― メラニン ―

 このホームページの「自然に学ぶ・伝統に学ぶ -太陽は原子炉だから-」で、生物がなぜ、紫外線の防御をするようになったかについて解説をした。簡単に復習すると、
1) 太陽は原子炉である。
2) そのため、太陽の光には生物に有害な放射線や紫外線が含まれている。
3) 生物が誕生した時には、成層圏にはオゾン層がなかった。
4) そのため、紫外線が地表に達した。
5) 生物は地中や水中で生活をしていたが、それでも少しずつ紫外線により損傷したDNAを修復する仕組みを作っていった。
6) やがて、光合成により発生した酸素が成層圏に到達し、オゾン層が出来上がり、地表に有害な放射線や短波長 (波長290 nm以下) のUV-Cと呼ばれる紫外線が届かなくなった。
7) 6億年前、生物が爆発的に繁殖し始めた。
ということだった。

 今でも生物にとって、紫外線は有害である。「紫外線殺菌」というものがあるぐらいだから、細菌は紫外線によって死ぬのである。これは、遺伝子に致命的な損傷が起こるからである。紫外線が有害なのは細菌だけではない。人間の皮膚も傷む。夏の海岸で一日、日光浴をすると皮膚ガンのもとであるチミンダイマーが1時間あたり10万個から100万個発生するとされている。

 太陽の光を浴びて皮膚が赤くなったものを紅斑というが、紅斑が出来る最小エネルギーである最少紅斑量(MED)の3倍の紫外線を浴びると、表皮の角層直下では、1つの細胞あたり約100万個のチミンダイマーが発生し、表皮最下層の基底層細胞では、10万個のチミンダイマーが発生する。

 もちろん肌の性質、年齢などで差は大きいが、おおよそ人間でもその程度である。

 そこで、人間の皮膚を“構造”という面で見てみることにする。皮膚の表面は、すでに死んだ細胞である角化細胞が薄く覆って表皮を作っている。この細胞は、毎日少しずつはがれて「アカ」になる。動物の皮膚の表皮は、樹木で言えば「樹皮」と同じで、半分、死んだ細胞であり、少しずつはがれ落ちる。

 生物の多くは、自分の体の表面を犠牲にしている。外界はとても厳しく、生物の体は激しく劣化する。その程度がとてもひどいので、生物は自分の体の表面だけは「治さないで、諦めて、捨てる」。これが「アカ」「はげ落ちる樹皮」である。生きている細胞を捨てる訳にはいかないので、人間も樹木も表面の細胞を死んだ状態にし、無駄なエネルギーを使わないようにしている。

 表皮の下には「真皮」がある。そこまでは毛細血管が来ていて、栄養を継続的に供給する。そこから原料や栄養を受け取り、表皮の最下層に存在する基底細胞が細胞分裂を繰り返すことによって表皮細胞を作り出している。だから毎日、表面の皮膚がアカとして落ちても大丈夫なのである。

 自分の皮膚を少し見てみるとわかる。肉眼で見える太い血管は皮下脂肪にあるものだが、毛細血管はそれより表面の真皮細胞まできている。しかし、表皮細胞には血管はない。子供の頃、よくかすり傷を負って出血するのは毛細血管のある真皮細胞まで傷が達したからであり、表皮細胞は非常に薄いので、すぐその下まで傷が到達する。

 アカやふけになって表皮細胞は、はがれ落ちていくので、表皮の最下層にある“基底細胞”が細胞分裂することによって増殖し、その後、表層に向かって有棘細胞、顆粒細胞、角質細胞に分化して、最後には脱落する。健康な皮膚では基底細胞から顆粒細胞まで分化するのに約28日かかり、角質細胞として約14日働いた後、表皮から脱落する。


(皮膚の構造)

 真皮の上部で「メラノサイト」という色素を作り出す細胞が存在する。成層圏にオゾン層が出来て、太陽からの有害な放射線やUV-Cと呼ばれる紫外線をシャットアウトするようになったといっても、まだ比較的有害な“UV-B”と呼ばれる比較的波長が短く (波長290-320 nm) 高エネルギーを有する紫外線がオゾン層を通り抜けて地上に届く。そのUV-Bの作用により表皮細胞のDNAが損傷するのである。

 だから表皮細胞のDNA損傷を防ぐために代わりの何かが紫外線を吸収しなければならない。そのための色素がメラニンであり、メラニンを作るのがメラノサイトという訳である。

 メラノサイトで作られるメラニンには二種類あり、「黒色から褐色のメラニン」は真性メラニンと呼ばれるユーメラニン (Eumelanin) であり、「赤褐色から黄色のメラニン」は亜メラニンと呼ばれるフェオメラニン (Pheomelanin) である。大変、複雑だが、次のようなルートで合成される。


(ユーメラニンの合成経路 1) )

 チロシンというアミノ酸の構造をよく見ると、アミノ基とカルボン酸基が結合している普通のアミノ酸構造のところにp-hydroxyphenyl基が標識としてついている。芳香環があるので、多少、親油性であり、水酸基があるので、親水性というように表現してよいだろう。

 生物はこのチロシンを広く使っている。酸化するとキノン型になって神経系を制御するドーパ系の化合物になる。メラニンの場合はさらにそれを環化させ、重合することによって、ユーメラニンを合成する。光を吸収するということになると「芳香環」、もしくは「発色団」のような構造が必要で、しかもそれが大きくなっていると共役系が発達して長波長まで吸収出来るようになる。

 つまり、化合物が安定し、エネルギー準位が増えるので光のエネルギーが弱くても励起するようになり、いろいろな波長の光を吸収するようにもなる。だからこのような構造をしているのではないかと推察出来る。


(フェオメラニンの合成経路 1) )

 フェオメラニンもチロシンからドーパキノンを作るところまではユーメラニンと同じだが、ドーパキノンがシステインというアミノ酸と結合してフェオメラニンの原料を作る。システインというアミノ酸は分子内にイオウがあるので、これも用途の広いものである。

 最終的な物質はいやに複雑である。NやSを含んだり、芳香環が連続していたり、水酸基が結合しているのは良く理解出来る。光を吸収するのだから比較的、電子があるところに拘束されるのではなく、自由に動き回れる状態が必要であり、メラニンの構造は、確かにそうなっている。

 NもSもローンペアーと呼ばれる比較的、自由な電子を持っており、それが環化した構造をしているのだから、かなり長波長の光を吸収する様に思える。紫外線吸収剤ならもう少し簡単でも良いと思うのだが、自然はなぜこんなに複雑な構造を持たせたのだろうか?

 それはともかく、2つのメラニンはチロシンというアミノ酸から合成される。ユーメラニンというのはEumelaninというスペルだが、eu とは「真性」という意味であり、フェオメラニンはスペルがPheomelaninでpheo は「薄い」という意味である。

 メラニンには、2種類あることはわかっているのだが、この2つがそれぞれどのような役割を果たしているのか、まだ分かっていない。メラニンは紫外線を吸収するのだし、ユーメラニンが黒から褐色の色をしていて、フェオメラニンが赤褐色から黄色に近いので、吸収波長に違いがあるように見える。

 しかし、吸収波長は下の図のようにあまり変わらない。


(ユーメラニンとフェオメラニンの吸収波長)

 人間を含む動物の皮膚を守る大切なメラニンでも化学構造がやっと分かっただけで、まだ詳しいことは分かっていないが、少し想像力を高めて推定してみる。

 自然というものを人工的材料と比べながら調べていくと、両者にはある特徴が見られる。それは「何かを目的として、ある構造のものを作る」というのではなく、「そこにこれがあるから、使ってみよう。便利なら採用する」という感じのものが多い。

 メラニンもおそらくはそうである。原始の地球に強い紫外線が降っていたからと言って「紫外線が強いからDNAに損傷を受ける。だから紫外線吸収剤を作ろう」というのではなく、「チロシンやシステインから自然に合成されるものを使うと何か体の調子が良い。だから使い続けよう」というのがメラニンのような気がする。

 自然は自然淘汰だし、学問がないから仕方がないという訳でもない。現在の材料科学でも、ほぼそのようにして製品が出来ている。例えばプラスチックは「石油が昔の生物の死骸から出来ているので、それに似た構造のものを作ろう」ということであるし、ゴムは天然のゴムの木をまねているに過ぎない。

 現代の社会は鉄器時代であり、材料では鉄が最も使用量が多い。「なぜ鉄か?」と質問されれば鉄の良いところをいくらでも挙げることが出来るが、本当のところは、1)鉄はもっとも安定した元素で地殻での存在量が多い、2)20億年前に沈殿した大規模な鉄鉱床から大量に鉄鉱石を得ることが出来る、ということかも知れない。

 自然も人間も結構、行き当たりばったりなのだ。

 ところで、ヨーロッパ人とアジア人の皮膚を比べると、何となくアジア人の方が色づいている。その特徴からアジア人は有色人種に区分されている。アジア人の方がヨーロッパ人よりも色が濃く、どちらかというと黄色であるため、有色人種の中でも黄色人種と言われる。ということは「アジア人はフェオメラニンが多いのか?」というとそうでもない。

 アジア人の方がヨーロッパ人より「ユーメラニンとフェオメラニンの混合物」が10倍程度多いということであり、どちらかが多いということは無い。それよりも、「肌の色で人種差別をする」というのは実に滑稽なことである。もし、「肌の色が濃い方が劣る」というのであれば、「メラニンの合成能力が高く、皮膚ガンを防ぐ能力の高い方が劣る」ということを証明しなければならない。

 

引用文献

1) 伊藤祥輔 : 皮革科学, 46[2], 73 (2000) から引用させて頂いた

おわり