ところでビッグバン後の宇宙がどうなっていったのか、「元素」に注目して少し話を進めてみよう。

 大爆発の起こった直後の元素は「水素」と「ヘリウム」くらいしかなかった。もしこの大爆発がもっと激しく、そしてスムースに起こっていたら、私たちはこの宇宙に存在しなかっただろう。ところが、この爆発はそれほどスムースではなかった。

 誕生直後の宇宙の所々に、水素やヘリウムが濃い場所があり、その濃いところが星になって、そこで新しい元素が誕生しはじめた。「恒星中での元素合成」と呼ばれる元素の製造である。

 かくして、私たちの身の周りにある、炭素、酸素、窒素、ナトリウム、カルシウム、リン、イオウ、塩素などは最初の恒星の中で誕生し、原子番号順で鉄までの元素ができていったのである。

 もし、水素とヘリウムができたところで宇宙が冷えてきたらその後の核反応は起こらない。薄いガスの漂う暗黒の宇宙が限りなく続くだろう。そして珪素や鉄で出来ている地球も、炭素や酸素で生活をしている私たちも共にこの世に存在しない。

 すべては偶然なのだ。

 偶然の大爆発で時間は止まらなくなった。だから起こったこと、過ぎたことは仕方がないのであり、諦めるしかない。

 そして、この世に起こる一つ一つのことはそれほどの根拠や必然性を持って存在するのではない。たまたま宇宙ができ、たまたま時間が過ぎ、たまたま太陽と地球、そして人類が存在し、そんな中に自分がいる。

 「人生、こうあるべきだ!」などと息巻いてもあまりたいしたことはない。所詮、ビッグバン後の世界にいる。

 ところで宇宙を作っている元素のことを考えると、なんとなく不思議なことがある。

 周期律表で「リチウムから鉄までの元素」は宇宙ができて少し経ってから恒星の中でできた「普通の元素」で、酸素とかカルシウムというようになんとなくなじみ深い。

 それに対して「鉄より後の元素」は恒星の中では作ることができず、超新星の大爆発とか、とてつもなく巨大な星の内部で誕生した。

 つまり銅、亜鉛、カドミウム、スズ、白金、金、水銀、鉛のような元素は、実は「鉄」とは似ても似つかない生まれを持っているのである。

 例えば「黄金」。人間の心を奪い、結婚の証として欠かすことができないが、「鉄より後の元素」だから「特殊な環境下で最近できたもの」である。

 例えば「水銀」。こちらは人間の脳を蝕むが、これも「鉄より後の元素」であり、「特殊な環境下で最近できたもの」である。

 二つ、不思議な事がある。

 一つは鉄器時代と呼ばれた時代があるように鉄が現代の文化を創り出す中心的な材料であるということだ。地球の表面には石や砂のように軽いものが多いが、比重が7.8もある鉄が膨大に存在する。

 鉄がこれほど多いのは最初に元素が恒星の中でできる時に、エネルギーが一番安定な鉄が終着点だったことによる。だから鉄が多いのはわかる。でもそれがどうして人間という生物種が使用し、それも現代の文明の中でもっとも基幹をなす材料なのか、その間に何か因果関係があるのか、それとも単なる偶然なのだろうか?

 人間が使う材料は、人間のサイズ、筋肉の強さ、希望、夢などで決まる。人間の大きさが1メートル50センチほどだから2階建ての建物は5メートルほどであるし、人間の重さが60キログラムほどであるのに対してタンカーは20万トンになる。

 もし人間が1ミリだったら周辺環境のスケールは全て1000分の1だから、2階建ては5ミリメートルの高さになり、ビルでも鉄は使わないだろう。紙でも立派な壁になる。

 逆に、人間の筋肉が今の100倍なら鉄はあまり役に立たない。なぜなら鉄で作ったものは弱すぎて取り扱えないからである。つまり「黄金」が私たちの夢を叶えてくれるように、材料を選ぶ本当の理由は人間の「好き嫌い」からである。

 原子核の安定性から言えば鉄がもっとも安定である。その鉄がなぜか人間にピッタリしている。そしてかつて「鉄は国家」と言われた。

 私は偶然には思えない。アリストテレスによると人間の頭脳が及ばないことは「無限」「因果」「矛盾」である。150億年より前の宇宙を考えることができないように無限は人間の手に負えない。そして「なぜ、鉄が人間にとってもっとも大切な元素なのか?」という因果も難しすぎるのだろう。

 不思議なことの第二が、「鉄より後の元素」はなんとなく胡散臭いということだ。カドミウム、水銀、鉛はそれぞれカドミウム中毒、水銀中毒、鉛中毒と言われるほどの毒物であるし、白金や金は人の心を迷わす毒物である。体を蝕み、心を蝕む、そんな元素が超新星の爆発でできて、宇宙にばらまかれた。

 私に先入観があるのかも知れないが、鉄までの元素・・・炭素、酸素、ナトリウムなどはいかにも「健全」に見え、鉄より後の元素・・・水銀、白金、鉛などはなんとかく「いかがわしい」。

 もしかすると宇宙は、その全体があまりにまともになるのもつまらないので、時々超新星を爆発させ、そこから「蝕む元素」を宇宙にもたらすのではないだろうか??

 私は環境というものを見つめ、整理をすると、そこにはいつもなにか深遠な因果関係が感じられる。そしてその因果関係は「時間が戻らない」ということと深いところでつながっているような気がするのである。

つづく