― 光合成はしたいが、紫外線は怖い ―

 動物と植物では、ずいぶん体の造りが違う。下の絵は左が樹木、右がチーターだが「これが同じ生き物か?」と思うほど、形も生活も違う。


(樹木とチーター)

 チーターは気楽である。お腹が減ったら獲物を捕らえれば良い。その獲物とは、ヌーならば獲物として少し体が大きいが、シカや小さな動物なら何でもよい。ともかく草食動物を捕らえて食べるのが基本である。これは、チーターが「ともかく生物を食べなければ自分は生きていけない」という仕組みで生きているからであり、チーターのような生物を「従属栄養生物」という。情けない存在である。

 それに対して樹木は偉い。自分で空気中の二酸化炭素と太陽の光を用いてセルロースやリグニン、そしてエネルギー源となるアデノシン三リン酸(ATP)を自分で合成して生活している。自分が生活をするだけではない。動物のような従属栄養生物の命を支え、人間に材木として自分の体を提供する。最近では「バイオマス」と言って、再び樹木の体を当てにする人間もいる。ひどいものだ。

 話が少し横道にそれてしまったが、このように植物は「独立栄養生物」であるので、何としても太陽の光を多く浴びて自分が生きるための栄養を作らなければならない。そのためには一にも二にも太陽の光が大切だ。ジリジリと夏の強烈な太陽が照りつける時、元気よく空に向かって葉を広げている植物を見ると、「太陽の光が強くて喜んでいるのだろうな」という感じがする。

 しかし、植物にも悩みがある。植物が比較的固い葉や幹で出来ているといっても、やはりその体は高分子で構成されている。そして遺伝子は、動物や細菌と同じようにDNAである。DNAの上には塩基が存在し、チミンも植物の情報を担っている。それならば、太陽から照射される紫外線はDNAを損傷させるので、怖いはずである。

 「植物の葉も日焼けする」

 このことを私は学生から学んだ。そしてビックリしたものである。「葉が日焼け?!」・・・でも、そんなことにビックリするのは「高分子材料」を専門とする私にとっては恥ずかしいことだった。もちろん植物の葉も高分子だから、太陽から照射される紫外線で損傷するのである。

 そこで、植物も紫外線吸収剤を用いることで「太陽には当たりたいが、紫外線は困る」という矛盾した問題を解決する。それが動物のメラニン系に対して、植物のフラボノイド系による「受動防御」である。


(フラボノイドの合成経路)

 「フラボノイド」というのは、カルコンを原料として合成されるC6-C3-C6の基本構造を持つ成分の総称で、図中のカルコン、アウロン、フラバノン、フラボン、イソフラボノイド、フラボノール、アントシアニンなどを指す。ランタンからルテチウムまでの希土類元素をまとめて言う時に「ランタノイド」と言うのと同じである。

 フラボノイドは動物にはなく、植物のみに含まれている。動物は植物を食べるので、わずかに体内に存在しているものの、動物の紫外線吸収剤や色素としてはあまり利用されていない。せっかく紫外線吸収剤として植物が利用しているのだから、そのまま利用すれば良いのに使わない。

 ふと考えると、不思議なことである。植物にとって、太陽の光を防御することは大変だから、フラボノイドはきっと素晴らしい紫外線吸収剤に違いない。それでも動物は、フラボノイドをそのまま使用せずに、葉を食べてもその中のフラボノイドは分解して消化してしまう。

 世の中に「健康食品」というものがある。金属元素を含むとか、消化しやすいと言うのなら別だが「人間の体に必要な・・・が入っている」などと言われると、「それが消化されないで、そのまま体の成分として使えるのかな?」とつい心配になってしまう。

 ともかく、フラボノイドは複雑である。4500種類もの化合物が知られていて、植物のいろいろな組織に散らばっている。また構造も上の図に示した他に、単量体、二量体、多量体などとしても存在している。樹木の心材や樹皮の中にも着色した多量体として存在している。

 フラボノイドの本来の役割は、紫外線の吸収や、散乱と言われているが、二次的には、紫外線や可視光線の照射によって植物の体内で生成する活性酸素の除去や、脂質の酸化防止などを行う。つまり、「抗酸化作用」を持っていると言われている。もっと広げて言うと、
1) 酸化防止剤
2) 植物と微生物の相互作用を担うシグナル
3) 受粉媒介者 (昆虫等) に対する誘因 (認識) 物質
4) 紫外線防護物質
5) ファイトアレキシン (植物が感染によって生産する抗菌物質)
6) 受粉機能因子
7) 抗変異原性
なども受け持っている。

 「自然に学ぶ」という点ではこのフラボノイドの働きは一つの象徴的なものである。一言でいうと「自然というのは、「立っているものは親でも使え」だと言うことが出来る。自然は厳しい。生存競争も並大抵ではない。だから、使えるものなら「社長だろうと部長だろうと、掃除の時間があるなら掃除をしてもらう」という感じである。

 フラボノイドは複雑な形をしている。芳香環がつながり、電子的にも活性であるし、反応性も高い。だからこそ、色々な役割を果たせるのである。「お前は紫外線吸収剤だから紫外線から守ることだけをやっておけ」ということではなく、酸化を防止し、受粉調整も行う。

 それに比べると工業的に使用される薬剤は単純である。洗剤なら洗剤、かゆみ止めならかゆみ止めで、それぞれ、そのほとんどに関係性がない。もし「これは洗剤にも、かゆみ止めにも、消毒薬にも使えます」というものが販売されたら結構、便利かも知れない。

 「伝統に学ぶ」ことも、似たようなところがある。例えば「柿渋」を取り上げてみよう。柿渋というと、すぐ「防腐剤」や「漆に使う」などを思いつく。家具に塗ると独特の色合いが出るし防虫剤にもなる・・・というように柿渋はとても便利であったので、昔の人はよく柿渋を使ったものである。

 また、柿渋は「清酒」にも使われる。現在は違うかも知れないが、昔は「清酒」を作るためには無くてはならないものだった。「清酒」を造る一つ前の工程のお酒はどんよりと白く濁っている。これはタンパク質の一種が懸濁しているためであるが、これと柿渋のタンニンが結合して沈殿する。そうして「清酒」・・・つまり濁っていない綺麗なお酒が出来るのである。

 お酢もこのようにして柿渋で濁りをとることによって製造される。漆、友禅などの伝統的で美しい製品には柿渋が使われていることが多い。とても素晴らしい。柿の実は美味しいし、柿渋は防腐剤や漆にも使える。これこそ自然に学ぶ、伝統に学ぶである。

 ・・というのは少し早いかも知れない。人工的なものでも苛性ソーダや次亜塩素酸ソーダなどは化合物としては単純であるが、皮をなめしたり、殺菌したりするだけではなく、広い範囲の用途に使用される。だから「いろいろな用途に使用される」というのは自然や伝統だけの専売特許ではない。

 しかし、少々、名前が悪いかも知れない。「柿渋」というと何となく風情があるが、「苛性ソーダ」では戴けない。著者がここで何を言おうとしているのかというと、「自然に学ぶ」、「伝統に学ぶ」という研究テーマを掲げると、何でもかんでも自然や伝統を崇拝するようになるが、それでは実が上がらないということである。何が本当に素晴らしいのかを解明しなければならない。

 具体的には、フラボノイドについては、何故、植物が「光合成はしたいし、葉は劣化させたくない」という矛盾した要求の中でフラボノイドを選択したのか? 光合成をしない動物は、何故、メラニンを選択したのか? それを明らかにしなければならない。

おわり