― 紫外線殺菌 ―
環境運動の中には極端な動きがあって、生物実験で毒物とわかると「排斥しろ!」と強く迫る人もいる。でもこの世に存在する化合物の中で、どの生物にも毒ではないというものがあるのかと聞かれると返答は難しい。恐らく、あらゆる化合物は、それが天然物であれ、人工物であれ、何かの生物には毒であると思う。
ところで「紫外線殺菌」という殺菌方法がある。これは紫外線が細菌を「殺す」からであり、言うまでもなく紫外線は細菌に対して有害・・・それも致命的に有害である。もちろん、人間に有害な細菌だけに有害なのではなく、紫外線は、およそ細菌という細菌にはすべて有害である。
だからと言って、「紫外線を排斥しろ」というのも無茶な話だ。第一に、紫外線は太陽の光の中に含まれているのだから排斥することは出来ない。第二に、もし排斥したら病院などで殺菌するのに困る。なぜなら、もし紫外線の代わりに何かの化合物を使って殺菌しようとしても、その化合物はまた有害だからである。
紫外線殺菌の効果は抜群である。下の図にあるように、細菌に紫外線を照射すると、細菌の生存率は急速に減少する。当然のことではあるが、315 nmの比較的長波長の紫外線より、254 nmの比較的短波長の紫外線の方が生存率は低くなる。
(紫外線照射と細菌の生存率 1))
紫外線のような電磁波は、波長の短い方がエネルギーが高く、エネルギーが高ければそれだけDNAなどの体の組織を破壊する。従って、短波長の光の方が損傷能力は高い。また、DNAは260 nm付近に吸収極大を持っているため、この付近の光は特にDNA損傷を引き起こし、非常に有害となる。このように有害な紫外線を細菌に照射すると、細菌の様々な箇所が損傷するが、最も致命的な損傷は、DNAの損傷である。
ここに3枚の写真がある。市橋正光先生と佐々木政子先生が編集されている本の中で中川紀子先生が執筆された部分から引用させて頂いたものである 1)。一番左が紫外線照射前の大腸菌で、桿菌と呼ばれるように円筒形の形をしている。細菌だから、通常は頻繁に死に、頻繁に細胞分裂を繰り返している。
ところが紫外線を照射すると細胞分裂が一時的に止まる。分裂できないので中央の写真のように長く伸びた、変な形状の大腸菌が出現する。しかし、大腸菌は「自己修復機能」を持っているので、必死に抵抗し、紫外線で損傷した部分を修復しようとしている。
そして紫外線で損傷した箇所を修復し終わると、また普通に細胞分裂を始め、修復できなかった細胞は増殖出来ずに死滅する。それが右の写真である。実に感動的だ。大腸菌が人間の役に立つか、敵かなどということではない。また、生命活動の不思議でもない。ともかく、大腸菌の体の中に自分で自分を修復する機能があり、それが紫外線のダメージから立ち直らせる。
私たち人間の体は、さらに巧妙に紫外線に立ち向かっている。大腸菌でさえ自分で立ち直るのだから、ふさぎ込んでいないでダメージを受けても立ち上がろう!
メラニンについてはすでにこのHPの自然に学ぶ・伝統に学ぶ ―メラニン―で整理したので、割愛させて頂くことにして、ここでは紫外線で大腸菌のDNAが損傷するところと、それを修復する仕組みを調べることで「自然に学んで」みたいと思う。
紫外線が照射されてDNAが損傷を受けるということは、DNAの長い鎖の上に乗っている「情報」の部分である「塩基」が、紫外線の照射によって損傷を受けて反応するということである。例えば、チミンという塩基はTという記号で書かれ、チミン-チミンと並んでいる箇所はT-Tという情報が書かれている。
(チミンとチミンが結合してチミンダイマーを作る 2))
上の図でわかるようにチミンという塩基は2重結合を持っているので、それが隣り合わせになっている箇所に紫外線が照射されることによって励起されると「架橋反応」が進み、図のように〓(ゲタ)のような構造になる。そうなると、これはもうチミンという塩基情報ではないので、「遺伝子の持つ正常な情報を伝える」ということが出来なくなる。
これは、220-300 nmの短い波長の紫外線が照射された時の損傷で、「シクロブタン型ピリミジン2量体(CPD)の形成」と言われ、紫外線による損傷では最も危険なものに分類される。
紫外線によるDNAの損傷はチミンダイマーの生成だけではない。紫外線を浴びるとチミンの酸素(キノン構造)の箇所が隣のチミンと反応してブリッジし、(6-4)光産物と呼ばれる化合物を形成する。この反応はチミン-シトシンの間でも頻繁に起こる。
((6-4)光産物生成機構)
300-400 nmの可視光の紫色に近い長波長の紫外線が照射されると、DNAが直接、損傷を受けるというより、体の中の色素が励起され、励起されたエネルギーを活性酸素として細胞中に放出するため、二次的に塩基が損傷を受ける。どのような損傷を受けるかについては、前述した市橋正光先生と佐々木政子先生が編集された本に良くまとめられている1)。その図を下に示す。
(太陽紫外線によるDNAの塩基損傷とその修復系)
いずれにしても、紫外線がいかにDNAに大きな打撃を与えるかが分かると思う。このHPの自然に学ぶ・伝統に学ぶ ―太陽は原子炉だから―に示したように、生物はオゾン層の無い地球で、厳しい紫外線に曝されてきた。それがある時には生命を奪い、ある時には突然変異を誘って生物を進化させてきた。
もしDNAに損傷が起きなければ進化も起きないのだから難しいものである。そして、こんなに酷い損傷を受けても、この損傷を回復するのだから、それにもまた驚いてしまう。「環境」の話ではよく「自然の叡智」という言葉が出てくるが、それが何を意味しているのか、とても難しい。
引用文献
1) 市橋正光, 佐々木政子, “生物の光傷害とその防御機構”, 共立出版(2000)
2) 岡山繁樹“生物科学入門 分子から細胞へ”, 培風館(1987)
おわり