― 人工材料の自己修復 PPEの劣化はどうなっているか? ―
大腸菌の自己修復の勉強から始まり、ポリフェニレンエーテルを研究の対象材料に選び、溶液での普通の重合反応、溶液での「生きた」状態での反応、溶液での「死んだ」状態での反応、そして固体の反応、有酸素と無酸素とこれまで行ってきた。
ここまでずいぶん、長い道のりだったし、それによって人工材料が自己的に修復されるという可能性がわかったとも言える。原理的発見はその一部を発見すれば良く、仮説の概念が少しでも正しければ成立する。
19世紀の後半、ドイツのヘルムホルツは「太陽がなぜ光っているのか?」という問題に取り組み、それが重力エネルギーによると結論した。しかし、もちろんそれは間違っていて太陽は核融合反応で光っている。でもヘルムホルツの時には原子核は変化しないと考えられていたのだから仕方がない。
それから30年ほどたってキュリー夫人が原子核反応を発見した。もちろん彼女が証明したのはごく僅かな核種だったけれども、ともかく原子核が変化すること、その時に膨大なエネルギーを出すことは明らかになったのだ。もしこれをヘルムホルツが知っていれば、原子力の詳細がわからなくても太陽のエネルギーが原子核の変換である可能性を考えただろう。
人工的な材料が生命を持つ材料のように自分で自分を変化させることができる・・・このことはすでに証明された。厳密に言うと高分子の学問としてはほぼそれはわかっていたことであり、系統的に整理をした実験を行ったと言った方が良いかも知れない。
対象材料としたポリフェニレンエーテルは劣化する時にさまざまな形態を取る。そのまま引きちぎられるように開裂するものもあれば、転位反応から開裂に至ることもある。ごく普通に考えると下の図のようにポリフェニレンエーテルのエーテル結合が切断されてラジカルが発生する。
また酸素の存在下では側鎖が攻撃されて過酸化物なども発生する。
側鎖の反応を除けば主鎖の切断は直接的にエーテル結合の開裂としても良いが、少し確認する必要がある。なぜなら、それはポリフェニレンエーテルばかりではなく、多くの高分子の劣化というのは非常に複雑だからである。上に示した分解図はポリフェニレンエーテルの分解ルートのほんの一部であり、すべての分解を挙げると膨大になる。
でも、劣化を回復させるという研究は「どのように劣化するのか」がわかっていないとハッキリしない。そこでポリフェニレンエーテルの分解について検討を行った。まず分解生成物の中に含まれる単環体は次のような構造をしていた。
そして温度を変化させて熱分解させると温度に対して次のような分布になった。
温度の変化によってはあまり変化がないが、B1, D1, E1, G1の4成分が主で、そのほかに微量な分解生成物が発生することがわかる。また分解は高分子鎖が徐々に分解するので、最初から単環体が出るのではなく、多環体が発生し、それが徐々に開裂する。次に、二環体を調べてみるとその構造は次のようだった。
温度を変化させて測定すると、下の図のように温度が低い内はF2, H2, E2等が多く、温度が高くなるとC2, D2がほとんどとなることもわかってきた。二環体の構造をよく見ると、単純にポリフェニレンエーテルの主鎖が切断されたとは考えられない構造の物が多く、何らかの中間的な反応を考慮するのが適当であることがわかる。
これから先の長い長い研究はすべて割愛する。なぜなら、あまりにも複雑だからである。熱分解実験を繰り返し、マススペクトロメーターで構造を確定し、さらにコンピュータ・シミュレーションを行って時間と共にどのように分解生成物が変わっていくのかを計算した。たとえば三環体としてどのような結合のものが発生するのかについて調べてみると、下の図の様に計算された。
結局のところ、高い温度ではポリフェニレンエーテルは下の構造になり、それから主鎖の開裂が起こるらしいことがわかった。たとえば500℃近辺の温度ではエーテルが転位してメチレンブリッジになった構造が80%程度あることがわかり、この転位反応は370-400℃付近で起こることも文献から推定された。
温度が低い時には転位反応は抑制されるので主鎖のエーテルが直接切断されるのが主と考えられたが、エーテル結合はかなり強い結合であり、なかなか容易に切断されないようにも見える。このようなことがなぜNMRなどの分析でわからないのかというと、高分子材料の劣化は1000分の1でも決定的なので、NMRのような量に比例する測定方法は有効ではないこともあった。
また脱水や脱水素が起こるような条件では転位構造から更に進んで環化が進み、最終的には芳香環が重なったような構造を持つこともわかってきた。
ポリフェニレンエーテルの分解パターンは大変、面白いものではあるが、あまりにも複雑なので、これでやめにする。ともかく、重合した時と同じ末端を持つものもあるし、違うものもあるというのが結論だった。
一つだけ追記しておくと、ポリフェニレンエーテルを条件を決めて転位反応をコントロールしその劣化を調べてみると、面白い結果が得られた。単量体単位が100に対して、何も処理しないものはOHが0.34だけある。つまり主鎖の末端にOHがついているだけだから、その程度である。少し積極的に転位反応を起こさせて、その比率を0.8付近にした2つの試料を熱劣化させてみると、転位構造が多い方が劣化が速い。
これはだいたいの予想に合っていて、エーテル結合がメチレンブリッジより熱的に安定している事を示している。
おわり