― 人工材料の自己修復 ナノ粒子の反応 ―

 先回(自然に学ぶ・伝統に学ぶ― 人工材料の自己修復 固体の反応 ―)は固体といえども反応時間を計算してみると、それほど長い時間がかからないこと、生体の自己修復と比較すると、さらに時間的には余裕があることを説明した。今度は少し視点を変えて、もともと固体や液体、分子というのはどういうものかということを考えてみたいと思う。

 ポリエーテルケトンの固体の反応が思いの外進み、並行して研究していた無機ナノ粒子の実験でも進歩があった。「擬分相」という名前を冠して12 nmという小さな粒子の凝集体からなる多孔体の研究で「不思議な現象」が見られた。

 また理屈っぽいことを言うようだが、研究においては「不思議な現象」などは論理的には存在しない。自然科学は自然の現象を相手にするのであるから、「不思議」というのは人間側の話で、自然界としては太古の昔から存在する現象なのである。

 この場合の「不思議」とは「粒子なのに分子のように反応する」ということだった。12 nmのシリカ粒子と粉砕した塩を混ぜて温度を上げていく。そうすると粒子同士が移動して「分相」する。そのドライビングフォースは「粒子同士の均一混合体が自由エネルギー的に不安定」ということであると考えられる。

 しかし、この表現は学問的には正確性を欠く。なぜなら、自由エネルギーの値は分子の集団には当てはまるが、粒子に対して当てはまるか明確ではないからである。熱力学はもともと膨大な粒子の振る舞いを統計的に処理して求めることができるが、その途中で使う分配関数などはおおよそ粒子を対象にしても成立するように思う。

 対象とする系に正しく適応するかは別にして、統計力学を学び、分配関数の式の展開をした経験では対象とするのは分子や原子に限定せず「あるエネルギー分布をもった粒子群」と認識していた。ただ、その粒子が地球ほど大きくても成立するのか、分子数ヶがしっかりとバインドされて一つの粒子と見なせる場合だけなのか、厳密に検討したわけではない。

 実験ではシリカとシリカに親和性の乏しい塩を混合して加熱すると二つに分かれる。温度を上げてナノ粒子を動きやすくすると粒子が本当に動いて溶着する。シリカ粒子同士の凝着力がシリカを移動させるように見える。確かに、シリカの微粒子がある温度以上になると表面の分子同士が移動し、ブリッジをつくる。この時の凝集力はかなり強いからシリカの微粒子が移動しても不思議ではない。

 シリカ粒子の融点以下といっても、微粒子だからすでに溶けている可能性もあると思い、X線で結晶構造を観察すると、まだ固体のようである。つまり少なくともかなりの部分は固体状態にある粒子が移動して「分相」するように見える。そこでこれを「擬分相」と称した。

 「分相」は600 ℃付近から明瞭に観察されるが、上の図のように600 ℃ではまだX線のピークが明瞭に現れている。従って、シリカの粒子のほとんどは固体であると考えられる。それでもあたかも油と水のように分かれていくのだから、不思議と言えば不思議だ。

 微小な固体表面があたかも液体のように振る舞う温度は、融点を絶対温度で示したその3分の2程度であるということを聞いたことがある。どこかの本で読んだ記憶があるがはっきりしない。シリカの融点を1000 ℃程度とすれば(組成によって違うから)、絶対温度で約1273 K。それの3分の2だから600 ℃付近で表面が液体のように振る舞ってもおかしくはない。

 ポリエーテルケトンの場合、溶液系で使用した炭酸カリウムの融点は891 ℃であり、絶対温度で1164 Kだから、その3分の2ということは約500 ℃で表面が液体のように活性があるとも考えられる。実験条件は主に320 ℃で行ったから、粒子の表面が液体のようだったと言うわけでもない。シリカのナノ粒子の経験をそのままポリエーテルケトンに適応することはできないが、一連の研究を通じて、反応速度や微小粒子表面の反応などについていろいろ勉強した。

 油と水を混ぜるとたちどころに2つの相に分離するのは、油は油同士、水は水同士でいるのが良く、水の横に油がいるのはイヤだ、という性質によるものである。主に電気的な偏りによるので、誘電率などで整理できる。仮に表面が油と同じような性質のものでできた椅子と、水がよくなじむ材料でできた机を並べて置いたら、自然に離れていくだろうか?

 もちろん、机と椅子は動かない。水と油が動いて、表面が水と油の机と椅子は動かないのはなぜだろうか?水と油とは小さな分子だから軽いので動けるが、椅子と机は重たいから動かないと答えるのが正しいと思われる。反発する力と動くために必要な力の比較で決まると考えられるからである。

 分子が分かれて、机が分かれないなら、その間はどこにあるだろうか?経験的には何ミリかの直径をもつ粒子は分かれないように思う。ミクロンでも難しい。おそらくは数10ナノメーターの領域のものなら分かれるかも知れない。事実、実験結果から、12ナノメートルのシリカは動くと考えられるからである。

 ナノ粒子の研究では粒子が分子のように動く瞬間や、その時の力のかかり具合などに私は興味があるのだが、学生はどうも違う。なにかナノ粒子が電子装置の役に立つかどうかの方に興味があるらしい。これも時代の流れというもので、「役に立たない学問」がはやらず、「役に立つ学問」がはやる時節である。

 ともかく、いろいろなおみやげを残して自己修復研究の第一段階を終わった。そしてこれからポリカーボネート、ポリエステル、ポリメチルメタクリル酸メチルなどの人工的材料や、天然のもの、伝統的な物へと研究が発展していった。その研究は少しお休みをいただいた後に紹介したい。最近、火災による犠牲者が多く、難燃材料についてのご質問が多いので、難燃材料を紹介する必要があるからでもある。

 自己修復、難燃材料、そしてリサイクル・・・みんな人間がものを使うことによって劣化し、ダメになっていくのをどのように回復し、制御し、そして社会に役立つようにするかという研究である。出口はそれぞれ違っても材料の学問としては同根である。社会にはニーズとシーズがあるが、私の研究は材料の微小領域を物理化学的に考える研究で、それも劣化と回復がほとんどである。その意味では狭いがニーズにそれを合わせるととんでもない領域になることもある。

おわり