かくしてビッグバン以来、宇宙の総ての事象は時間が戻らないことを受け入れながら進んでいる。でも、私には「なぜ、時間が戻らないのか?」と聞かれても答えられない。

 去年と今年という時間は、東京や大阪という場所と同じようなものだから、今年から去年に帰ることが出来ないとは到底思えないのである。でも、経験的には時間は戻らない。なぜだろう?

 現代の物理学でも時間が戻らない確たる原因を聞いたことが無いが、私が勉強した学問から推定すると、おそらく「ビッグバンが宇宙の中心で爆発し、今でも猛烈な勢いで膨脹しているので、それに法則を合わせなければならない」ということのように思う。

 宇宙の中心で爆発が起こった時、そのエネルギーはどこかで消耗される。どこかで消耗される為にはどんどん拡がっていく必要があるし、拡がるには時間が過ぎなければならない。

 そこで仕方なく宇宙の出来事はことごとく時間が前に進んでいる。そういうことだろう。

 これは「エントロピー増大の原理」といって19世紀に発見された原理である。この原理が発見されるまでは社会が少しずつ変わって行くのを説明することができなかった。熱い鉄板を冷たい板に付けると熱い方から冷たい方に熱が移動する。経験的にはわかるこの現象も理屈で説明することができなかった。

 厳密に言うとエントロピーの増大の原理は今でも学問的にはよくわからない。ただ経験的に、この世は時間が過ぎたり、温度の高い方から低い方に熱が逃げたり、片付いた部屋が乱雑になったり、なんでも方向が決まっている。それをまとめて言うと、「この世は「整頓」から「乱雑」に行く。その逆は起こらない」ということである。

 難しい言葉で言うと「エントロピー増大の法則」、式で書くと、

S = k lnΩ

である。

 でも学問的に難しく言う必要は無い。学問でもその本当の理由はわからないからだ。ともかく「整頓」から「乱雑」に行く、男子学生だけの研究室のようだ。掃除をしても一日も経つと酷い状態になる。

 勢いがあると乱雑になるスピードは速い。

 1980年代から社会の関心を集めた環境問題では、この原理原則に反する議論が横行したし、今でも公然とこの原理原則に反することを主張する人がいる。工学の学者でもそのようなことを主張される方がおられるのだからビックリしてしまう。

 もちろん「エントロピー増大の原則」自体が間違っているかもしれないし、この原則のもととなるビッグバン以来の宇宙の膨張論が間違っているかも知れない。でも、本当にそれを証明できたらノーベル賞の5つぐらいは取れるだろう。

 環境の問題は少し後に考えてみたいが、時間は戻らない、整頓は乱雑になる、ものを冷やすことはできない、ペットボトルはリサイクルできない、人は必ず死ぬ・・・このような現象はどれもこれも全く同じことであり、もしペットボトルをリサイクルできれば、時間は戻るし、乱雑な部屋は自然に整頓される。

 でも、説明も無しにそんなことを言っても信用されないだろう。ビッグバンや時間、そしてエントロピーなどはいずれもかなり難しい内容を持っていて、長い年月、勉強しないと直感的にも理解することが難しいからである。

 なぜ、整頓してあるものが乱雑になるのか?それはビッグバンの時に宇宙の中心にかなり整理された状態で存在していたものが、爆発してメチャクチャになり、さらにそれが宇宙空間に散っているからである。今はまさに、その最中である。

 そして、宇宙全体が乱雑になるためには、その中のものが乱雑にならないと全体は乱雑にならない。一つ一つが整頓されていくのに全体だけが乱雑になることは無いのだ。

 エントロピーは急激に増大している。

 「分離のしくみ」という本を共立出版から出した時に、私は「マックスウェルの悪魔」という図を示した。それは「黒い玉ばかりが詰まっている部屋」と「白い玉がある部屋」の間に扉があるとして、ある時にその扉を開ける。

 黒い玉も白い玉も自由に動くとすると、開けて暫くすると、なぜか2つの部屋は黒い玉と白い玉が混じっている。それが「現世」である。

 ところが、マックスウェルの悪魔がそれを見ていた。どうも乱雑になるのはイヤだ。そこで、悪魔は白い玉の中の黒い玉を拾い上げて片方の部屋に集める。

 暫くすると一つの部屋が黒い玉ばかりになり、もう一つの部屋が白い玉になる。それがマックスウェルの悪魔だ。そんなことは起こり得ないということで「悪魔」と言われる。

 ペットボトルのリサイクルというのをこのマックスウェルの悪魔の例で説明してみよう。

 ペットボトルが飲料メーカーで飲み物を詰められた瞬間、ペットボトルが集まっているところ(黒い玉の部屋)とまだペットボトルが運ばれていない社会(白い玉の部屋)の間の扉は閉ざされている。

 トラックがペットボトルの集まっている飲料メーカーから社会に動き出す。つまりこれは両方の部屋の扉が開けられた瞬間である。そして暫く経つとペットボトルはコンビニエンスストアとか個人の家、そして自分の机の上に置いてある。二つの部屋に黒い玉と白い玉が混じった状態である。

 さて、暫くしてペットボトルを回収しようとする。それは今や混じっている黒い玉と白い玉を元に戻すことだから、マックスウェルの悪魔に登場して貰わなければならない。人間業ではできないのだ。

 この原理原則がペットボトルのリサイクルには適応されないという可能性もあるが、もしそうなら理由を示さなければならない。時間は戻るかも知れないが、戻るということになるならそれを説明するか実証しなければならない。なぜなら、自分の趣味で勝手に解釈するのは科学ではないからである。

 今の学問では、ペットボトル・リサイクルを推進するということは「昨日に戻ることができる」と言っていることと同じなのだ。

つづく