ボックスコンタクト法シミュレーション


1 はじめに

 本論文はこれまでの著者らの具体的な情報処理に関する研究に基づき,新しい概念と方法についてその抽象概念をまとめたものである[7,8] 。日本語による抽象概念の文章での表現は極めて難しいので、本論文では微分方程式などの従来の解析手段との対比において示した。

 近代科学は自然現象の解明に数学的手段を応用することで発達してきた.特にニュートン[1] によって確立された微分方程式などで最終的な近代科学の手法が確立した.彼らによって発展した自然現象を解明する数学的手段は極めて優れた手段であり,それまでの定性的な自然観を定量的なものに変換する貢献をなした.

特に,微分方程式が自然現象を解明する上で有用な手段であることが認知されると,関連する数学的な研究が進み,線形微分方程式の解法,非線形微分方程式の処理方法,そして様々な近似解法が提案された.また,特定の物理現象を表現するための精緻な支配方程式も多く研究され,その解明が成功した方程式には研究者の名前が付せられ,その後もあらゆる角度から研究が進められてきた.

 しかし,いくら数学的方法が進んでも数学的手法を使った自然現象の解明には自ずから限界があった.それは科学者が研究した微分方程式などの数式の内,"人の手の運動と人の寿命の長さの限界で解ける数式"しか現実的には解が得られなかったからである.例えば,第二次世界大戦時には初歩的な手回し式計算機が登場していたが,軍事用の砲撃の角度や原子核分裂の計算を行うため単純計算をする多くの人を軍が雇用し,手計算を行ったことは有名な話である[2] .この例は"数式を用いて自然現象を明らかにする"ということが実際には一部に過ぎず,"数式が人間の手で容易には解けない場合"が多いことを示している.

 もとより,数式の助けによって対象となる自然現象の概念を理解する試みとして数式を立てたり,その近似解を得ることを主眼とした研究もあった.このような研究は,数式の解が見いだされていなくても有用である.最終的な解が数字で得られなくても,自然現象の傾向を判断することが可能であるからである.すなわちある自然現象の具体的な値を必要とする時は,書き表された方程式が非常に複雑であっても解法を発見しなければならなかったのである.その結果,厳密な解が得られない場合には近似方法が検討され,応用数学の重要性が強調された.

 しかし20世紀後半のコンピュータの発達とともにこれらの様相は激変した.自然現象を方程式で表現し,その解法を研究することが盛んに行われ,コンピュータにより解を得る研究は,現在活発に行われている自然科学の分野の一つとなった[3,4,5] .

 著者らはコンピュータ・シミュレーションを中心とした情報処理の概念について一連の研究を行ってきたが,その中で本研究ではボックス-コンタクト法による具体的な計算を経て,その概念について研究を進めた結果を従来の方法との対比において示すものである6).そして,具体的には対象とする自然現象の全体を取り扱わず、「ボックス」内での現象のみを取り扱うことで全体を説明しうる方法である。そして、「自然現象を時間変化と位置の変化の関数を用いずに情報処理する」または「使用する変数や定数が時間および空間の関数として求められていない状態でも自然現象の情報処理が可能な概念」ということができる。


2 従来の方法の概念

2.1  微分方程式を中心とする取り扱い

 微分方程式は対象とする自然現象を巨視的に連続媒質の満たされた領域における物理的諸性質の状態や変動と見なし,微小体積内における分子運動の平均値が微小体積領域の物理的諸性質を表すものとして全体の領域を連続関数として取り扱う。解析の対象とする領域において諸物理量が巨視的には緩やかで滑らかな変化しか起こらないということが望ましい.それ故,微小体積部分において質量,運動量,エネルギーの保存則などを考慮すればテーラー展開などの手法でより広い領域での式を導出することが可能となる.

解が複雑になることを懸念しなければ高次項まで採用することで,かなりの自由度を持って微小部分における自然現象を大きな領域に拡大することができる.こうして対象となる現象の初期の状態や境界における状態を初期条件,および境界条件とし,それに基づき方程式の解が求められる.この方法は発見から長い間,多くの科学者によって使用されたことから判るように,自然現象の解明には合理的で有用な方法である.

 もとより,対象が連続体として連続化できない場合でもそれなりの工夫をすることによって微分方程式を立てることができる.すなわち,連続化できる領域を取り出し,支配方程式を立て,隣接する領域の支配方程式との間を数学的な処理を行い,対象とする系全体の論理的合理性を保てばよいからである.しかし,数学的手法を用いるために自然現象が微小部分において巨視的観察と一致する連続的現象を持っているという仮定を置くことは,必ずしも自然現象を理解し,解明する上で必須のことでないと考えられる.

すなわち,微分方程式の自然科学への応用過程で考えられたように,自然現象は微小部分において分子構造・分子運動を塗りつぶして連続化できるという仮定だけを取り出し,領域全体に対しては連続関数で記述できるという仮定を放棄して最終的なモデルを想定することも可能である.この概念を突き詰めれば,自然現象はもともと微小部分でも連続的ではなく,たとえ原子や原子核という最小の単位に還元しても,決して連続とはいえないとできる.

さらには,原子を最小単位としても,より小さい単位として素粒子を考慮しなければならなくなる.これらの点を総合的に考察すると,微分方程式のように自然界の本質的に不連続な現象と多層性を観測する人間特定のスケールの基準の中で連続的であると仮定することで解析が可能であると仮定している。

図1 微分方程式で用いる微小部分


 また自然現象の解明には微分方程式以外にも多くの複雑な数式が使用される.熱力学の一連の式や統計力学で用いる分布関数などの主要な数式,そして量子力学で使用される数式がそれである.これらの数式はいずれも20世紀後半にはコンピュータの出現により,より数値計算に適合した形態に変化し,優れた結果を与えてきた.例えば,現在多くの研究が行われている数値量子計算,分子動力学などがそれである[9,10,11] .

 さらに材料分野における破壊力学関連の方程式12) など工学関係で使用される多くの数式群がある.それらの多くは微視的観測と微視的領域における自然現象を対象物全体に拡大し,人間スケールで役に立つほどの領域において最終的な式の展開が行われる.


2.2 ボックス領域と単位ボックスの概念

 この様な微分方程式などの従来の数式の持つ歴史的な制約条件を,コンピュータが出現した現在の環境に合わせて再度考慮し直すのも有意義であろう.すなわち,我々が日常的,あるいは顕微鏡などの特殊な機器を使用して観測されるスケールと現象解明の目的の程度に合わせて"最適な素過程で表現される"と考えられる"最適な微小領域"を定め,そこで起こる現象を全体領域に拡張せずそのままで現象を最終的にも捉える情報処理方法が考えられる.この様な取り扱いは,対象となる自然現象が局所的であり,それを全体に拡大しないことから,現象をより正確に忠実に記述することができる.

すなわち,本論文では我々が自然界の対象物を観測する時の手段によって決まる"ある最適な単一の素過程で記述される微小領域の集合した領域"を"ボックス領域"と定義する.従って,観測手段が日常生活のレベルとあまり異ならない場合,ボックス領域は比較的大きなスケールを持ち,現代科学の最先端の観測装置を使用して原子を極めて高速で直接観測できる場合,ボックス領域は一つの原子,またはそのさらに小さい空間的,時間的な区切りを指すことになる.その意味で"ボックス領域"は科学的客観的な寸法を有しているのではなく,その自然現象を解明しようとする研究者や技術者の関心によって異なる.具体的な例としては著者らによる金属元素の分離計算があげられる[6]。

 ボックス領域はもちろん材料ばかりでなく,著者らの論文で示した吸着分離のような化学プロセスやエンジンのような動力システムなど多くの対象物は数ヶ以上の機能の異なる部位を有しており,それらの巨視的あるいは分子的な非連続構成部分で構成されている.

図2 ボックス領域の中小領域

 ボックス領域は,研究目的および観測との関係において材料が均質であり,単一もしくは少ない素過程で表現されると見なされる領域であり,物質の活量,温度,圧力などの示強性因子が同一であるわけではない.領域として同一の反応,熱の伝達などが行われる領域を示す.その領域の中に複数の単位ボックスを設定する.

 また、ボックス領域内に複数のボックスが設定される場合,ボックス領域の境界は,別の物理的,化学的性質や原理(もしくは素過程に支配されるボックス領域に接しているので,ボックス領域間に境界的なボックス領域が必要とされる.ボックス領域間の境界の例として金属元素の分離に於ける「吸着剤」と「溶液」を考えると,そこには境膜が存在し、急激な濃度変化と遅い流れが存在している.境膜は小さな空間であるが一つのボックス領域として決定的な役割を果たす.しかしボックス領域の境界領域もボックス領域と基本的には変わらないので,他のボックス領域と同様の取り扱いをすることができる.

 このように,"ボックス領域"と"単位ボックス"は観測手段の種類や解析しようとする目的により異なる最適な素過程で表される空間的,時間的領域として定義されるので,物理的,数学的には連続体と見なすことができない場合でもボックス領域と認識することができる.すなわち,ボックス-コンタクト法の中心的概念の一つは,自然界は基本的に不連続な要素で構成されているということである.

 一つの単位ボックスは数値計算的に表現すれば、「取り扱いは単位ボックスのみで完了する」ということであり、物理的,化学的意味では均質であり,単純な素過程で表現される。単位ボックス中の反応や物理的伝達は簡単な熱力学的,速度論的な状態を想起することで可能となる.場合によっては単位ボックスの状態を表現するために,数式や他の理論的考察を必要する事もあるが、可能な限り容易な取り扱いをするのが望ましいと考えられる.

 対象物をボックス領域と単位ボックスに分割する方法は本方法以外にも知られている。しかし、その場合の「単位ボックス」の性質を明確に規定し、ボックス領域との違い、従来の微分方程式などの方法との違いを明確に示したものはない。また本論文で示すボックス・コンタクト法は「ボックス領域、及び単位ボックス」と次に述べる「コンタクト」によって構成されるものであり、その双方の具体的な定義、及び実行方法において定義される。


2.3 単位ボックス間のコンタクトの概念

 一つの単位ボックスと隣接するボックスの間では,相互作用が起こる.物質の移動、及び温度,圧力,化学ポテンシャルなどの示強性因子の伝達は,自由に行われるとできるので,ボックスの平衡を求める場合は,コンタクトするボックス間の物質の移動と示強性変数の加成性が保たれる範囲で同一になることが考慮される.

すなわち,示強性変数については隣接するボックス相互の間では,示強性変数のポテンシャルが同一となるように,熱,電子,あるいは物質が移動する.ここでの示強性変数とは,熱力学的表現を用いれば,TdS, PdV, μdnのような示強性変数と示量性変数の積で表現されるエネルギー量に対応する示強性変数部分である.従って,ボックス間で移動するものは,エントロピー,体積,化学物質などの示量性因子であり,示量性変数の移動によって示強性変数の大きさが変化し,ボックス間で同一になれば,そのボックスの平衡状態が決定される.

図3 ボックス領域の中の単位ボックスの概念

 しかし,ボックス-コンタクト法では,必ずしも平衡状態を求めるわけではない.自然現象が非平衡であることとボックスの定義は反しないが,ボックス間の平衡状態を計算する方が容易,かつ有効であることがボックス-コンタクト法の優位性を示す条件である.また,ボックスが十分に解明され,その熱力学的量が明白になっている時は上記のような処理が可能であるが,研究の途上などの理由で,ボックスの状態がそれほど明確に解明されていない場合は,実験などで直接的に解明される物理的化学的な値を使用することになる.いずれにしろ,この様なボックス間の相互作用を"コンタクト"と呼称する.また,境界領域のボックスを設定しない場合,境界における素過程は"コンタクト"で表現される.

図4 コンタクトの3形式

 コンタクトの様式はボックス間の空間的,時間的関係によって異なる.例えば,もっとも単純な線上にボックスが並んでいる一次元配置の場合,隣接するボックス間のやりとりにより,その物理的,化学的状況は直ちに反映される.すなわち,ボックス領域内に複数のボックスがあるとすると,領域内の相の変化や物質の変化のない状態は,隣接するボックスの内容を完全に混合し,再び均質に分配することで適切な結果が得られる.

 ボックスが平面上や立体的に配置された場合には,隣接するボックスとの立体角を考慮する必要がある.平面的なコンタクトの場合も一次元的なコンタクトと同様に取り扱うことができるが,隣接するボックスは2種類存在する.単位ボックスを正方形とすると,ボックスの一辺が互いに接している隣接ボックスを"辺隣接ボックス"と呼んでおり,このコンタクトを"辺隣接コンタクト"と呼ぶ.もう一つは頂点によって隣接するボックスであり,このボックスに対して移動する物質は辺隣接ボックスへの移動量に対して小さい.

 これらの2種類のボックスの間の移動物質あるいはエネルギー,運動量などの比を求めてコンタクトさせる方法と,90度回転した座標を考慮する場合,また頂点隣接ボックスの存在を無視する方法がある.

 さらに,特定の物理的または化学的意味合いからコンタクトの方向性を考慮する場合もある.一般的には,物質や熱などの移動がある方向性を持っていても,その方向性を考慮する必要のない場合が多い.その理由は,ボックスとコンタクトの設定に間違いがなく,十分な情報を与えることができるならば,計算結果として自ずから方向性が発生するからである.しかし,系全体に対して外部より方向性が与えられ,系の内部へ取り込むことが不適当な場合は,ボックス間のコンタクトに特定の方向性を与えることが必要となる.


2.4 ボックス-コンタクト法の目的

 ボックス-コンタクト法の第一の目的はこれまで時間的に変化する自然現象の情報処理を行う場合,対象とする自然現象の定数や変数の時間依存性を知らなければならなかった.また場所(位置)の移動などの情報処理をする場合には,定数や変数の位置の依存性や移動の状態を知る必要があった.

これらは当然の事に様に思われてきた.時間的にある現象が起こる場合には,そのシミュレーションなり,情報処理に使用される変数や定数は何らかの形で時間との関係が知られていなければならないからである.例えば反応なら反応速度,伝熱なら伝熱係数,物質移動なら拡散係数等のように総て時間が含まれており,濃度の時間変化の場合でもなどと表現して時間的な処理をおこなう。.これは空間的な処理でも同様である.

図5 時間と空間を変数とする微分方程式に使用される関数は時間と場所の関数が求められる

 これに対してボックス-コンタクト法では時間変化はコンタクトで序列として,空間変化はボックスで場所として表現されるので,情報処理に当たっては時間と場所は必然的には考慮しなくてもよい.それは計算結果として表現され,マクロ的に観測するデーターで最終的な整合性をとる。すなわち、ある巨視的現象を想定した場合、対象物を巨視的に観測して得られる時間的、空間的変化と

ボックス-コンタクト法で得られる時間的、空間的変化を巨視的に比較して、その過程で使用した定数などの時間的、空間的特性を決める方法をとりうる。これによって多くの場合素反応などの微視的反応や移動、物質間の相互作用を考慮せずにシミュレーションを行うことができる。

図6 ボックス-コンタクト法での時間と空間の扱い方

 ボックス-コンタクト法の第二の目的は,ボックス領域を設定することにより,従来のように対象とする自然現象を全体として捉えて表現する方法より正確に記述し直接的にその解を求めることである.これによって複雑な数学的式の導入や,近似のための数学的展開の手続きが不要となり,その過程における間違いや誤差の考慮をしなくてよくなるということである.

現在のコンピュータ・シミュレーション研究の一部は複雑な近似計算の必要性から数学的に正確か,ということ自体を議論せざるを得ないこともあり,本来のコンピュータ・シミュレーションの研究目的からはずれる場合も見られることに対して、ボックス-コンタクト法により解決のヒントが得られる。

 ボックス-コンタクト法の第三の目的はコンピュータ・シミュレーションによる実験的および実学的研究に対する寄与である.コンピュータ・シミュレーションは便利で自然科学や工学に大きく貢献できる方法であるにも拘わらず,実験研究者や具体的課題の解決を迫られている技術者にとって,複雑な数式を駆使したコンピュータ・シミュレーションを日常的な業務の中で行うのは困難である.そのためコンピュータ自体の性能は向上してもコンピュータによる情報処理は多くの研究者にとって使いにくいものとなる.

ボックス-コンタクト法の特徴はこれを使用する研究者にとっては,対象とする自然現象を自らの観測方法と概念によって区分されたボックス領域とボックスを設定すれば,容易にプログラミングが可能であること,その過程で複雑で高度な数学的知見や手続きを必要としない点にある.

 ボックス-コンタクト法の第四の目的であり,より本質的な利点は対象とする現象から直接的に得られるパラメータを使用することなく,より原理的パラメータを使用しうるということである.我々が実験で対象物から得られるものは,温度,圧力,物質の濃度,蒸気圧やその他の物質の性質である.また,混合物や材料のような多くの分子が集合したものでは,全体の性能,そして分離システムなどのシステムやテレビなどの組立品では,システム構成の全体から還元して得られる種々の性能や仕様が実験により得られる.

コンピュータ・シミュレーションによって対象とする事物を解析する時に対象物の直接的観測データが必要であったり,またコンピュータ・シミュレーションを実施する上で特別に必要とされるパラメータを用いるとするならば,コンピュータ・シミュレーションは"コンピュータ・シミュレーションのためのコンピュータ・シミュレーション"となる危険性もある.著者らは吸着分離法に対する微分方程式によるコンピュータ・シミュレーションと,ボックス-コンタクト法による計算手続きを示したが,ボックス-コンタクト法では"分離実験をする前に判っているパラメータ"を使用するのに対して,微分方程式では"計算対象となる分離実験そのものを実施しなければ得られないパラメータ"を使用する6).この差はコンピュータ・シミュレーション自体の価値を決める上で大変重要である.

図7 最終的な時間と場所の合わせ方


 ボックス-コンタクト法として提案された方法に於ける4つの目的がボックス-コンタクト法において達成しうるかについての論理的検証を行う。検証を具体的なシミュレーションの事例で行うこともできるが、4つの目的が同時に達成される複数の例をここで示すことは不可能であるので、論理的に示す。

 まず第一にシミュレーションの対象となる自然現象の定数や変数の時間依存性を考慮しなくて良いという点であるが、ボックスが空間的な寸法を限定せずに決めることができるということ、コンタクトが示強性変数と物質などの移動について序列を考慮するだけで、個別の素過程の時間的な絶対値を決める必要がないことで達成される。

 第二の目的である数式の問題では、ボックスの大きさの設定はシミュレーションを実施する側に任されるので、単純な現象で記述できるボックスを設定すればそこで使用する式は単純化される。

 第三の目的である日常的な環境の中での実施に関する利点であるが、対象とする現象や製品をそのままボックスに設定することができる。その例として著者らは材料の燃焼現象のシミュレーションを研究している。従来の方法では燃焼中での材料表面の炭化層の生成、脱落を表現することはできなかったが、ボックス-コンタクト法では可能であることが判った。

 第四の目的である本質的なパラメータを使用できるという点では金属元素の分離や形状と吸着の計算、材料の燃焼のシミュレーションで実証されている。


3 おわりに

 ボックス-コンタクト法は,不連続性と階層性のある自然現象を単純な素過程の集まりとしてそのまま記述することにより,従来の微分方程式を使用し,差分近似法で解を求める方法に対して,より自然に近いモデルを立て得る方法を提供するとともに,使用する物理定数の抽象化を避けることを目的としている.この様な方法は,その結果として必然的により自然に近く,より意味のあるコンピュータ・シミュレーション方法として認知されるべきであると考える.

すなわち,近代科学が誕生した時にパソコンが存在すれば,我々は微分方程式を現在のように頻繁に使用していたとは考えにくい.なぜなら,大量のデータを扱えるコンピュータでは,よりそのままの状態で自然現象を表すことができるからである.コンピュータのない時代にそのような試みは不可能であり,それ故,一旦微小部分を全体に拡大する微分方程式の記述方式が採用されたとできる.

そこで,一旦連続化した微分方程式を離散化して,再び微小部分について計算するという複雑な方法を採るのではなく,解析対象となる領域が微小体積部分から構成され連続体であるとして微分方程式に還元することなく,直接微小部分の素過程を計算して,その集まりとして全体領域を単に記述する.それがボックス-コンタクト法の概念であり,それによって種々の物質の性質,自然界のパラメータを微分方程式にする時と異なり,より抽象的な概念に還元する必要が無くなるのである.

 このように,現在のコンピュータ・シミュレーションには,計算速度などの制約から,近代科学の手法がそのまま応用された背景があると考えられる.この様な大きな概念的問題を軽々に論じることは難しいが,そのような批判的な視点に立って論じること自体は,有意義であると考えられる.

 なお、本研究は類似の方法が多く知られていることを前提としている。しかしそれらの方法は特定の学問分野の学者が暗黙の内に共有している場合が多く、学問的に共通の財産となっていないか、あるいは方法だけが知られているか、もしくは短い記述で簡単に概念が述べられているに止まる。学問は学問的記述によって多くの人がその内容を共有して初めて段階的に進歩しうると考える。


参考文献

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2) The office of Charles and Ray Eames: A COMPUTER PERSPECTIVE , pp 134-135, アスキー(1994)
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5) 上村 洸:別冊・数理科学"シミュレーション", サイエンス社,東京(1993)
6) 土屋敏明,豊高宏典,青柳裕司,小野幸子,武田邦彦:ボックス-コンタクト法によるコンピューター・シミュレーションと分離への適用,資源・素材学会誌,Vol. 115,pp. 152-158(1999)
7) 豊高宏典,米澤彰二,土屋敏明,武田邦彦:方程式を使用しないシミュレーションプログラミング,情報処理学会プログラミング報告集,vol 40,pp193-200 (1999)
8) 土屋 敏明:情報処理学会第40回プログラミング・シンポジウム報告集,pp.151-158(1999)
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10) 田辺和俊編:材料開発とコンピューターケミストリー,化学工業日報社,(1988)
11) 上田顕:コンピュータシミュレーション-マクロな系の中の原子運動,朝倉書店,(1990)
12) 小林英男:破壊力学,共立出版,(1993)