― 数平均分子量と重量平均分子量 ―
昨年の暮れからかなり長い間、自己修復の話をしてきた。まだ途中ではあるが、高分子の自己修復で一番重要なのは主鎖の修復、つまり分子量の回復である。「劣化」というと色がついたり、汚くなったりすることを思い浮かべるが、材料としての高分子でもっとも致命的なのは主鎖が切れて材料としての強さがなくなることである。
このシリーズでも主鎖の修復を主に整理をしてきた。高分子というのは分子量が何万、何十万という長い鎖なので、その鎖がどの程度長く続いているか、つまり「分子量」がとても大切な概念であり、また数値なのである。
高分子以外の多くの分子は、「分子量」というのはひとつと決まっている。酸素分子の分子量は酸素が2つ結合しているので32であるが、酸素が3つ結合したら「オゾン」と称する別の分子となり、分子量が48の酸素という分子ではない。つまり酸素という分子は酸素原子が2つと決まっていて、分子量が32の酸素と48、64などの酸素があるわけではない。
ところが高分子は違う。高分子は「単量体」という単位で出来ているが、これが1つなら高分子と呼ばない。英語ならmonomerと言い、仮にこの分子量を104とする。Monomerが2つ結合しているものをdimerと呼び、分子量は208である。さらに3つ結合するとtrimerになって分子量は312という訳である。
どのくらい続くと高分子(polymer)と言うか、おそらく世界的には決まっているのだろうが、私のように30年も高分子の研究をしていても、あまり気にしたことがない。かなり長く続くと高分子で良いのだろうな、少なければoligomerという呼び名もあるし・・・という程度である。
いずれにしても高分子の場合には「スチレン」という単量体(monomer)が2つ結合すると「スチレンダイマー」、3つ結合すると「スチレントリマー」、そして100も結合すると「スチレンポリマー」となり、化合物の名前は変わらない。分子量だけが変わる。
厳格でうるさいことばかりを言う昔の化学会がよくこんな変な呼び名を認めたものである。分子量の違う化合物を同じ名前で呼ぶのだから。ともかくそうなり、我々は分子量が違っても基本的な構造が同じなら一つだけ名前を覚えれば良いことになったのである。
それは便利になったが、一つ困ったことができた。それは分子量の違う化合物が混合しているので、その分子量をどのように決めるのか?ということである。分子量が小さく、時には単量体と同じものも混じっているし、大きな分子量のものもある。高分子によっては希に「単分散」というものがあり、これは分子量が単一の数値のものであるが、珍しい。普通は「分布」を持っている。
たとえば身長が1メートルの人1人と2メートルの人1人がいるとすると、その平均は1.5メートルで、これは誰でも暗算ができる。次に1メートルの人2人と、2メートルの人3人という事になると、暗算では少し難しい。全部で5人で、身長は人の「重み」をかけて1×2+2×3=8を求め、8を5で割って1.6メートルを得なければならない。こんな事は小学生でも計算できる。
でも、この平均を求める操作を一般式で求めようとすると多少高級な数学がいる。ある団体に注目して、その団体の身長(x)がどの程度の人が何人という「分布」を調べる。この分布を「分布関数」といい、たとえばfで示す。fはxの関数だからf(x)と書くと、身長の分布を求める一般式は次のようになる。
分母が分布関数そのものを積分したもので、普通には「全部で何人」という数になる。120センチの人が10人、150センチの人が20人、170センチの人が12人とすると、分布関数fは10、20、12となるからそれを全部積分すると42となる。つまり分母の積分値はこの時には42である。
分子は、分布関数にその分布関数の時の値をかけるから、10×120が120センチの人、20×150が150センチの人・・・というようになる。それを全部、足したのが分子である。これが普通の平均で、高分子の場合も、分子量が1万の分子が1億個、2万の分子が3億個、3万の分子が2億個などと測定してそれを上の式で計算する。
高分子の場合、これを「数平均分子量」と呼んでいる。分子量1万の分子が1ヶ、2万の分子が1ヶあると、平均の分子量は1万5000という訳である。普通の平均の取り方である。
高分子ではもう一つ平均の取り方がある。それは「重量平均分子量」と呼ばれるもので、式は次のように書く。
多くの技術者は式を覚える。その式の意味や導入過程などを理解するのは「損だ」と思うらしい。だから「重量平均分子量」というのは「数平均分子量」とどこが違うのですか?と質問すると、「定義が違います」とか「式が違います」などとつまらない返事が返ってくる。
私は企業で研究を指導したり、大学で教鞭を執ったりしたので、このような経験を良くするのだが、そんな時、相手が内容を知らずに学問をしていることを恥じて誤魔化しているのか、それとも本当に「式が違います」というのが答えと思っているのか、判らない。聞いても絶対に答えない。人間は「いや、実は、長年、数平均とか重量平均とかいって使っているのですが、実はよくわかっていないのです」というのには抵抗がある。
でも、研究者によって一定の傾向があるのも確かである。「武田先生は分子量のことを言うときに数平均とか重量平均とかしっかり言わない。あの先生はダメだ」という学生はよくわかっていない。つまり勉強したての頃というのは、自分が覚えたことがとても重要なことでそれを軽く見る人に怒りを感じるからである。彼が初学者であることを自ら白状しているようなものである。
ところで重量平均分子量というのはどういうものだろうか?先ほどの例では、身長が1メートルの人1人と2メートルの人1人がいるとすると、その平均は1.5メートル。1メートルの人2人と、2メートルの人3人という事になると、全部で5人で、身長は人の「重み」をかけて1×2+2×3=8を求め、8を5で割って1.6メートル、とした。これは「数平均身長」である。
重量平均身長では身長の大きい人は目立つし、全体としても大きい。だから「その場の雰囲気」という意味では影響も大きいので、身長1メートルの人が周囲に与える影響を1とすると、身長2メートルの人の影響を2とした方が良い場合がある。
そこで、身長1メートルが1人、身長2メートルが1人いるとすると、この場合の分母は影響度1の人が1人と影響度2の人が1人ということだから、一人ずつでも影響度を考えると、1×1+2×1=3、つまり3人相当ということになる。
次に、分子について考えると、影響度1を持った集団の身長が1メートルで、影響度2を持った集団の身長が2メートルであるから、1×1+2×2=5となる。だから、その平均は5を3で割って約1.7メートルとなる。
ということは重量平均分子量の式がおかしいということにほかならない。実は、重量平均分子量の式は、まず重量によって影響度を考え、その分布 を数の分布から、
と書き、それを使って、
と表記するべきものである。つまり「平均」というものの原理式は常に同じで、分布関数が分母、分布関数に注目する変数を掛けたのが分子であり、その関係は「なに平均」であろうと変わらないのである。だから上のように書くのが正しいが、どうしても関数は同じにしたければ重量平均分子量はせめて、
と書けばまだましである。でもやはり面倒でも一度、これから出そうとする分布関数を考え、それで基本的な平均の式を使った方がよい。
実は、ある時に学生に「数平均分子量と重量平均分子量の意味をよく考えて式を書いてくるように」と言ったら、数平均分子量の式が、
重量平均分子量の式が、
というのが3ヶ月程度たったところで出てきた。どこかの本を見て抜き出して来たのだろう。初学者だからそれはそれで仕方がないし、またこの式も意味はあるが、まずは基礎からしっかり考える方が後々に楽になる。
ところで、1メートルの人2人と、2メートルの人3人という場合を考えてみると、分母は影響度1の人が2人で影響度2の人が3人であるから、全体の影響度は1×2+2×3=8である。分子を考えると、影響度2を持った集団の身長が1メートルであり、影響度6を持った集団の身長が2メートルであるから、2×1+6×2=14となる。よって、その平均は14を8で割って1.75メートルとなる。
重量平均身長では数平均身長の様に単に身長という数値の平均を求めるものではなく、身長が持つ影響度の平均を求めるので、身長が高いことがなにか有利であるという状況では複数の集団のポテンシャルを比較、評価する時、数平均身長より重量平均身長で評価することの方が本質的である。
ということになる。この上の2つのパラグラフは、私が「分子量」というと逃げ回っていた学生の半年後の成長した姿(彼の文章)である。人間は成長して立派になる。
つづく