ナノテクノロジーの応用分野の一つ
1. 擬分相多孔体の研究とその意味
無機粒子をプラスチックに分散するとき、表面処理をすれば分散するが、粒径が小さくなると凝集力が強くなるので、そのままでは分散させることができない。だから、分散させるための分散剤を使うわけだが、表面積が大きくなるので、分散剤を単分子膜で付けたとしても、その割合がシリカフィラーと同等になる。10nmの粒子の場合、表面処理剤は重量比で0.6程度、体積比ではシリカの体積より表面処理剤の体積が多くなる。
図 1 無機フィラー粒径と重量比(シリカ1gに対して表面処理剤のg)
この関係は実にバカらしい。つまりプラスチックの中に30%の無機粒子を分散しようとすると、それと同じ量の分散剤をまぶさなければならない。つまり30%の分散剤になる。そうすると、樹脂の組成は、40%がプラスチック、30%が分散剤、30%が無機粒子になる。これでは性能が高くなるとは限らない。
また、小さな無機粒子を使うという目的の一つに、「膨大な表面積をもつのだから、それに何かを付けて利用する」というのがある。たとえば触媒を展着するような例である。でも分散させるために分散剤を表面に付けたら表面を利用することもできない。イタチ返しだ。
この問題と「ナノ粒子が分子のように動くサイズ」を調べるために、直径が12-30nm程度のシリカ粒子を使用して分子と同様な分相が起るかを研究している。図 2に示すように鋭いピークを有する多孔体が得られる。
図 2 擬分相多孔体の凝集体(粒子が分相する)
この擬分相という手段もナノテクノロジーの一部である。つまり、熱力学的に不安定な混合系は、温度によって2相に分離する。油と水のようなものである。ところが、すこし飛び離れた話で理解しにくいかも知れないが、仲の悪い「椅子」が二つあるとする。椅子はお互いに離れたいが、自分の重さが重くて離れられない。このように、「分相」という現象はこれまで分子に限定されていたが、粒子が小さくなるとそれが現れる。これを著者らは擬分相と読んだ。
まだ研究途上であるが、プラスチックとの直接分散にも成功しており、興味ある結果も得られている。
またいくらナノ粒子といっても、やはり粒子だから拡散係数が小さいのだろう。分相が均一に行くらしく、孔の径の分布の幅はかなりシャープである。今後が楽しみ。
図 3 擬分相シリカ多孔体とプラスチックの分散対の粒径
2.生体とナノテクノロジー
生体の構造物の多くはナノテクノロジーであり、化学的なものと空間的な配置でさまざまな機能を果たしている。ここでは、ナノテクノロジーをお話するついでに、簡単に生体の防御の思想と現在、研究している”lifeless living materials”について若干触れることにする。
この研究は、生体では、なぜ壊れやすい部品でできた精密機能体(人間)が80年の活動ができるのか?という設問からスタートしている。つまり、耐久性に富む材料を使い、優れた品質管理の元で、人工的に作られた工業製品は「壊れたら終わり」だが、脆い材料を使い、病気がちな体でも生物は長い寿命を保つ。
図 4 もろい部品と長い寿命
そのために例えば人間では20階層近い防御系を有している。
表 1 人間の防御階層とその内容
ここではこの階層の一つ一つを解説することはできないが、弱い材料で長い寿命を達成するにはそれなりに苦労がいる。人間が作った機械は故障するとすぐ動かなくなるが、それに比べるとずいぶん高級である。
このような生物の防御系を人工的な材料に取り入れる時、これまでのように高分子の化学的反応に注目するとうまくいかず、高分子のナノ構造に注目しなければならない。この講演はナノ材料なので、自己修復については深く説明できないが、例えば反応速度や固体材料内活量はナノ構造に深く関係する。
次の図はPPEという樹脂を用いて代謝を行わせ、自己的に高分子鎖をつなぐシステムである。このようなものは重合で利用されているが、これを固いプラスチックの中で行わせるのが自己修復である。自己修復の場合、傷は動かないので、傷を治すものが動かなければならない。生物では細胞はもう少し小さい反応場が用意されるが、人工的材料ではいわゆるナノサイズの反応場を用意する必要がある。
図 5 自己修復の例:ナノ構造が問題になるPPEの自己修復
生物に擬した材料や反応が盛んに研究されている。このような研究を進めるには今後ともナノテクノロジーの発展が一つのキーテクノロジーになるだろう。
おわりに
1970年代の初頭から日本の産業が大きく転換してきたことはすでによく知られている。それまで高度成長の牽引役だった重工業が後退し、それに変って情報産業がのびてきた。それを生産だかの指数で見ると、鉄鋼生産の伸びは殆ど0%、鉱工業伝体では年率2%程度であるのに対して、物質としてのシリコンののびは17%であり、さらに情報(ビット)は43%の年率で伸びている。
図 6 1970年を基点にした伸びの指数