ナノ材料の基礎的な性質

 ナノサイズと基礎特性でもっとも単純なのは材料を構成する粒子の大きさと光の透過性である。可視光線の波長は400-800nmにあり、まさにナノ領域であることから、材料を構成している粒子がその前後の大きさになると透明材料が不透明になる。屈折率が違う材料で粒子がある程度の幅の粒界を持っているような場合には、可視光の波長付近で、透明から不透明に変る。散乱による。
これはすでに多くの材料で利用されているものである。ただ、さらに詳細に見ると、屈折率、粒子形状、ヘイズなども面白い。粒子が200nm程度からすこし蛍光のような光や、乳白色の濁りが見えるようになり、どのような散乱をしているのか興味がある。

1 シリカの粒径と透明性



 微小領域においては電子の移動についても興味深い現象が多い。その中心は、トンネル電流や材料の表面電流などであろう。 2は江崎玲於奈博士がトンネル効果を見いだした接合の特性であるが、このときの接合厚みは15nmである。(江崎先生の論文では150オングストロームとされている。)

2 江崎先生のノーベル賞論文から

 脱線だが、この江崎先生のご論文を見ると、短い論文の中に先生の鋭い頭脳を垣間見ることができる。確か30才頃の論文と思う。私は最初にこの論文を江崎先生から渡されたとき、「これがノーベル賞の・・・」と思ったものである。
 ところで、電気抵抗もnmスケールになるとかなり変った現象が出てくる。たとえば、抵抗自体が変化することやオームの法則がそのままでは成立せず抵抗がとびとびの値になることなどがそれである。
 次のグラフは、いろいろ考えさせられるグラフである。抵抗がとびとびというのは量子数を思い起こすし、表面電流と銅の内部を流れる電流の関係も気になる。

3 量子細線の幅と量子化及び抵抗



 バリスタなどもこのような現象を利用したものがある。ZnOのバリスタでは結晶粒界の幅で、非オーム的な動きをする。この研究は日本人が先頭を切った研究で、今で言えばナノテクノロジーであるが、発明はすこし前のものである。
また、基礎的には量子点のサイズと励起分子の束縛エネルギーについての関係も見いだされていて、これは1-5nm領域に遷移状態がある。

4 量子点の大きさと束縛エネルギー

 さらに空間的な配置が問題となるものとして、磁性の変化が多く観測されている。その一つとしてクラスターの大きさを変えると1原子あたりの磁気モーメントが変化し、その遷移領域は0.5-1.5nm程度である。
 また、「高純度金属」というものを考えたとき、線幅がある程度、細くなってくると、一分子が入ることによって純度が離散的に上がる。たとえばCu中のBの場合、Cuの線幅が90nmの時、Bの純度は0.01ppmになり、それ以上の高純度は理論的に存在できない状態になる。


5 クラスターの直径と磁気モーメント


 また強磁性体ではナノ構造電極でスピン偏極共鳴トンネル効果というのが起こり、磁気抵抗が振動する。これは優れたナノ構造電極で観測される。


6 スピン偏極共鳴トンネル効果による磁気抵抗の振動


 以上は微視的な現象がそのままバルク性能に影響を与えることが容易に予想されるものであるが、従来、かなり大きな構造変化がバルクの性能に影響を与えるものとして認識されてきた力学的性質などもナノ構造に依存する例が多い。


7 ホール・ベッチ則とその逆依存

 その一つに金属材料の結晶粒径と力学的性質がある。一般的に結晶粒径が小さいほど硬度や引っ張り強度が強くなる。これは結晶粒界の総面積が大きくなることによる効果であるが、100nm以下ではむしろ粒径が大きくなった方が力学的強度が高くなる傾向が見られる。


8 ポリマーアロイの分散粒子の粒径、粒子間距離と衝撃強度


 材料構造と力学特性の関係はポリマーでも観測されており、 8PA(ポリアミド)/PPE(ポリフェニレンエーテル)のアロイでPPEの粒径と衝撃強度の関係を示したものである。衝撃強度は粒径と強い関係があるが、粒子間距離は200-500nm付近に遷移領域が観測される。粒子間距離が衝撃強度に主たる役割を果たすと考えれば、含有量と粒径の関係が複雑になるのは、粒子間距離で衝撃強度が支配されているからと考えられる。
 つまり、この両方の図を見比べると、ポリマーアロイの中の粒子の粒径が力学的性質を決めているのではなく、粒子間の距離によって衝撃強度が決まっているようである。これはあるサイズが問題であることを示しているが、この場合、その臨界サイズは150-200nmらしい。

9 PS-PPE/PEアロイの破断強度と厚み

 また 9PS-PPE相溶アロイの非相溶のPE(ポリエチレン)を層状にしたアロイであるが、この場合も100-1000nmのサイズが遷移領域になっている。 著者は長くポリマーアロイの研究をしてきたが、そのような者からこのデータを見ると、驚く。PPE/PSのアロイにPEをサンドウィッチにして強度の高いフィルムができること自体、驚きである。
またより実用的なものでは、UV硬化アクリル樹脂/シリカ系ハードコート剤では、従来のガラス繊維や無機フィラー複合物では他の材料を傷つけることが多いが、シリカがナノ粒子であると摩擦面の傷つき程度が少なくなる例が知られている。摩耗量は材料表面の化学的力と凸になっている部分の応力ひずみ曲線の形で決まり、その意味では摩耗量自体は実学的であるが、現象は基礎的にも面白い。

10 粒子径と摩耗量の関係

 さらに著者らの研究であるが、ナノコンポジットで燃焼試験を行うと、分散粒子径が小さくなると燃焼後のサンプル形状が保持される例も見いだされている。溶融高分子の粘度と分散粒子の粒径の関係と考えられる。


11 ポリマーの燃焼と燃焼後の状態


 これも実用領域であるが、金属同士の接合に使用されるハンダでは、ハンダの接合面に金属間化合物が生成するが、その幅は20,000-30,000nmである。つまりナノサイズの材料では「ハンダとハンダの接合界面」の区別が無くなることを示している。

12 ハンダの接合界面の寸法

 ハンダによる接合は古くから行われているが、それは「太い銅線」と「太い銅線」をつなぐことを目的としていた。だから、銅の界面が20ミクロン程度でも問題ではなかった。むしろSnCuのよい接合剤になるのは、図から判るように金属間化合物を作り、その化合物の形がちょうど「くさび」型になっていて強固な接合を作るからである。
 でも1ミクロンの銅線と銅板を接合したら、すべて界面になり、強度も弱く電気伝導性も落ちる。これを厳しく言えば、ナノ材料ではスズハンダの接合はあり得ないと言うことにもなる。この例は実学的というよりナノ材料やナノテクノロジーのもつ基本的な概念の一つとして注目される。