ナノスケール材料の特徴的な構造と学術
はじめに
「ナノテクノロジー」「ナノ材料」と呼ばれる一群の技術は学術的な定義が明確ではない。もともと材料や化学の分野でミクロ構造などと称される領域の多くは「ミクロン・メートル」という意味ではなく、「微小な構造」を意味し、その大半はナノ・メートルスケールであると思われるからである。従って、最近の「ナノ」という冠詞はこれまで研究してきた材料の一部に、単に注目を集める目的でつけられた言葉と批判的に見ることができる。
本稿は有機材料あるいは金属材料を取り扱う著者らの研究室において研究を続けてきた唯一の無機材料としての無機多孔体を中心として「ナノ材料」をより積極的に、より学術的な見地からその一断面を整理したものである。
1 研究の発端としての無機均一粒子合成
著者らの研究室における無機材料の研究の発端は、無機均一粒子の合成であった。超音波を利用したこの方法は図 1に示したようにシリカゾルのフィード系、超音波セル、計測系から構成されており、セルに付属するノズルから吹き出されるシリカゾルの均一性は超音波の振動と同期したストロボとシャッターを開放したカメラによってなされた。
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図 1 均一粒子を合成する装置
ノズルから吹き出す液体が円柱を安定して形成する領域はRayleighの擾乱波長 、静止空気中へ噴出した液柱分裂モードの遷移速度(Middlemanの上限流速 とSchneiderの下限流速 )などが知られており、その領域での条件を慎重に設定すれば、超音波の粗密波の周波数(f)、流量(F)、そして切断される粒径(D)は超音波を負荷していないときには制御し得ないが(図 2)、超音波を負荷すると式(1)で与えられる理論値に近い粒径の粒子が得られる(図 2、右)。
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図 2 流速と粒径の関係
この方法によってカメラに納められる「多重粒子像」を観察することによってほぼ均一の粒子の生成を直接的に見ることができる。数年前、資源素材学会誌に投稿した時には粒子が33,600ヶ重なった写真を撮るところまで行き、その後の装置の改善で115,000ヶの多重粒子像を撮影した。
おそらく、装置にactiveな振動を与え、それを打ち消す波を加えれば装置に外部から負荷される振動波の影響が減少し、さらに長い時間、均一の粒子を生成することが実証されるだろう。なお、この技術は無機粒子以外にはんだボールの製造に応用された。
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図 3 得られた多重像 (左: 33,560, 右 : 118,800)
2 擬分相無機多孔体
均一無機粒子の合成の研究から、多孔体内部の粒子を均一にしたいという興味が出てきて、シリカゾルと無機塩の分相による多孔体の研究に展開した。多孔質ガラスはすでにバイコールガラスなどの名前で知られているようにホウ珪酸ガラスが多く、たとえば図 4のような平衡線図から適切な領域を選択する。
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図 4 ホウ珪酸ガラスの分相線図
平衡線図で与えられた組成に調整した混合物を1,100℃程度まで温度をあげて溶解し、その後、徐冷することによって分相を行う。スピノーダル分相線より自由エネルギーが高い領域の組成では連続したシリカ相が生成し、低い領域の組成ではシリカは滴状になる。多孔体の空孔率を高くしようとするとシリカ相が連続している方が良い場合が多く、そのため多孔体を作るときにはスピノーダル組成が選択される。
しかし、この方法では分相に高温と時間を要し、かつ分相後にシリカ以外の部分を溶解するのが困難である。そこで、直径12nmのシリカゾルと無機塩を使用して分相させる方法を検討した。出来るだけ低温で溶融する無機塩を選択し、シリカゾルの溶着の性質を利用して多孔体を作るために、リンモリブデン酸を中心として600-800℃で溶融する複合塩を選択して初期の研究を行った 。
しかし、このようなゾル粒子と溶融無機塩とを使用した合成方法では均質な内部粒子を有する多孔体を得ることができず、さまざまなトライアンドエラーの後、分相温度では溶解しない無機塩とシリカゾルの混合物が有効であることを見いだした。
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図 5 擬分相多孔体の孔径分布(左)とSEM(走査型電子顕微鏡写真)(右)
この方法で得られた孔の径はきわめて均一でこれまでの著者らが調整した多孔質ガラスでは得られないものだった。また、分相過程でシリカゾル粒子同士が凝集するものの無機塩は凝集しないと考えられ、焼成後、分相した無機塩は溶融していないので60℃の温水で軽く洗浄するだけで無機塩を除去することができた。
この方法による分相に「擬分相」という名称を付けた。分相という概念はもともと複数の分子が均一に溶解し、温度などを変化させ熱力学的な平衡状態が変わり2相が安定になる現象をさす。しかし、この場合、シリカ微粒子も無機塩も融点以下であり、顕微鏡およびX線の観測によっても溶融していない。従って、粒子同士が分かれる現象であり、分相と表現するのはふさわしくないと考えられた。
親油性の机と親水性の椅子が置いてあったとする。お互いに接近しているとエネルギーが高い状態であっても、何らかの力が加わらなければ机と椅子が自動的に離れることはない。つまり分子は自由に動くことができるが、粒子や工業製品が熱力学的な平衡で動くとは考えにくいのである。
3 プラスチックのナノ・スケール構造
プラスチックの多孔体も構造としては無機多孔体と同じようなものができる。高分子の場合の相溶性は「単量体の時には溶解するが、分子量が増大すると溶解しない」という現象が一般的で、エントロピー項の寄与が大きい。したがって、単量体の種類と溶媒を調整すると「任意に」と表現できるほど、多彩な多孔体ができる。高分子の多孔体では面白い現象がある。
まず、その第一は「構造の記憶性」である。重合によって多孔体のプラスチックを2種類作る。両方とも高分子の部分の体積分率と空孔の体積分率は等しいが、孔の径が異なりる、片方は比較的明瞭で大きな孔を持つもの、もう片方は孔が十分に小さく、通常のポロシメータでは測定できないほどにする。この2つの高分子を「良溶媒」に十分(およそ1週間程度)に浸漬すると高分子鎖がゆっくりほどけて孔が観測できない(図6)。
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図 6 多孔質高分子の孔の分布の変化
この高分子多孔体をまたゆっくりともとの溶媒に浸すと徐々に構造が回復して最初の構造とほぼ同じ多孔体になる。高分子の絡み合いによる材料構造は絡み合い点が空間的に移動することができることを推定させる。
高分子材料以外の材料では、それが液体であるか固体であるかは主として構成分子間の相互作用によって決まるが、高分子の場合には同一の化学構造であっても分子の「長さ」が長くなると液体から固体に変化する。図 7にはその例としてデカンが「長く」なることによって代表的なポリエチレンになることを示した。
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図 7 デカンとポリエチレンの分子構造
多孔質高分子は同じ孔量で合成しても、孔の径が小さくなると孔の量は減少していく(図 8)。また多孔質高分子の表面積を測定すると、5nm以下の孔を持つ多孔体では表面積が観測されないので、これらのことを考え合わせると、高分子の鎖の運動領域は5nm-10nmでその範囲では高分子鎖はかなりの速度で運動し、10nmを超える領域では高分子鎖の運動が制限されて固体として認識されると考えられる。つまり、高分子材料はナノ領域では液体で、ミクロン以上のサイズでは固体という材料ではないかと思われる。
たとえば、自己修復反応や難燃反応などの速度定数を計算するとしばしば拡散係数が高分子内の拡散係数として測定されている値の100-300倍程度が得られる。拡散係数の測定はかなりの距離を移動する場合の測定であり、仮に10nm程度の領域に絞って測定すると、桁違いの値が得られる可能性がある。また、ナノ材料という点で高分子の構造を20-30nm程度で制御した材料が発表されているが、もう少し小さくなると立体的な構造を保つことが出来ない領域に達する可能性もある。
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図 8 同じ孔量のサンプルの見かけ孔量の孔径依存性
4 取り扱える領域と臨界半径
金属材料にも類似のものが多いと思われるが、擬分相にしても、高分子のナノ構造にしても、大きな材料構造や分子レベルの観察とはやはりかなり違う様子が感じられる。確かに現代の学問の基礎となっている熱力学や統計力学、反応速度論などはいずれも、
1)分子数が膨大
2)場所が分子の大きさに較べて大きい多い
ということを暗黙の了解にしているのではないか?統計力学では最頻値にほとんど全部の分子が集まっているという仮定を置くことが認められているが、分子数が小さくなるとその誤差が増える(図 9)。
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図 9 統計力学的な誤差(最頻値とそのまわりの確率)
このような仮定の下で自由エネルギーは平衡関係、または速度式が立てられていることを考えるとナノ材料の解析にこれまで使用してきた種々の式や考え方は吟味せずには使用できないのではないかと思われる。
また「12nmの粒子は動いて擬分相するが、机と椅子は動かない」ということを凝集エネルギーと粒子の運動エネルギーで整理することによって、たとえば「臨界粒径」・・・分相という現象における「分子」の振る舞いをする「粒子の粒径」を決定しうるのではないかと思う。
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図 10 材料のディメンジョンと構造変化が予想される大きさ
参考文献
1) L.Rayleigh:"Theory of Sound ", Vol.2, Dover, (1945)
2) S.Middleman:AIChE J., Vol.12, p.669 (1966)
3) N.R.Lindblad and J.M.Schneider,:CI.Instrum. , Vol.42, p.635-638 (1965)
4) 山口辰夫,武田邦彦ら:資源と素材,Vol.115, No.2, p.111-115 (1999)
5) 山口辰夫,武田邦彦ら:資源と素材,Vol.115, No.6, p.475-480(1999)
6) 今泉公夫,武田邦彦ら:資源と素材,Vol.117, No.8, p.665-670(2001)
7) 松田成広,武田邦彦:資源素材学会平成13年度春季大会予稿集,p.155-156 (2001)
8) K.Takeda, T.Yamamizu:Die Angewandte Makromolekulare Chemie, Vol.157, p123-136 (1988)
9) 久保亮五,「統計力学」,岩波書店
10) 武田邦彦,平成15年度化学工学会秋季大会招待講演,p.3 (2003)