分離とはどういうものか
1 はじめに
リサイクルや化学工業で「分離」に関係する装置や操作は非常に多い。化学反応を主目的としたプラントであっても、そのプラントの中にある機器の数から言うと「分離機器」が一番多いかも知れない。原料を精製し、反応後の不純物を分け、排気排水系でも分離は欠かせない工程である。
コスト面から見ても分離設備はプロセス全体の設備費としても無視できないし、分離に要する電力やスチームの負荷もバカにはできない。そればかりか、分離工程というのはとかくトラブルの起こりやすい工程であり、運転担当者を悩ませるものである。
“分離を上手に行う”ということは多くの化学工業にとって重要なことであるにもかかわらず、反応などに比較してあまり注目されないで今日まで来た。その理由は分離は“ものを分ける”という単純なことであると思われているからである。しかし、化学工業において分離の比率が高いと言うことは分離を上手に行うことがその工場の競争力を高めることとも言えるのである。
本論では社会におけるリサイクルや工場の分離をより効率的なものに改善する為の参考として、いったい“分離”とは何なのか?という視点で分離の本質に迫ってみることにする。
2 分離係数
2.1 分離装置と分離ユニット
目の前にある分離装置は蒸留塔であれ大型の篩(ふるい)装置であれ、混合物が入って分離して出てくる。そのために装置全体が一つのものとして分離を行っているように見える。しかし実際には一体に見える「物質」にもそれを微視的に見れば小さな単位「分子」があるように、分離装置も小さく分解していけば必ず「分離ユニット」に到達する。物質の性質がそれを構成する分子の種類によって特定されるように、分離装置の効率は分離ユニットの性能によって決まる。
「分離ユニット」とは蒸留での「棚段」であったり、バッチ式の濾過器のような“目に見える”分離ユニットもあれば、吸着分離やゾーンメルティングのように“目に見えない”分離ユニットもある。目に見えないからといって分離ユニットが存在しないと言うことではない1。 自分の目の前にある分離装置の「分離ユニット」が見えなければ分離効率の上昇などは、まったくおぼつかない。
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図1 分離ユニットを見つけるための典型的な2種類の分離ユニットの参考例
一つの分離ユニットには「供給」「反応」「分別」「脱離」の4つの素過程がある。ここではより具体的に解説を加える目的で、吸脱着分離を例にあげることにするが、分離を研究している人や工場の分離の効率を改良しようとしている人は自分が対象としている分離の場合に当てはめて考えてほしい。
吸脱着では図2のように吸着剤のある分離ユニットに、ABの二つの化合物を供給する。その中からAを吸着させ、Bが液に残る。これが「反応」の過程になり、この場合は吸着反応である。そして濾過などの方法でまずBを除き(分別)、しかる後にAを取り出す(脱着)。
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図2 分離ユニットの基本となる4つの素過程
この4つの素過程は1つ1つ分かれていないが、分離プロセスによってはこの内の1が致命的な問題点を含んでいることもあるので、やはり4つに分けて考えるべきであろう。
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図3 4つの素過程と分離ユニット
4つの素過程が1つの分離ユニットとしての機能を果たし、取り出した成分の間には分離係数(α)が認められる。
2.2 分離係数
分離の原動力は分離ユニット内の4つの素過程にあるが、その中でももっとも注目されるのは「反応」の過程で「分離がよくできる、できない」という話はこの反応の過程のことを指す場合が多い。分離ユニットへの原料流の流れ(F)と濃縮流(P)および減損流(W)の関係は図4のように示される。
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図4 分離ユニットの原料流、濃縮流および減損流の流れ
分離係数(α)は濃縮流と減損流の間の組成の比をとる。時には「原料の組成に対して濃縮した組成がどの程度であるか?」ということが問題となることがあり、その時には原料流と濃縮流の組成の比をとって「頭分離係数(β)」を示すこともある。
分離ユニットの基本4過程のなかで、Aを強く吸着し、Bをまったく吸着しない場合には一般的に良い分離結果が得られることが多い。しかし基礎的な分離研究の場合とは違って工業的な分離ではAがあまり強く吸着すると脱着の過程でAを脱着させるために膨大な溶媒を必要とし、著しく効率が悪くなる。これは「工業的な分離は基礎的な分離と違う」と言う事の一つの例であり、分離にはあまり常識を働かせない方がよい。
3 分離装置の大きさ;分離装置を流れる全体の流量
3.1 分離装置を流れる総流量
分離装置は設計者が意識しているか否かな別にして、いくつかの分離ユニットがくみ合わさって構成されている。分離ユニットを組み上げた時の分離装置内の液の流れを図5に示した2。
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図5 分離ユニットの組み合わせの流れ
この様な組み合わせの分離装置をもっとも効率の良いように作るにはどうしたら良いであろうか。まず分離装置にかかる費用を少なくするためには、第一に「装置が小さい方が良い」、第二に「分離に要する電力やスチームを減らしたい」、ということである。
分離ユニットの機能を最大限に使い理想的に分離を実施できる装置を仮想的に考える。このような装置を「理想カスケード」という。理想カスケードを理論計算する上での計算仮定は、
1. いったん分離ユニットの中で分離したものは装置の中では混合しない。
2. 分離したものは「濃縮流」と「減損流」に分け、いらないものは外に捨てるということはせずにプロセスはクローズとする。
というものである。最近では工場の外に大量の脱着水を流すなどということは許されないので2.の仮定も必要になってきたが、少し前には2.を前提にしない分離理論もあった。
上記の2つの仮定をもとに分離ユニットを自由に組み合わせて理想的な形の装置を作ったら、どのような形になるかを理論的に求めた。2%ほどの純度の製品を99%にし、1%で廃棄する場合を図6に示す。
図6 理想的な分離装置の外見(形そのものが分離装置の外形を示していることに特に注意)
図6は仮想的なものではなく、実際の分離装置を外側から見た形を描いたものであり、もっとも分離効率の良い装置分離装置の外形はずいぶん妙な形のものであることがわかる。この装置の中の分離ユニットに流れる総流量(ΣL)は図4で示した1つの分離ユニットに流れ込む供給流(F)と分離装置の中の分離ユニットの数(Un)の積で決まる。
(1)
分離装置の中を流れる総流量はその分離装置の大きさに比例する。総流量を上記の仮定1及び2のもとで理論計算すると、次の式が求められる。
(2)
ここで、fは分離係数から1を引いた「濃縮係数(ε)」を用いて下式で示される。
(3)
また、Valは原料、製品、廃棄物の濃度によって決まる函数で式(4)で書ける3。
(4)
分離装置の総流量を決めるこの3つの式はある意味での分離の本質を表している。第一に分離装置の大きさは分離ユニットそれ自体の頭分離係数(β)のような「科学的性能(f)」の項と、どのような原料からどの程度の製品が欲しいか、といった「人間の欲望にかかる項(ΣL)」の二つにはっきりと分かれていることである。
20%の原料から90%の純度の製品をとり5%で廃棄する分離の仕事を100万円で請け負っているとする。ある時に依頼主が「純度を95%にあげてくれ」と言ってきたらどの程度の値上げを要求するべきであろうか? 分離装置は同じで、分離ユニットの分離係数も同一とすると式(2) で科学的性能の支配する項fは変わらないのだから、変化のあるのは「人間の欲望の項」のみである。理論計算では160万円ということになる。
式(4)で理論的に計算された仕事の量は「分離作業量;SWU; Separative Work Unit」と呼ばれるもので、同じ製品でも90%純度の1kgと95%純度の1kgとでは分離作業に要する労力が異なるからである。分離作業量を決めるのは製品の純度だけではなく、廃棄物のなかの割合にも関係し、その単位はkgではなく、作業の重みをかけた”kgSWU”をいう単位を使う。
このような理論的な決め方をするとお客さんとのトラブルが減るとともに、実際の工場の運転などでは廃棄側の組成をどの程度にすれば経済的に優れているかを定量的に計算することができるので大変重宝である。また、分離の大変さというのは分離の選択性という「自然界のもの」ばかりでなく、必要とする組成という「人間の欲望」が絡んでいることを認識する必要もある4。
特に基礎的な分離研究の場合、研究者によっては「性能が悪い」と嘆いているのを聞く。よく話を聞いてみるとあまりにも純度の高いものを求めていて、分離の性能自体は十分に期待通りになっているのに”V”の項の問題であることに気づいていない。
3.2 非能率な分離装置
式(2)が成立するのは完全に理想的な装置を製作できた場合のみである。完全に理想的な装置とは図6に示したように外形が曲線の装置である。このような装置は大変作りにくい。普通には蒸留であれ吸着であれ外形的には長方形の装置が製作される。
基礎的な分離分析の分野でもたとえばガスクロマトグラフィーのように細い線状のものでよくよく横から見るとやはり「長方形」をしている。分離装置の外形が長方形をしていると理想的な形から離れるので、分離装置の中ではいったん分離したものが再び混合する。これを「逆混合」と呼ぶが、せっかく分離したものを混ぜるのだから分離の世界ではもっとも嫌われる。それでは分離装置の外見が箱形になったらどの程度逆混合が起こるかというと、大ざっぱにいって理想的な装置の外形に箱形の装置を重ね合わせ、だぶっていない面積分が損をすると考えてよい。図7の(b)がそれである。もちろん定量的に詳しく求めるときには理論計算をする事をお勧めする5。
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図7 箱形に分離装置を作ったために損をする割合
分離のコストがプロセス全体にとって大したことがなければ問題がないが、たとえば1000円する製品の何割かが分離のエネルギーや設備投資にかかっているような場合にはこの損失は馬鹿にならない。要求される純度などによるが2、3割は逆混合がある場合が多い。プロセス中の分離に要するコストが2、3割減少すると工場のコストにとってかなり助かることがあるのではないか。
しかし、「何が不能率か」という問題は難しい。生産工場ではコスト優先であるが、分離する量などはどうでもよい、とにかく純度が高い製品を得たい、ということもある。短時間で目的の純度が得たい、という場合もある。そのような場合には箱形の装置の頭の部分を尖った形「釣り鐘状」にすると純度の高いものが早く得られる。箱形の分離装置と先端が尖っている分離装置を用いたときの分離速度の差を図8に示した。
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図8 分離装置の形が箱形の時(置換型)と先端が尖っている時(溶離型)の分離速度
分離速度は先端が尖っているときの方が遥かに優れている。その変わり尖頭型では時間と共に濃度が下がる。濃度を犠牲にして分離度を高めた結果とも言える。
この様に分離装置の外形は分離の目的に合わせて選択する。多くの工業的な装置では箱形が作りやすいので蒸留塔や吸着塔は箱形で建設される。しかし逆混合の損が大きい場合には分離塔を3つ程度に分けて「ステップ状」にすると良い。そうすると図7の(c)で見るように理想的な形との「だぶりの差」が少なくなる。
また、装置の外形がどうしても理想の形にできないときには、装置の中を流れる目的物の濃度を連続的に変えて理想の外形と同じような状態を作ることができる。たとえば供給部に近いところでもっとも濃度を高くしておき、装置の先端の方で濃度を下げれば結果として理想的な装置の流れと同じ状態ができる。この場合は液全体の流れや濃度の低下による不能率があるが、分離効率という点だけでは最適の状態にやや近づくことができる。
4 分離に必要なエネルギー
4.1 膜分離と吸着分離
分離にかかる労力や費用を少なくする点では、設備(総流量と装置の大きさ)と並んでエネルギー消費が注目される。たとえば蒸留塔の下部のリボイラーにスチームを供給したり、上部の還流器には冷水を流す必要がある。吸着の時にはポンプの動力や分離装置の外での溶媒との分離にかかるエネルギー、さらに膜分離ではコンプレッサーやポンプの動力が必要である。分離にかかるエネルギーはいったいどういう構成になっているのだろうかについて次に考察する。
分離の基本的なエネルギーは
① 分離のエントロピー
② 分離ユニットで分離物質を相互に接触させたり、分離機能材を通過させるに要する移動エネルギー
③ 分離物質の形態、化学的状態及び相変化をもたらすための量論的エネルギー
④ 付帯設備のエネルギー
の主に4つに分類される。
①の分離のエントロピーは次式で示されるが多くの場合直接的に問題になることはない。
(5)
主たるエネルギーに②の「分離ユニットで分離物質を相互に接触させたり、分離機能材を通過させるに要する移動エネルギー」がある。吸着分離の場合には吸着塔にポンプで分離液を送るが、これは分離ユニットに分離物質を送ることを意味している。膜分離の場合にはより直接的にコンプレッサーやポンプの動力としてエネルギーを消費する。このエネルギーは分離装置の総流量に比例するので、一つの分離ユニットを通過するエネルギーをeSUとすると、
(6)
である。分離装置の総流量は装置の大きさ、すなわち設備費も左右するし、同時に分離エネルギーの大きな部分に直接的に関係していることが分かる。ΣLは分離係数に対して式(2)は近似的に、
(7)
となるのでエネルギー消費は分離ユニットの分離係数に大きく依存する。特に膜分離のプロセスの場合にはこの②のエネルギーが大半で分離係数の2乗に反比例するエネルギーを要する。従って膜分離では分離係数をできるだけ大きくすることが必要となるが、分離係数を大きくするには膜を物質が通過しにくい方向になるので、分離ユニットの圧力損失を高める結果となる。
これに対して吸着分離などの「平衡分離」と呼ばれる分離の多くは③のエネルギーが支配的である。平衡分離の分離の駆動力は「化学的に異なる状態の物質相互の関係」である。たとえば蒸留では気相と液相、溶媒抽出では溶媒和しているものとしていないもの、という具合である。従って分離するためには化学的に異なる状態を作る必要があり、これが③のエネルギーになる。化学的エネルギはそれぞれの分離装置によって多少異なるが、本質的には分離するものの「量」に比例した化学量論的に必要とされるので、分離量(D)が分離ユニットの濃度(C)と体積(V)に比例するので6
(8)
③のエネルギーは分離係数とは
(9)
の関係にあり分離係数の1乗に反比例する。
膜分離のような強引な分離を「不可逆分離」と言い、平衡分離を「半可逆分離」と呼ぶが7、エネルギー的には半可逆分離の方が有利である。
4.2 Addox反応
著者らは半可逆分離を言われる平衡分離をどの程度可逆的にしうるかに付いての研究を行ったので簡単に紹介する。研究対象とした分離系は「酸化還元反応を伴う吸着分離」である。この場合の分離の駆動力は電子の授受であり、分離化合物AとBはその間を行き来する電子と化学的当量関係が維持される。
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図9 反応の当量と分離量
普通には分離の駆動力として電子(酸化還元剤)を使用するので、使い終わった酸化還元剤は酸素や水素で基に戻すか、電極反応で賦活する。そのエネルギは基本的には式(9)に従って必要とされ、ある分離量を得るためには決まったエネルギーを要する。しかし、分離の為に存在する吸着剤を使用して、吸着反応を利用して吸着塔内で逆反応ができないかという研究である。
複数の反応が共存するときは原理的にはギブスの自由エネルギーが最小になるように決まるのであるから、それを応用する。溶液内の平衡反応が付加反応形式で表現できるとする。
(10)
ここでiは元素の種類、jは付加子Xの種類、njはj種の付加子がnヶ付き、化学ポテンシャルは、Δμ0を標準化学ポテンシャル、Δμを化学ポテンシャルとすると、をA、をAXνと略記して、平衡関係は次の式で示される。
(11)
表 1 統一した表現での平衡反応
反応の型 付加子 ![]()
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酸化還元反応 電子 ![]()
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酸・塩基反応 プロトン ![]()
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錯形成反応 配位子 ![]()
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陰イオン交換 陰イオン樹脂 ![]()
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陽イオン交換 陽イオン樹脂 ![]()
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キレート反応 キレート樹脂 ![]()
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析出反応 対イオン ![]()
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溶媒抽出 溶媒 ![]()
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溶液内の平衡反応はその歴史的発展の過程や応用分野の違いから反応によってそれぞれ異なる表現と定数が使用されている。従って平衡反応の種類によって単位などが異なるがそれらを整理して表 1に示した。平衡反応を統一することにより相互関係を直接的に比較することができる。主要な平衡反応を同一の尺度で比較した結果を図 10に示す8。
複数の反応が共存する場合に第i種の元素がj種の付加子をnjヶ付加したものの濃度は、
(12)
と書け、
(13)
(14)
(15)
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図 10 4つの反応を同一の尺度で比較したもの
平衡分離装置の中の化学種は固有の標準化学ポテンシャルの総和と、溶液中の付加子の活量に依存するLpの差で分配関数の値が決定され、それに基づいて濃度が決まる。たとえば酸化還元反応のポテンシャル差が40kJ./molの場合に、共存する錯体形成とイオン交換のポテンシャルが40kJ/mol程度になれば酸化還元反応が逆転する現象が見られることを意味している9。すなわち図 10で失活した電子のアクセプターから電子が化学反応のポンプによってポテンシャルの高い状態に進み、その結果再度この電子を使用することができる。この様な逆反応は蒸留の場合にはリボイラーとクーラーの間にコンプレッサーをおいてスチームの有効利用を図る手段と類似している。
平衡分離装置においてのこの様なシステムは、プロセスの酸化還元のエネルギを回収する具体的な手段を与えるとともにプロセス全体の構成を改善しうる可能性がある。すなわち、平衡分離を極限まで可逆にでき得れば、平衡分離に要するエネルギーは非常に小さくなりエネルギー効率の高い分離プロセスを作ることができるからである。溶液内の平衡反応は多少理解が難しいが、それなりにメリットのある学問である。
4.3 能動分離はあり得るか
生物の膜分離などの領域で「能動分離」という用語が用いられることがある。たとえば濃度の低いNa+が濃度の高い膜の反対側に移るというような場合である。「普通の拡散では濃度の高い方から低い方へ移るのに、生物の場合は不思議な力があるので濃度の低い方から高い方へ移る」……というような解説がなされる。どうして生物がそのような不思議なことができるのかというと、生体膜の中にエネルギーの伝達機構がありそのエネルギーで拡散と反対の物質の移動が起こる、というわけである。
しかしこの様な解説は分離というものに対して誤解を招くだけではなく、いたずらに期待を抱かせるという点でも問題がある。分離の本質を良く示している譬え話にこう言うのがある。
「赤インクをバケツに入れるのは簡単だが、バケツから赤インクを取り出すのは大変である」
つまり、エントロピーの方向性があるのでいったん混ざり合ったものを分離したり、薄い溶液を濃い溶液にするのは自然にはできない。何らかの「能動的」な手段が必要なのである。それは例えば「普通の拡散や反応と逆の方向に物質が動く」ということであり、それにはエネルギーを要する。生物では膜のような単独で分離機能を有している場合には膜の中に分離機構とエネルギーの供給機構が共存しているということであり、血液の浄化のようにある器官に移動し、そこでポンプ(心臓)の圧力を利用して濾し分けるというような場合にはエネルギーの供給源と分離機構を持つ器官とが別々の時である。
いずれも分離エネルギーの授与機構がどこにあるかという問題であり、エネルギーの不要な分離が存在するのではない。「能動分離」という用語を冷静に受け止めればよいのであるが、生体だから「不思議な分離の力がある」と思って、生物の分離から大きなヒントを得ようとすることは必ずしも成功しない。
5 終わりに
「単純で奥深い」というのが分離である。化学工業の75%のエネルギーが分離に使用されているという報告もあり10、鉱業や化学工業で分離の持つ意味は大きい。また最近では半導体工業のような電子工業でも排水の中の有害物の分離など様々な分野で分離の重要性が増大している。さらに産業界での生産コストが細かいところまで問題になると、箱形の分離装置と理想的な分離装置と20―30%の逆混合も問題になろう。
紙面に限りがあってここでは分離の平衡面を主に取り上げたので十分に触れることができなかったが、「分離ユニットの大きさ」が極めて重要である。分離ユニットの大きさを極限まで小さくして、さらに可逆性を高めると平衡分離のメカニズムで動く分離システムの能率は更に大きく向上する余地を残している。しかし分離ユニットの大きさを小さくする研究は、目の前にある分離装置の何が分離ユニットであるか、ということが多くの装置ではまだはっきりしていないからである。
(引用文献)
1 武田邦彦、「分離のしくみ」 共立出版(1988)
2 Cohen, K., “The Theory of Isotope Separation”, National Nuclear Energy Series, Div. Ⅲ, Vol.1B, McGraw-Hill Book Company, New York (1951)
3 Benedict, M., “Nuclear Chemical Engineering”, McGraw-Hill Book Company, New York (1957)
4 武田邦彦、科学と工業、Vol.68, No.4, p.170-174 (1994)
5 妹尾 学、武田邦彦ら、“分離科学ハンドブック”、共立出版 (1994)
6 Spedding, F. H. and J. E. Powell, J. Am. Chem. Soc., Vol.77, p.6125 (1955)
7 King, C. J., “Separation Processes”, McGraw-Hill Book Company, New York (1951)
8 K. Takea et.al., Separation Science and Tecnology,Vol.22,No.2, p.963-971 (1987)
9 武田邦彦, 世古眞臣,電気化学および工業物理化学,59 (8) p.691-695 (1991)
10 7th Simposium of Separation Science, Oak Ridge, Tenn. USA (1982)