応ルート
図 2に示したように、紫外線の刺激によってチロシンが遅い反応で水酸化され、キノン型の構造を経て重合し、メラニン(酸化型メラニン色素:メラニンポリマー)を生成する。この反応が開始されるトリガーは紫外線であり、それがメラノサイト(色素生成細胞)の中のチロシナーゼを活性化させることによってメラニンが生成される。メラニンは紫外線吸収、ラジカル捕捉、電子伝達系の防御などを行っている。
しかしメラニンはまだ化合物としては単離されていないので、その性質や紫外線の吸収スペクトルなどは詳しく判っていない。
2. 能動防御
メラノサイトは1mm2に1,500細胞がありそこでメラニンを大量に生産するが、それでも紫外線による組織の損傷を完全に防ぐことは不可能である。なにしろ無限ともいえる紫外線が降ってくるので、全てを防御することは非常に困難なのである。
細胞の材料の損傷も広範囲に及ぶが、その中でも代表的なものとしてDNA中のチミンダイマーの生成がある。補修様式は動物によって異なるが、非哺乳動物では非応答性能動防御で、哺乳動物では応答性能動防御で修復を行うのが普通である。
もともと生物は、大腸菌などの単細胞生物から人間のような複雑で高度な機能を有する生物に至るまで、細胞の機能にはそれほど違いはない。したがってその複雑な機能を保持するためには微妙な生命活動が必要であり、少しでも損傷すると決定的な打撃を受けることがある。
例としてこれは遺伝的なものであるが、ヘモグロビン鎖の一つのアミノ酸(β鎖の6番目のアミノ酸)がグルタミン酸からバリンに変っただけで赤血球の形が鎌形に変化し、強度の貧血になってしまうという事例がある。そのためほぼ30才で寿命を終わることもある。
このようなことから、紫外線による損傷が起こると、直ちにその補修を行う必要を生じる。したがって、生物は材料の補修を連続的に行うことになる。
大腸菌のようなものでも多数の複雑な修復系を持っている。現在の人工的な材料は高度に発達したといってもかなり単純な構造をしているので、それと比較するとまったく防御の概念が異なっていることがわかる。
表 1 大腸菌の能動防御系
表 1は大腸菌の修復系をまとめたものであり、チミンダイマーの修復系が4種類、DNAが架橋構造をもった場合の修復が2種類、そしてアルキル化された場合が3種類ある。それぞれの修復系の詳細は今後整理をする予定である。
図 3 大腸菌の非応答性能動防御システム
図 3は大腸菌の光回復によるチミンダイマー補修系である。紫外線によってDNA上の2つの隣接したT(チミン)の二重結合が開いてラダー状の結合を形成する [3],[4],[5]。このような構造ができるとDNAから転写する時に間違った情報が伝わるので生物にとっては致命的な損傷になりかねない。
そこで、300-500nmの波長の光によってMTHFとFADH-を励起させ、そこからの電子をチミンダイマーに注入してラダー構造を開裂させる。
このシステムは人工的材料の自己修復研究に重要な3つの知見を与えた。第一にこの能動防御システムは完全に非生命的であり光化学反応としてよいこと、第二にチミンダイマーを検出して修復するのではなく非応答性であること、そして第三に太陽の光(紫外線)で劣化した構造を同じく太陽の光(可視光線)で励起した物質を使って修復することである。
第一の特徴は後に述べるが自己修復でも、研究を始めている"lifeless living materials(生命を持たない生命活動体の研究)"にしても「命」と「生命活動」は別種の概念であることを教えてくれる。また、第二の特徴は膨大な高分子の中で起こった欠陥を「検出せず、行き当たりばったり」で修復することができることを教えている。さらに第三に、一般的にも生物はきわめて合理的な活動システムを持っているが、この場合も太陽の光が強いときにはチミンダイマーが多く発生し、その時には可視光で励起される修復物質が多く生成するようになっている事である。
このような現象を整理していくことが徐々に新しい材料の発見につながることが期待される。
名古屋大学 武田邦彦
参考とした文献など
1) 西村栄美:月刊メディカル・サイエンス・ダイジェスト, 28(14), 565 (2002).
2) 市橋正光, 佐々木正子編:生物の光障害とその防御機構, 共立出版, 135 (2000).
3) 日本分子生物学会:DNAの構造と動態, 丸善, 31 (1989).
4) 海老原熊雄:DNA異変と修復, 丸善, (1989).
5) 武田邦彦:応用科学学会講演録, 東京工業大学 (2002.11.8) .